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レビュー

個性的なキャラクターが際立つ柴田よしき作品の魅力――『所轄刑事・麻生龍太郎』柴田よしき 文庫巻末解説【解説:沢野いずみ】

秘密を抱えた敏腕刑事・麻生龍太郎が哀しき事件を追う警察ミステリー。
『所轄刑事・麻生龍太郎』柴田よしき

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

所轄刑事・麻生龍太郎』柴田よしき



『所轄刑事・麻生龍太郎』柴田よしき 文庫解説

解説
沢野いずみ(作家)

 柴田さんの作品の魅力とは何か。
 それはテーマか。描写か。スリルか。人間模様か……これは人の感性によってまったく異なり、それぞれが正解であると思う。人間の興味を引く分野は多種多様で、一人一人違い、それがまた人の興味深いところだ。誰一人として同じ人間は存在しない。
 しかし、あくまで私自身が柴田さんの作品の魅力を語らせてもらうのなら、彼女の作品の殊更面白いところは、その個性的なキャラクターたちである。
 小説に限らず、漫画やアニメ、ゲームや映画などに登場する人物の中で、特に主人公というものはどこか綺麗な存在で描かれることが多い。真面目で、優しく、正義感にあふれており、他者を思いやる。そうした清廉潔白な主人公は万人に好かれやすく、描きやすく、読者だけでなく作者からしてもありがたい存在だ。陰のある主人公もいるが、多くは綺麗さを残している。
 しかし柴田さんの作品の登場人物はどうだろうか。
 この作品の主人公でもある麻生龍太郎が登場する『RIKOシリーズ』。その主人公であるむらかみ。彼女は悪人ではない。しかし、清廉潔白かと言われると、首を縦に振るのを躊躇ためらってしまう。彼女はとても有能な刑事だが、自身の上司と浮気をし、同僚と関係を持ち、さらにはある女性とも肉体関係があった。しかし、緑子はただ性に奔放なだけなのか?
 いや、そうではない。彼女はそのときそのときをひたむきに生き、感じ、悩み、愛していた。この緑子という女性がいてこそ、性愛とは何か、友情とは何か、正義とは何か、男と女とは何か、普通とは何か、生きるとは何か、自分とは何か、を深く考えさせられるのだ。
 そう、人間というものを、社会というものを、深く考えさせられるのだ。
 そして本作、『所轄刑事・麻生龍太郎』の主人公、麻生龍太郎は『RIKOシリーズ』の二作目からの登場であり、『聖なる黒夜』でやまうちれんとの愛憎劇を繰り広げた、未だに人気の衰えないキャラクターだ。
 彼の魅力とは何か?
 麻生は個性的なキャラクターが登場する『RIKOシリーズ』の中ではどこか印象が薄くなってしまいそうだが、決して忘れることができない人物である。人を愛することに臆病でありながら、どこか隙がある。自分の内側に踏み込まれることを嫌がり、『透明で弾力のある強靭な壁』を築いてしまう男だ。そして彼は男も女も愛し、男も女も魅了してしまう、そんな人間だ。
 刑事としての腕も確かで、彼は勘だけを頼りに歩かない。黙々と聞き込みをし、情報を収集し、証拠を揃える。そうしてついたあだは『石橋の龍さん』である。石橋を叩いても渡らないと笑われることはあれど、彼はその姿勢を崩さず、慎重に捜査する刑事だった。それは彼が刑事を辞めて探偵になっても変わらない。彼の本質的な部分なのだろう。
 さて、今皆様が手に取っている『所轄刑事・麻生龍太郎』は、そんな彼がまだ新米刑事だった頃の話である。
 この作品の麻生は、白バイ隊員になれないことにちょっとがっかりしている若者である。夢に未練があり、まだ『石橋の龍さん』になりきっておらず、若さゆえの葛藤が見られる。
 本作は短編連作でありながら、そのひとつひとつの事件での麻生の成長と為人ひととなりが感じられる。
 はじめの事件は大きなものではない。ありふれた、よくありそうな事件だ。
 玄関先の植木が壊される。人間に被害はない、軽い事件。たかが花ではないか。そう思っていた麻生だが、聞き込みをしながら、人々の声を聞き、そして実感するのだ。
 どんな小さな事件でも、関わった人間はすべて泣くのだ。
 被害者も、加害者も。
 刑事としてそうしたことを学んでいき、成長していく麻生。彼は穏やかな性格で、決して怒鳴らない。取り調べも、優しく語り掛ける。作中大きな声を出すことはあるが、それも子供を助けるためのものだ。彼に激しさはない。だけれどそれがいいところなのだ。それが麻生に多くの人が引き付けられる魅力でもあるのだろう。
 刑事としての仕事には本人なりに戸惑いがありながらも、順調に出世していた。作中で彼は所轄刑事から本庁刑事になっている。所轄との違いに戸惑いながら、刑事という職業が自分に務まるのか、彼は悩む。
 今回、『所轄刑事・麻生龍太郎』の二次文庫化にあたり、短編が一つ追加された。
 内容自体は大きな事件が起こるでもない、日常の話だ。だが、私はこの話にこそ麻生らしさが詰まっていると思っている。
 所轄から本庁に異動になったばかりで戸惑っていた麻生は、ある事件で逮捕した人物の姉から遺品を譲り受ける。ある鳥の焼き物だ。
 麻生は考える。彼はなぜこれを自分に遺したのか。
