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レビュー

横溝正史作品の戦前と戦後に大別した作風解説――『蝋面博士』横溝正史 文庫巻末解説【解説:山村正夫】

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『蝋面博士』横溝正史

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

蝋面博士』横溝正史



『蝋面博士』横溝正史 文庫巻末解説

解説  山村 正夫

 横溝正史先生のことを、最後の探偵作家と評したのは、評論家の中島河太郎氏である。
 むろんこれは、現役作家の中でという意味にほかならない。戦前からの探偵作家としては横溝先生のほかに、角田喜久雄・渡辺啓助・水谷準の三先生が未だ健在だが、いずれも執筆活動からは遠ざかられて、すでに久しい年月が経つ。
 その中で横溝先生ただ一人が文字通り孤軍奮闘の形で、目出たく七十七歳の喜寿を迎えられた現在もなお、現役の戦列に在って新作「悪霊島」の連載の筆をっておられるのだから、老武者の若々しい情熱とには脱帽せざるを得ない。八十三歳まで精力的に作品を書きつづけた、ミステリーの女王アガサ・クリスティー女史の記録に迫るのもあと一歩なのである。
 横溝先生が弱冠十九歳で「新青年」の懸賞に応募、処女作の「恐ろしき四月馬鹿エイプリル・フール」が入選したのは、大正十年の四月だった。したがって、作家生活は実に半世紀以上の長きにわたるわけで、これまた驚異でしかない。
 その息長い執筆活動を通じて生み出された作品群はおびただしい数に上るが、それを分類するにはいろいろなパターンがあると思う。
 まず作風で分ければ、戦前と戦後の二通りに大別できる。
 戦前の作品は華麗な美文調の文体とロマンチシズムの香気にあふれたたんてきな変格物が多く、「鬼火」「真珠郎」などの中編のほか、短編では「面影双紙」「蔵の中」「かいやぐら物語」などが代表作だった。
 戦後は従来からの妖美耽異の世界に、論理性やトリックを融合させ、土俗的な犯罪を描いて独自の領域を切りひらき、日本に本格探偵小説の黄金時代をもたらす機運をつくられた。「本陣殺人事件」「八つ墓村」「獄門島」「悪魔が来りて笛を吹く」「悪魔の手毬唄」などの一連の長編が、その路標的な名作といっていい。
 次に名探偵による分類ができそうだ。
 戦前の作品は、警視庁の元捜査課長で〝由利先生〟と呼ばれる由利麟太郎や新日報社の記者三津木俊助が、単独もしくはコンビで活躍するものが多かった。「夜光虫」「首吊船」「白蝋少年」。戦後では「蝶々殺人事件」がそうである。だが、「本陣殺人事件」が初登場して以来、いちやく有名になったのが名探偵金田一耕助で、以後はほとんどすべてが金田一物になっている。
 この金田一耕助を側面的に助けるのが、岡山県警の磯川警部と警視庁の等々力警部である。「本陣殺人事件」をはじめ、「八つ墓村」「獄門島」「悪魔の手毬唄」など岡山県を舞台にしたものは、磯川警部が気心の知れたよき女房役を果たし、「悪魔が来りて笛を吹く」や近作の「仮面舞踏会」「病院坂の首縊りの家」などは、等々力警部が無二のパートナーをつとめて捜査の協力者になっているといった具合だ。
 ところで、ジュニア物の方はどうかというと、三津木俊助、金田一耕助のほかに当然のことながら、勇敢な少年の主人公がシリーズ・キャラクターとして登場する。その代表選手的な存在が、金田一耕助の片腕として、子供とは思えない俊敏さと機智をそなえたたちばなしげる少年とむらくに少年、それに新日報社の給仕で〝探偵小僧〟のあだ名を持ち、大人の記者も顔負けの敏腕な働きをするしば進少年の三人だろう。
 立花君と野々村君は中学二年生、御子柴君は中学を卒業したばかりで、どちらもほぼ同じ年頃の少年である。
