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レビュー

恐ろしくも味わい深い、珠玉のホラー短編集――小松左京『厳選恐怖小説集 牛の首』 文庫巻末解説【解説:小松実盛】

小松左京ファン必読! 選りすぐりの恐怖小説集第2弾。
小松左京『厳選恐怖小説集 牛の首』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

小松左京『厳選恐怖小説集 牛の首



小松左京『厳選恐怖小説集 牛の首』

解説
まつ さねもり  

 小松左京は一九六二年にSF作家デビューし、本書『厳選恐怖小説集 牛の首』が出版される今年二〇二二年はデビュー六十周年にあたります。『日本沈没』や『復活の日』などのSF作品で知られていますが、「くだんのはは」を筆頭にホラー作品も評価されており、一九九三年には角川ホラー文庫より『自選恐怖小説集 霧が晴れた時』が出版されました。けれど収録されなかった興味深いホラーが他にも数多く存在しています。中でも、本書の表題となった「牛の首」は、一九九〇年代の都市伝説ブーム、さらに、その後のネット社会の発展により「くだんのはは」との関連で話題となり、六十年近くの時を経た令和の世において、ホラーとしての確固たる地位を築きました。
『自選恐怖小説集 霧が晴れた時』出版から約三十年後の今年、角川ホラー文庫で「くだんのはは」と「牛の首」が揃って読めることになりました。

 これ以降は作品執筆の背景やトピックなどの紹介になりますが、物語の核心に触れる部分もあるので、掲載作品を読了後にお読みいただくことをおすすめします。

〈作品紹介〉
【ツウ・ペア】
 目を覚ますと何故か自分の手が血に染まっている。何一つ判らないまま、宿命の糸にからめ捕られていく主人公……。
 小松左京は本格的な作家デビュー前の一九五九年に大阪産経新聞の文化欄で翻訳ミステリ雑誌評を担当しており、多くの海外ミステリに触れていました。この経験から本作はミステリの雰囲気を醸しだしていますが、合理的な説明で終わることはなく、その核にSF的なものを秘めていることが窺えます。

【安置所の碁打ち】
 一九七一年に「小説新潮」に掲載された本作は、謎解きが一切されず、まるで実際に起こったことのようなリアリティーを感じます(今もどこかの病院で、看護師たちが声を潜めて語り継いでいる、都市伝説ではないのかと思えてしまいます)。
 生けるしかばねとしての主人公は、全ての人が死に絶えたあとも、孤独に碁を打ち続けるのでしょうか、それとも、作品で言及された〝せき〟のように、その時こそ何かの役割を果たすのでしょうか。

【十一人】
 人の姿を借りて異形のものが現れる。神話の頃からあるこのパターンは古今東西様々な形で語り継がれてきました。狐や狸が人に化けてだます。幽霊が生きている人のふりをして日常生活に紛れ込む……。
 小松左京は、昔からのホラーの伝統に関して次のように語っています。

 またSFは近代の合理主義の中では消えていった昔のホラーの伝統、すなわち人類の非常に古い財産である恐怖、怪談というものに新しい科学的世界観、宇宙像の中に復活させました。
『自選恐怖小説集 霧が晴れた時』より

 一九六四年に「サンケイスポーツ」に掲載された本作も、このパターンに従った小松左京の最初期のもののひとつです。

【怨霊の国】
「怨霊の国」は、一九七一年に「小説宝石」に掲載されました。
 クトゥルー神話がお好きな方には馴染み深いイギリスの作家アーサー・マッケンの傑作怪奇小説『パンの大神』に通じる、あちらの世界とこちらの世界の接点にまつわるお話です。
「怨霊の国」をある意味ベースにして、小松左京のライフワークである、「宇宙とはいったい何か?」との問いにアプローチしようとしたのが、コズミックホラーとして今も高い評価を受けている「ゴルディアスの結び目」です。
「怨霊の国」と「ゴルディアスの結び目」、いずれも異界の恐怖イメージが作品の要となっています。

【飢えた宇宙そら
 本作は一九六八年に「推理ストーリー」で発表されました。ミステリでおなじみの人里離れた屋敷や陸地から遠く離れた客船における失踪事件といった舞台を、地球を遥か離れた宇宙船に置き換え、さらに西洋ホラーを代表する怪物の存在が重要な鍵になるなど、古典的ホラー、ミステリ、SFが悪魔合体したような作品です。