 このときの麻生は新しい仕事場に配属されたばかり。そして悩み多い若者だ。新しいやり方に馴染めるか? このまま警察官を続けられるのか? 自分に自信もなければ、かといって何か他にやりたいことがあるかと言えば何も出てこない。いろいろ悩んで思考の沼にずぶずぶと浸かってしまうのである。そしてその沼にはまって悩む姿が実に人間らしく、親近感と、愛おしさを感じるのだ。
 麻生は穏やかな性格だ。本庁刑事は皆誰もがきびきびしていて、プライドというよろいを身にまとい、出世欲を隠さない。しかし麻生にはそれがない。犯人に高圧的に接することもなく、ただ静かに真実を明らかにしようとする。麻生は一方的に犯人が悪いとは決めつけない。彼らを人として見ている。麻生自身はそんな自分では警察官など続けていけない、と考えているが、そんなことはない。ある事情から彼は結局警察官を辞めることになるが、私は彼が実に警察官らしい警察官であったと思う。
 他の本庁刑事のような激しさはないながらも、切実で、慎重で、臆病な刑事だった。だがそれがいけないことか、他と違うのは駄目なことかと言えば、そんなことはない。そんな刑事がいてもいいではないか。それで救われる人がいる。そしてそれが麻生らしさなのだから。
 さて、そんな刑事生活を過ごしている麻生だが、私生活はどうかと言えば、うまくいっているとは言えなかった。彼は臆病だった。踏み込むこともできなければ、踏み込ませることもできなかった。
 麻生には男の恋人がいる。だが、麻生は男性だけを愛するのではなく、女性も愛することができた。所謂いわゆるバイセクシャルだ。そんな麻生はどちらも愛せるからこそ葛藤している。男を愛し、そうした人生を歩むことを躊躇ってしまう。
 それが本当に幸せなのか? それとも、それは幸せではないのか?
 彼は思い悩む。普通になりきれない自分に。そして勇気のない自分に。
 麻生は結婚して子供を作る自分が想像できない。だけど、男の恋人と一緒に暮らすことも選べず、どっちつかずの人間であることに苦しんでいた。
 人間、人生の分岐点には悩むものだが、『RIKOシリーズ』はそこに性への考え方、生き方が入ってくるので、奥深い。同性愛、異性愛、またはその両方を愛せるバイセクシャル……。それらを受け入れられるかどうか。どう向き合っていくのか。
 今でこそそうした同性愛やトランスジェンダー……俗に言うLGBTなどに対する考え方も浸透し、社会的に理解が深まっているが、『RIKOシリーズ』一作目が出たときはまだ受け入れがたい社会であったはずだ。そもそもその概念自体よくわからない、性的マイノリティな人間がいるということも理解できずにいる人間も多かっただろう。そんな中、臆することなくその問題を主軸に盛り込み、書ききった柴田さんはさすがである。しかも脇役のキャラクターで表すのではなく、主人公にそうした要素を取り入れ、より読者に深く考えさせようとする手法はなかなかできるものではない。
 私は彼女の作品を読むと思う。
「普通って何?」
 異性を愛することが普通なのか。道を外れない生き方をしたら普通なのか。和を乱さないことが普通なのか。
 ならばその普通に、自身の幸せはついてくるのか。
 麻生も悩んでいる。おそらく、普通から外れてしまいそうな自分を。そしてそれを受け止めきれない自分を。幸せがわからない自分を。
 この短編連作の事件の犯人も、初めは普通の平凡な人生を歩んでいたはずだ。しかし、どこかでつまずき、引っかかってしまった。そして越えてしまうのだ、大事な一線を。
 この大事な一線……しかし、これは意外と簡単に飛び越えられてしまうのだろう。小さな線だろうが、大きな線だろうが。そして一度越えた人間は、そのまま突き進んでしまう。そして暗い道を闇雲に走り、どんどんぬかるみに嵌ってしまうのだ。
 刑事ものは大体事件が起こった後が描かれる。被害者が出てしまった後だ。つまり一線を越えてしまった人間を捕まえなければいけない。
 事件の数だけ理由がある。そして柴田さんのミステリはそんな犯人側、被害者側の内面までもさらけ出していく。平凡な母親が薬物に手を出す。恋に生きた若い女性が恋のせいで死んでしまう。富裕層の女性が一気に転落してしまう。大きなきっかけであったり、少しの悪意であったり……。多種多様な事件を短いながらに見事に書き切っているのが、この作品だ。
 読んだあと、ホッとするのともまた違う、不思議な読了感に満たされる。難問を解いた後のようなすっきり感か、明け方の太陽を見たようなぬくもりか。それは読んだ人によって感じ方は違うだろう。
 私はこれからもその感覚を忘れず、心待ちにしたいのである。

作品紹介・あらすじ
『所轄刑事・麻生龍太郎』



所轄刑事・麻生龍太郎
著者 柴田 よしき
定価: 902円(本体820円+税)
発売日:2022年07月21日

どんな小さな事件でも、続けて似たような事件が頻発すれば、その背後に歪んだ犯人の心が透けて見えて来る――。東京の下町、門前仲町の商店街の裏路地で連続した植木鉢の損壊事件。所轄高橋署の新米刑事、麻生龍太郎は相棒の今津とともに捜査を開始するが、やがて傷つく人々の姿が浮かび上がる……。(「大根の花」)みずからも秘密を抱えた敏腕刑事・麻生龍太郎が哀しき事件を追う警察ミステリー。特別書き下ろし短編収録。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322201000348/
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