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レビュー

謎解き探偵小説の第一人者、横溝正史の比類のない作風――『金色の魔術師』横溝正史 文庫巻末解説【解説:中島河太郎】

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『金色の魔術師』横溝正史

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

金色の魔術師』横溝正史



『金色の魔術師』横溝正史 文庫巻末解説

解説  
中島河太郎  

 横溝正史氏の著作のほとんどが角川文庫に収録され、すでに六十冊を越えたが、その他に時代物と少年少女を対象にした探偵小説が相当ある。
 古くは大正十一年の雑誌「中学世界」に載せた「化学教室の怪火」に始まって、長編だけでも「渦巻く濃霧」「南海囚人島」「幽霊鉄仮面」「深夜の魔術師」「南海の太陽児」などがある。これらは探偵小説であり、冒険小説であって、テレビのない、雑誌だけが唯一の楽しみであった戦前の少年少女の手に汗を握らせたものであった。
 戦後の著者が探偵小説ルネサンスの先頭に立って活躍し、数々の佳作を続けざまに生んだことは、今ではもう知らぬ人はあるまい。「本陣殺人事件」「蝶々殺人事件」「獄門島」「八つ墓村」「犬神家の一族」「女王蜂」「悪魔が来りて笛を吹く」と、昭和二十一年から六年間というもの、探偵小説界を驚倒させる創意に溢れた作品が続出したのである。
 しかもそれらの長編に加えて短編やとりものちようおびただしい作品が書かれ、なお二十四年からは少年物にも着手したのだから、著者の旺盛な筆力は驚くべきものがあった。それは戦時中、探偵小説がほとんど禁止状態にあって、書きたくても書けないつらい時期をすごしたのに、戦争が終わるとそういう制限が一斉に解けた解放感で、著者の気持がたかぶっていたからであろう。
 少年物では二十三年に、長編「怪獣男爵」が書き下し刊行されたのを手始めに、「夜光怪人」「大迷宮」「金色の魔術師」と長編が並んでいる。この「金色の魔術師」は「大迷宮」のあとを受けて、昭和二十七年の一年間、「少年クラブ」に連載された。
 この物語の冒頭は「大迷宮」事件で活躍した立花しげる少年が、学校中の人気者になって、事件の話をくり返しきかせているうちに、冒険好きの友人二人と、少年探偵団の結成に至っている。
 滋が中学一年のとき、軽井沢でサイクリングに出かけた途中、大夕立にあって雨宿りさせてもらった西洋館で、不思議な体験をした。一緒に出かけたのはいとこの謙三だが、二人の奇怪な見聞談に耳を傾けてくれたのは、謙三が軽井沢に来て親しくなった金田一耕助だけである。
 その金田一は「年は三十五、六歳だろうか。白がすりのひとえに、よれよれのはかまをはいた、小がらで貧相な顔をした男。髪の毛といったら、スズメの巣のようにもじゃもじゃで、そのスズメの巣のような頭を、なにかというと、かきまわすくせがあり、おまけにしようしょうどもり」だと紹介されている。
 大迷宮に隠された大金塊を狙う怪獣男爵の野望に対し、金田一探偵、ろき警部、それに滋少年や謙三君が死力を尽くして闘って勝利をおさめるのだが、かんじんの怪獣男爵ははたして死んだのか、それとも生きのびてまた悪事をたくらんでいるのか分らないという結末になっている。
 それではこの物語に再生した怪獣男爵が姿を現わすかというと、題名通り金色の魔術師が登場して、少年探偵団やそのうしろだてになっている金田一と、知恵と冒険の闘争をくり拡げることになる。
 金色の魔術師はキツネみたいな気味の悪い顔つきに、金ぴかのフロックとシルクハットといういでたちで、堂々と滋たちの学校の門の前に現われ、七人の少年少女を誘拐することを宣言したのだ。もちろん誰もがに受けなかったのは当然だが、間もなく第一の犠牲者が血祭にあげられたのだから、魔術師の自信と実行力が並はずれたものであったことを思い知らされたのである。
 犠牲者が出たのは吉祥寺にある幽霊屋敷と呼ばれる、古いれん造りの洋館である。もとの持主の赤星博士がサタン(悪魔)崇拝にこりだして、サタンの礼拝堂として洋館を建て、いろいろな魔法をおこなっていたが、やがて博士は気がへんになって、あきになっていたのだった。そこへひとりではいりこんだ滋の級友が、宙に浮く首を見てとびかかったが、わなにかかってしまったのである。