 立花少年が活躍する事件には「大迷宮」(昭和26年)「金色の魔術師」(昭和27年)、野々村少年には「黄金の指紋」(昭和28年)があり、一方、御子柴少年が手柄をたてた事件には、「夜光怪人」(昭和24年)「真珠島」「白蝋仮面」(昭和29年)「獣人魔島」(昭和30年)のほか、本書の「蝋面博士」がある。そして、これらのどの事件にも磯川警部は顔を見せず、警察側の指揮者は常に等々力警部なのである。
 それというのも、ジュニア物にはかならずといっていいほど無気味な怪人が登場するが、その暗躍の場所は地方よりも警視庁管下の東京の方が多いので、おのずとそうなったものに違いない。ただ物語の設定上、大人物以上に名探偵や主人公の少年のさつそうとした面を強調しなければならないから、脇役である等々力警部の印象が、いささかぼんくらに見えるのは致し方ないだろう。
「蝋面博士」は横溝先生が昭和二十九年に書かれた作品で、御子柴進少年が名探偵金田一耕助と組んで、悪人一味と戦うのだ。もっとも耕助はアメリカへ行っていて物語の後半にしか姿を見せないから、前半は文字通り〝探偵小僧〟の独壇場である。
 この〝探偵小僧〟のニックネームは、横溝先生がガストン・ルルウの「黄色の部屋」を読んで思いつかれたのかもしれない。「黄色の部屋」では、レポック社の少年記者ルールタビイユが名探偵ぶりを発揮するが、彼のあだ名が〝ゴムマリ小僧〟なのだ。
 本書の発端の怪事件は、寒い冬の季節に起こった。
 社の用事で有楽町から日比谷の方角へ自転車を走らせていた御子柴少年が、たまたま二台のトラックの衝突事故に行きったところ、その一台から落ちた木箱に女の蝋人形がつまっていて、その下から紫色をした本物の女の死体が現われたのである。
 そのショッキングな事件を皮切りに、御子柴少年は蝋面博士の恐ろしい猟奇犯罪に巻き込まれてしまう。蝋面博士は蝋細工のように無気味な顔をして、シルクハットにえんび服という奇妙ないでたち、弓のように腰の曲った怪人だが、彼は死体を煮たてた蝋の鍋につけて蝋人形を作り、それを次々に人前にさらしてかいさいを叫ぶのだから、常軌を逸したアブノーマル人間としか言いようがない。しかも最初は大学病院から盗み出した死体を使っていたのが、それだけでは飽き足りなくなり、高杉アケミという銀座の花売り娘や、東都劇場に出演中のミュージカルのスター、オリオンの三姉妹の命を狙うという無差別ぶりを発揮する。
 まさに狂気の振舞いだが、その企みには大それた意図があった。蝋面博士の気違いじみた犯行の真の目的は何であったのか? それが本書の最大の興味の焦点になっているのは言うまでもない。
 いま一つの見所は、御子柴少年と新日報社の競争紙である東都日日新聞の花形記者田代との、しのぎを削る功名争いだ。御子柴少年は田代記者に危機一髪の瞬間を助けられたり、逆に彼の鼻をあかしたりする。物語の後半に名探偵金田一耕助が帰国し、さしもの怪事件も一挙に解決されるが、耕助の手で明らかにされた蝋面博士の意外な正体と、犯罪目的の異常さには読者もあっと言わされたことだろう。
 W・P・マッギヴァーンの「緊急深夜版」の結末に似ているが、私もかつて事件記者をしたことがあるので、この犯行の動機には切実な共感を覚えずにはいられない。
 本書にはこの「蝋面博士」のほかに、三編の短編が添えてある。
くろそうの秘密」は、「少年クラブ」の昭和二十四年八月増刊に発表されたもので、トリッキイな要素に重点を置いた本格仕立ての作品である。
 本編の主人公は、富士夫という中学二年生の少年だ。富士夫は夏休みを利用して伯父さんの小田切博士に連れられ、伊豆半島のとある温泉場へ避暑にやってきたが、ハイキングに出かけた際、黒薔薇荘というヨーロッパの古城のような別荘を訪ねたところから、不思議な事件に遭遇するのである。
