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三年暮らせば夢が叶う!? おせっかい大家と、くせ者住人のほっこり長屋劇――『三年長屋』梶よう子 文庫巻末解説【解説:細谷正充】

頼りになる大家と、くせ者住人たちとの心温まる関わりを描く、笑って泣ける人情小説。
『三年長屋』梶よう子

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

三年長屋』著者:梶よう子



『三年長屋』文庫巻末解説

解説
ほそ まさみつ(文芸評論家)

 歴史時代小説と、一口にまとめて語ることが多いが、歴史小説と時代小説の内容は違っている。明確なジャンルの定義は難しいが、歴史小説は主に実在人物を主人公にして史実に沿った物語、時代小説は主に架空の人物を主人公にして史実から離れた物語といっておこう。歴史小説専門の作家がいれば、時代小説専門の作家もいる。もちろん、歴史小説と時代小説の両方で活躍している作家も多い。そのひとりが、かじようである。
 梶よう子は、東京都出身。音楽・芸能関係のフリーライターを経て、二〇〇五年、「い草の花」で、第十二回九州さが大衆文学賞大賞を受賞。二〇〇八年、「槿花、一朝の夢」で、第十五回松本清張賞を受賞した。そして作品タイトルを『一朝の夢』と改め、同年六月に文藝春秋から単行本を刊行。以後、多数の作品を発表しながら、現在に至っているのである。
 初期は時代小説中心の作者だったが、二〇〇九年の第二長篇『みちのく忠臣蔵』でそうだいさく事件をストーリーに組み入れるなど、早くから史実を題材にしていた。そして実在の絵師を主人公にした、二〇一五年の『ヨイ豊』あたりから、歴史小説も積極的に執筆。昨年(二〇二二年)は、絵師のうたがわひろしげを主人公にした『広重ぶるう』、『小公子』の翻訳で知られるわかまつしずを主人公にした『空を駆ける』、日本初の鉄道を敷設するときの難工事を請け負ったひらいちを主人公にした『我、鉄路を拓かん』と、三冊の歴史小説をじようしている。どれも優れた作品なので、作者の歴史小説は大歓迎なのだが、読者とはぜいたくなもの。一方で、心楽しい時代小説も読みたいと思ってしまう。そう、『三年長屋』のような時代小説を。
 本書『三年長屋』は、学芸通信社の配信により、二〇一六年六月から一八年四月にかけて、静岡新聞、東海愛知新聞、留萌新聞、南信州新聞、紀南新聞、いわき民報の各紙に連載。大幅な加筆・修正を為して、二〇二〇年二月、KADOKAWAから単行本が刊行された。物語の舞台は、したやまぶしちようにある〝三年長屋〟だ。
 長屋を舞台とした市井譚は、時代小説の定番のひとつである。さまざまな人間が一ヶ所に集まっている。現代のアパートなどと比べれば、人間関係も密だ。これによりドラマが創りやすいからだろう。しかも本作の場合は、長屋の設定に工夫がある。三年長屋とは奇妙な名称だが〝この長屋に三年ほど暮らした者は、居職の者なら工房と弟子を抱え、棒手振り稼業なら、表店を出し、おなは良縁に恵まれるというのが所以ゆえんだ〟そうである。井戸とかわやの間の奥に、家主のおうめが彫ったという河童かつぱの座象がまつられており、「かっぱ長屋」とも呼ばれる。たなたちはよく座像を拝んでいるが、ご利益のほどは定かではない。
 そんな三年長屋で、差配とよう売りをしているのがへいだ。といっても差配になったのは三ヶ月前のこと。もともとはふるかわもんという小藩の武士だったが、正義感が強く、何かあると「差し出がましいようだが」と口出しする性格が災いした。藩の不正を訴えたところ、上役から亡き父親も知っていたといわれ、その場で武士の身分を捨ててしまったのだ。妻子を連れて江戸の町に飛び出したものの、赤貧が続き妻は亡くなった。さらに下谷の祭りの最中に起きた騒動にかかわり、五歳の娘のが行方不明になってしまう。あちこち捜しても美津は見つからず、絶望していた左衛門を拾ったのがお梅である。左衛門に左平次という名と、三年長屋の差配の仕事を与えたのだ。そして左平次は、長屋の住人たちの関係する騒動に、深くかかわっていくのだった。
 作者は第一章で、左平次のキャラクターを印象づけながら、長屋の面々を紹介していく。登場人物はかなり多いのだが、読者を混乱させることなく、物語の世界に導く手腕はさすがというしかない。また、ちょっとしたことから長屋を出ることになったはつじゆんさいの言葉が、先のドラマを予感させる。だから夢中になって読まずにはいられない。読者を期待させる、エンターテインメントとしての力が抜群なのだ。
 続く第二章は、長屋の新たな住人として、かざり職人のきんがやって来る。しかし引っ越し中に泥酔し、荷物を大八車ごと盗まれた。おまけに番屋で、月番差配のいちや、出入りしている同心のじまめてしまう。盗みを調べる気のない鬼嶋の態度に怒った左平次は、自ら盗人を捕まえると宣言するのだった。
 左平次が長屋に帰っても、騒動は終わらない。第三章では、なぜか盗まれたはずの大八車が戻ってくるが、そこには捨てられた赤ん坊が乗せられていた。赤ん坊の名前は〝みつ〟とのこと。子供のいない長屋の夫婦が引き取ろうとするが、そのことでまたもや市兵衛や鬼嶋と揉めてしまうのである。
 以後も、ストーリーは快調に進行。お節介だが、やや石頭である左平次が、奮闘しながら成長していく。また、お梅の厳しい過去や、彼女の下男のようなことをしているすてきちの複雑な気持ち、三年長屋の真実なども挿入され、物語がどんどん厚くなっていく。長屋の住人も、新たな人生を切りひらいたり、自分の道を見つけたりする。
 詳しく書く余裕がないが、長屋の住人も個性的で、それぞれの人生を背負っている。母親が長屋を出ていき父親と弟妹きようだいたちと暮らすきちすけや、さく者になった勘当息子のとよろうの人生選択は、胸を打つものがあった。だから、そんな住人の姿を知った左平次は、ある人物が「河童に祈ったところでなにも変わりはしない」というのに対して、