【白い部屋】
 一九六五年に「サンケイスポーツ」で発表された、身もふたもない言い方をすれば、恋人がいるという妄想に囚われた主人公を現実世界に引き戻すというお話です。
 自分を愛する者がいるという空想の世界、そして、おそらくは孤独な現実の世界。
 主人公は二つの世界のはざまに彷徨さまよいますが、現実の世界の医師の手により、晴れて元の自分を取り戻すことになります。医師は男をにこやかに迎えます、けれども、これはハッピーエンドといえるのでしょうか?
 妄想が生んだとされる女性は本当にいちに見え、小松左京の未完の遺作「虚無回廊」に描かれた、主人公の亡くなった妻の人格を反映させた人工実存アンジェラEの叫びの場面を思い起こさせます。

「死のむこうには、本当の私も、本当のあなたも存在しないのよ。本当のあなたは、いまここにいるのがそうなのよ。そして、私は……!」
『虚無回廊』より

【猫の首】
 小松左京は本当に猫好きで、新婚時代から最晩年まで、ずっと猫に囲まれて暮らしていました。
 本作は、一九六九年、「別冊小説新潮」に掲載されたものですが、登場する母猫のモデルは、当時、小松左京が飼っていたプヨです。沢山の子猫を年二回も生んだので貰い手探しに大変苦労していましたが、その時の想いが物語に反映されているのかもしれません(今ではとても考えられないお話ですが、雑誌で子猫の読者プレゼントまで実施しました)。
 己を犠牲にしながら猫の親子を護ろうとする気の毒な主人公は、猫愛好家としての小松左京の分身といえます。



【黒いクレジット・カード】
 本作は、一九七一年に若者向け雑誌である「月刊PocketパンチOh!」に掲載されたものです。
 日本でのクレジットカード登場が一九六〇年頃といわれていますが、当初は文字通りクレジット(信頼)がある人だけが持つ富裕層のシンボルでした。
 これさえあれば何でも願いが叶う! 現代の打ち出の小槌や魔法のランプにも見えますが、実態はツケ払い(借金)に他ならず、いつかは清算しなければなりません。
 父の工場倒産の借金返済に長く苦しめられてきた小松左京は、高度経済成長に浮かれていた若者たちに、クレジットカードが生み出す幻想の恐ろしさを警告しようとしたのかもしれません。

【空飛ぶ窓】
 小松左京の作品には、東京が雲に覆われて連絡が途絶える「首都消失」、ホラーの代表作の一つ「霧が晴れた時」など、人や物が消えてしまう話が多数あります。いずれも、巻き込まれる人間にとってみると大変不条理な異常現象ですが、本作は消された方の人たちにスポットが当てられています。安住の地から引き離され途方にくれた状態に追い込まれるという点では、『日本沈没』にも通ずるものがありそうです。
(本作は、『日本沈没』出版の翌年にあたる一九七四年に「週刊小説」に掲載されています。)

【牛の首】
「牛の首」は、一九六五年に、「サンケイスポーツ」に掲載されました。筒井康隆先生のエッセイ「狂気の沙汰も金次第」によると、元々はSF作家の今日きようどまりらん先生が語られていたお話ということで、その噂話を小松左京がショートショートに仕立て上げたのが本作のようです。
 ホラーとも、ブラックユーモアとも判別がつきにくい、知る人ぞ知る作品だったのですが、解説の冒頭でも触れさせていただいた通り、謎多き作品「くだんのはは」と関係があるのではとの話題が都市伝説ブームとともに広がり、ネット界隈において有名なホラーの一つとされるようになりました。
 筒井康隆先生の話を補塡できるような情報がないかと、別のSF作家の方に伺ったのですが、「牛の首」の新情報は得られず、代わりにその先生がお母さんから聞いたという戦時中の「くだん」の話を教えていただきました(まるで「牛の首」の主人公になったような気分です……)。

【ハイネックの女】
 小松左京の作品には、女性を描くことに主眼をおいた「女シリーズ」という幻想的な作品群があり、文学性が高い中間小説誌に掲載されることが多く、「ハイネックの女」も、一九七八年に「オール讀物」に向けて書かれました。
 しかし、女シリーズの最終作となる「ハイネックの女」は、幻想的という範疇でなく、古典的怪談世界と紛うことなきSFの融合作品となりました。
 主人公である、いけ好かない中年男性にすれば、まさしく恐怖の幕切れですが、ちょっとオタクっぽい誠実な青年と彼を愛する異形のものの純愛とみればハッピーエンドともとれる不思議なお話です(「うる星やつら」のラムちゃんや、ラノベで主人公に入れあげる異形のヒロインを彷彿とさせます)。