 滋にとっては「大迷宮」事件でおなじみの等々力警部から、こんどの事件の背後にある秘密を聞かされて驚いた。赤星博士のサタン崇拝というのは表向きで、宗教に名を借りて人を集めて、悪事を働いており、博士はその首領だった。しかも博士は有名な宝石狂で、盗んで集めた宝石をいっぱい持っているが、博士が発狂したため、その隠し場所が分らないのだ。ただ博士は東京とその近郊に七つの悪魔の礼拝堂を持っていたから、吉祥寺は多分その中の一つだと思われるが、それ以外の場所が分らないのである。
 少年探偵団が誘拐された級友の捜査に出かけて、幽霊屋敷でのぞいたのは金色の魔術師が、級友をバスにつけて溶かす場面だった。しかも警部に見せられた博士の写真が、魔術師にそっくりなのである。ところが発狂した博士は、警察が厳重に監視しているというのだから、これまた奇々怪々であった。
 その赤星博士の監視状態を見せられた滋少年が、大時計に隠されていた抜け穴を発見して、警部のぎもを抜くのだが、これでは日頃金田一に協力している警部があまりにもぼんくらに見える。少年物だから滋少年に花をもたせたのであろう。
 博士が抜け穴を通って自由自在に出入りしていたことが分って、警備陣の粗末さ加減をばくした以上、もう頼りになるのは金田一をおいてはない。ところがかんじんの金田一が、関西で病気療養中で動けないのだ。せめて金田一にこちらで起こった事件をちくいち報告することにしたが、事件のほうは遠慮なく進展して、第二、第三の犠牲者がさらわれてしまう。
 金田一は自分は動けないから、代りに黒猫先生に相談相手になってもらえといってきた。一方では魔術師が第三、第四の犠牲者を、サタンの祭壇に捧げることを予告し、事態はいよいよ切迫する。
 宙に浮く首、バスで溶けてしまった少年、ものをいう猫、舞台で消える少女など、つぎつぎに驚くべき奇怪事が起こって目まぐるしいほどである。中には黒猫先生があざやかに解いてみせた謎もあるので、少年探偵団のなかには先生こそ金色の魔術師ではないかという疑問が生じたくらいだ。
 魔術師は宣言した通り、礼拝の場所をしらせ、警察や世間の人々をあざけり、自分の魔力をひけらかしている。それに対して彼の野望をくじき、その正体をあばこうと必死になっているのが、少年探偵団、警部、黒猫先生、杉浦画伯、俳優椿三郎たちである。
 著者が続けざまに提出する謎は、いかにも不可思議であって、まるで怪奇小説でも読んでいるようだが、さすがに謎解き探偵小説の第一人者だけあって、すべてが論理的合理的に説明されるのだ。
 この点がSFや怪奇小説との大きな相違であって、あらゆる謎が最後にすっきり解決されるところに、謎解き探偵小説の限りない魅力が存在する。
 わが国に探偵小説が輸入されてから九十年以上になるのだが、なかなか謎解きの長編は発達しなかった。戦後に著者をはじめとする有力な作家たちが、探偵小説のおもしろさ、楽しさを改めて味わってもらいたいという意気込みで筆をった。そして海外にひけをとらない、すぐれた作品がいくつも誕生した。
 殊に横溝氏の著作が文庫版だけでも四千万部を突破する売れ行きを示し、驚異的な新記録を樹立したのも、謎解きと怪奇のおもしろさをそなえた、比類のない作風だからであろう。

作品紹介・あらすじ



金色の魔術師
著者 横溝 正史
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年09月21日

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
名探偵・金田一耕助の一番弟子を自認する立花滋は、冒険好きな友人二人と少年探偵団を結成。だが、彼らの前に「わしはな、七人の少年少女をもろうていくつもりじゃ」と語る、謎の魔術師が現れる。金色のフロックコートに身を包んだ、奇妙な鷲鼻男の狙いとは? 立花少年たちは、同級生が魔術師に連れ去られ、悪魔の生贄にされようとしている世にも恐ろしい場面に遭遇し……! 横溝正史による、推理ジュブナイルの傑作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322205000261/
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