銃撃テロを生き延びた五人。彼らは何を隠しているのか、何を恐れているのか
『スワン』呉勝浩
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『スワン』呉勝浩
『スワン』呉勝浩 文庫解説
解説
埼玉県のベッドタウンにある国内最大級のショッピングモール、
中学生時代に映画の面白さに目覚め、大学では映像学科に進んだ著者だけに、小説の創作でも映画からインスピレーションを得ることは多いようだ。単行本刊行時に何度かインタビューする機会があったが、その際、本作の外郭を作ったのはドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『静かなる叫び』(二〇〇九年)とケネス・ロナーガン監督の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(二〇一六年)だったと語ってくれた。
『静かなる叫び』は一九八九年にカナダのモントリオール理工科大学で実際に起きた銃乱射事件を題材とし、事件当日の犯人の青年や被害に遭う複数の学生たちの様子をじっくり追っていく作品だ。生き残った学生のその後も少しだけ描かれるが、これが突き刺さる。
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は主演のケイシー・アフレックがゴールデングローブ賞やアカデミー賞で主演男優賞を受賞した話題作のため、観た人も多いだろう。ボストン郊外で便利屋を営むリー・チャンドラーが兄の危篤の知らせを受けて故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに向かうが間に合わず、さらに兄が遺言で高校生の
無差別殺人を扱った『静かなる叫び』は分かりやすいが、『マンチェスター~』がなぜヒントになったのか。この二作が共通して〝悲劇のその後〟を描いていると考えれば理解できるだろう。『スワン』も無差別殺人そのものではなく、事件当事者の〝その後〟を描いた物語なのだ。
思えばデビュー作『道徳の時間』や『スワン』の次に発表した『おれたちの歌をうたえ』など、著者のいくつかの作品は悲惨な事件のその後を扱っている(ネタバレになるものもあるので詳しくは書かない)。理不尽な出来事に直面した人々がその後どう生きるのかは、著者にとって大きなテーマなのかもしれない。それはサバイバーズ・ギルト(災害や事故で生き残った人々が抱く罪悪感)の問題だけに
そのテーマ性は事件の後日に開かれる奇妙なお茶会の様子から明らかになっていく。大手企業の取締役社長の母で、事件で命を落とした
本作ではいくつもの理不尽が描かれる。まずは何よりも、大量無差別殺人。犯人たちの動機は短絡的であり、スワンにいた人々の大半は彼らとは無関係だ。因果関係があればよいわけではないが、理由もなく突然ここまでの恐怖にさらされることがあっていいのか。事件後、いずみが教師の
「でもチャイコフスキー版のほうがマシだと思うところもあります。(中略)悪意に筋道がついている感じです。それがプティパ版ではぞんざいになる。王子やオデットに向けられる魔女の悪意に理由はなくて、ただそのようにあるとしか思えないほど理不尽なんです」
次に、マスコミや世間の
「(略)あのときなかった選択肢が、まるであったかのように思えてくるんです。どうしてその選択肢を、正解を、わたしは選べなかったんだろうって」
事件とは直接関係のないところで個人的に刺さったのは、いずみが鮎川から、劣等感から彼女をいじめていた
〈待ってよ、と思った。適当な美談にしないでくれ、と。彼女のせいでわたしが受けた屈辱や孤独や、痛み。それを勝手に、彼女が成長するための、小石程度のハードルに置き換えないで〉
その心の叫びは痛いほどよく分かる。いじめ事件ではよく、このように周囲の人間がいじめられた側に理解を求めるケースがある。都合のよい物語を仕立て上げて被害者に押し付ける残酷さは、スワンの事件での世間の反応にも通じている。
では、物語を作ることは罪なのか。本書はそこにも踏み込んでいく。〈どんな方法を使っても、ほんとうを正しく伝えるなんて不可能で、だからわたしたちはこの先、とてもわかりやすく黒と白に塗られた世界で生きていくほかないのだ〉と考えるいずみは、やがてある決断を下す。それは
この先いずみはどのような人生を
呉勝浩は事前にプロットを作るタイプの作家ではない。それを承知してもなおインタビューで度肝を抜かれたのは、第一回のお茶会でのいずみの「スワンにいませんでした」という
作品紹介・あらすじ
『スワン』呉勝浩
スワン
著者 呉 勝浩
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2022年07月21日
銃撃テロを生き延びた五人。彼らは何を隠しているのか、何を恐れているのか
ショッピングモール「スワン」で無差別銃撃事件が発生した。死傷者40名に迫る大惨事を生き延びた高校生のいずみは、同じ事件の被害者で同級生の小梢から、保身のために人質を見捨てたことを暴露される。被害者から一転して非難の的になったいずみのもとに、ある日一通の招待状が届いた。5人の事件関係者が集められた「お茶会」の目的は、残された謎の解明だというが……。文学賞2冠を果たした、慟哭必至のミステリ。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001837/
amazonページはこちら