 その夜、富士夫が泊った部屋の大時計から、奇怪なピエロが姿を現わし麻酔薬をがされてしまった。ところが、朝調べてみると、大時計の向うは廊下なのだ。その悪夢のような出来事の謎解きが、本編のキーポイントで、その裏に一年前の夏に起こった黒薔薇荘の持主で迷路研究家古宮一麿元子爵の奇怪な消失事件と、宝石を狙う悪人の工作がからんでいる。鏡を利用した錯覚トリックが巧みに使われていて、不可能興味を弥が上にも盛り上げているといっていい。
「燈台島の怪」は、「少年クラブ」の昭和二十七年八月増刊に載った短編である。
 金田一耕助と助手の立花滋少年シリーズの一編で、やはり不可思議な人間消失事件を扱ったものだ。伊豆半島の南端S村の沖合いに浮かぶ、燈台島と呼ばれる孤島にやってきた野口清吉という旅人が、嵐の夜、煙のように消えてしまった。燈台守にたのまれて金田一耕助と滋少年は事件の解明に乗り出すが、それから一週間後、どこからともなくやつれはてて現われた野口は、耕助が助け起こしたときは既に息絶えていた。
 金田一耕助は、野口の左腕の奇妙ないれずみと、紙入れから発見された不規則に四角な穴が切り抜いてある紙きれ、それにS村の山海寺に奉納されているおまじないみたいな文字を書いた額から、燈台島に眠る金塊の秘密を探り出すのである。
 絶海の孤島という一種の密室状況における人間消失事件の怪異と、それ以来、夜な夜な地底から聞えてくるという異様な叫び声。野口の死につづき、燈台の燈内にあるふんどうに縛りつけられて見つかった義足の男の死体。
 それらのかもし出す無気味なムードが息もつかせないが、加えて暗号の謎解きにも作者の趣向が凝らされていて、その意味でも堪能させられる作品になっている。
「謎のルビー」は昭和二十九年に書かれた短編。名探偵藤生俊策の息子俊太郎が、銀座の花売り娘深尾由美の不思議な行動に興味を持ったところから、彼女の兄の発明家深尾史郎のえんざいを晴らして手柄をたてる物語である。
 有名な実業家志摩貞雄の夫人貞代が持つ、時価何千万円もする高価なルビーが紛失したが、事件の鍵を握る夫人の従弟の波越恭助が実験室で殺され、その現場に血まみれの短刀を持った史郎がいた。彼は波越と発明にからんだ共同事業をしていたので、疑いをかけられてしまうのだ。だが、史郎は殺人はもちろん、ルビーのことも何も知らないという。
 真犯人の追及とルビーの行方の探索。それが本編の謎の焦点だが、藤生俊太郎は実験室に飼われていたオウムのカタコトの言葉から、ルビーの隠し場所に気づき、意外な犯人をつきとめるのである。
 宝石の隠し場所としては、これまで赤インクの中やマドロス・パイプなどさまざまなトリックが案出されているが、本編にも予想外のトリックが使われていて、作者の着想の妙がきわっている。
 以上三編の短編はいずれも本格物のミステリーだが、横溝先生のその種の作品をさらにトリック別に分類してみるのも面白いかもしれない。

作品紹介・あらすじ



蝋面博士
著者 横溝 正史
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年09月21日

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
怪しい男を追いかけてアトリエに入った御子柴進は、異様な物体を見つけて驚いた。それは裸の男の蝋人形で、しかも剥がれた蝋の下から本物の人間の手がのぞいていたからだ! 人間を殺して蝋人形に仕立て上げる、蝋細工の面のような顔をした蝋面博士の暗躍に、等々力警部と御子柴少年は手も足も出ずに苦しむ中、アメリカ旅行中の金田一耕助が予定を繰り上げ帰国した――。表題作のほか「黒薔薇荘の秘密」「燈台島の怪」「謎のルビー」を収録した傑作集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322205000262/
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