「私もここに来たばかりのときは、そう思っていましたよ。けれど、ある者は運を摑み、ある者は大事なことに気づいた。それは、各々が強い思いを持っているからだと私は感じました。あきらめない思いですよ」

 と返答し、心の中で〝願いはかなえばいいというわけではない。そこから先が大事なのだ〟と思うのである。努力をしたからといって、願いが叶うとは限らない。真面目に生きたからといって、報われるとは限らない。だが諦めてしまえば、そこで終了だ。願いが叶ったからといって満足したら、そこが終点だ。だから強い思いを抱いて、常に前に進まなければならない。ここが作者の、もっとも訴えたかったテーマであろう。
 その一方で、不正をしている市兵衛・鬼嶋コンビと、左平次の対立が、しだいに大きな読みどころになっていく。本書の悪役である市兵衛と鬼嶋だが、彼らの言動はムカムカするほど憎たらしい。それだけに左平次だけでなく、長屋の面々まで加わった総力戦に、ワクワクさせられる。物語からフェードアウトしたと思った人物が活用されたり、対決の舞台が凝っていたりと、どんどん話が盛り上がる。痛快な決着にかいさいを叫んだ後には、誰もが待ち望んでいたエンディングが控えている。小説のうまさが、物語の面白さとなり、大満足で本を閉じた。これだから、梶よう子の時代小説を読むのは止められないのである。

作品紹介・あらすじ



三年長屋
著者 梶よう子
定価: 946円(本体860円+税)
発売日:2023年02月24日

三年暮らせば夢が叶う!? おせっかい大家と、くせ者住人のほっこり長屋劇
ゆえあって藩を致仕した左平次は、不慮の事故で最愛の娘を失ってしまう。悲しみに暮れる左平次は、訳ありの老女の導きで長屋の大家を始めた。入居したのは、三年暮らせば願いが叶うと噂される山伏町の「三年長屋」だった。はじめは「お武家様」と軽んじられる左平次だったが、持ち前のお節介さを武器に、住人たちとの間に強い絆を築いていく。頼りになる大家と、くせ者住人たちとの心温まる関わりを描く、笑って泣ける人情小説。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001171/
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