【夢からの脱走】
 二〇二二年現在において、最も恐ろしいのは、この「夢からの脱走」かもしれません。
 ほぼ六十年も前の作品ですが、そのリアルな戦闘描写は、今現在、ウクライナで繰り広げられている戦いと瓜二つです。
 自分の住む家が、勤める会社が、理由も判然としないまま殺伐とした戦場になる。世界的な緊張がエスカレートするなか、この物語の中の戦場や今のウクライナにおける戦場が、この日本においては、決して現実になることはないと言い切れるでしょうか?
 小松左京は、SF作家になったきっかけは自身の戦争体験にあったと語っており、SF作家デビュー後も、この拭い去ることができない戦争の痛みと、新たに起こるかもしれない戦争への恐怖を常に抱え続け、辛いことですが執筆の原動力にもなっていました。
「夢からの脱走」における、二つの世界の狭間で虚しく息絶える主人公もまた、平和な世界こそが夢ではないかと怯え続けた小松左京の分身といえるでしょう。

【沼】
 一九六四年に「サンケイスポーツ」に掲載された、ショートショートですが、その後味の悪さは小松左京の作品のなかでもトップクラスです。
 過去のトラウマがあらたな悲劇を生む。己の罪悪感が生んだ妄想とみせかけながら、情け容赦のない合理的な結末が用意され、逃げ場のない現実の世界に引き戻される。
 当時、通勤地獄の息抜きに買ったスポーツ新聞で、この物語を読むはめになったサラリーマンにとっても、ある意味悲劇だったのかもしれませんが。

葎生むぐらふの宿】
 高度経済成長期の日本では都市部に人口が集中し大いに賑わいましたが、その半面、過疎の村や廃村が増え、社会問題化していました。「葎生の宿」は、高度経済成長が終わりを迎えた一九七三年に「週刊小説」に発表された作品ですが、繁栄の影で捨てられ、忘れ去られた存在の、やりきれない悲しみにスポットが当てられています。
 迷い込んだ新たなるあるじもまた、村の悲劇の原因となった都市に逃げ去ってしまう。「たんどうろう」や「の釜」といった怪談や筒井康隆先生の「鍵」のような現代ホラーでもお馴染みの恐怖の愛憎劇が、SFチックなショッキングなビジョンとともに繰り広げられます。
 主人公が最後に見せる誠意が、せめてもの救いですが……。

【生きている穴】
 自分を取り巻く世界を浸食し、ついには自らの体にまで拡がってゆく正体不明の漆黒の穴。得体の知れない恐怖となんともいえない寂寥感に満ちた本作は、一九六六年に「推理ストーリー」に掲載されました。
 この不気味な穴の正体に迫るヒントを、小松左京は次のような形で残しています。

 晴れわたった青い空の下で、ききとりにくいラジオの声によって「戦場」が突如として「廃墟」にかわった時、私の中で一つの時計がこわれたのである。その時以来、「廃墟」は永遠に私の中に生きつづけた。そこには、ただ空間的な広がりだけがあって、時間がなかった。
「廃墟の空間文明」(一九六四「現代の眼」掲載)より

〝私の中に生き続ける、空間的な広がりだけの、時間のない、廃墟のイメージ〟、まさしく「生きている穴」そのものです。
 穴の正体は、自分が亡くなるまでつきまといながら、同時に執筆活動の原動力でもあった、小松左京の悲惨な戦争の記憶だったと推察されます。



作品紹介・あらすじ



厳選恐怖小説集 牛の首
著者 小松 左京
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2022年10月24日

小松左京ファン必読! 選りすぐりの恐怖小説集第2弾。
「あんな恐ろしい話はきいたことがない」と皆が口々に言いながらも、誰も肝心の内容を教えてくれない怪談「牛の首」。一体何がそんなに恐ろしいのかと躍起になって尋ね回った私は、話の出所である作家を突き止めるが――。話を聞くと必ず不幸が訪れると言われ、都市伝説としても未だ語り継がれる名作「牛の首」のほか、「白い部屋」「安置所の碁打ち」など、恐ろしくも味わい深い作品を厳選して収録した珠玉のホラー短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000474/
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