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レビュー

女っ気に乏しくふう変わりな金田一耕助の推理譚。「女」シリーズ11話を収録――『金田一耕助の冒険』横溝正史 文庫巻末解説【解説:中島河太郎】

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『金田一耕助の冒険』横溝正史

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

金田一耕助の冒険』横溝正史



『金田一耕助の冒険』横溝正史

解説
中島河太郎  

 コナン・ドイルの短篇がシャーロック・ホームズを冠して、冒険・思い出・帰還・最後の挨拶・事件簿の五冊にまとめられていることはよく知られている。
 わが金田一耕助の推理譚のうち、中短篇は多種多様の雑誌を飾ったため、ドイルの例ほどぎわよくいかなかった。わずかに「女」シリーズのうち六篇が「金田一耕助事件簿」として纏められ、さらに四篇を加えて「金田一耕助の冒険」と改題刊行された。この角川文庫版は題名こそ「冒険」を踏襲したが、また一篇を追加し、計十一話を収録している。
 この「女」シリーズは、昭和三十二、三十三の両年にかけて、「週刊東京」に断続的に発表された。この掲載誌は東京新聞社から発行された週刊誌で、現在はない。当時、著者と島田一男、高木彬光の三氏交替で、一話二回続きの作品を長期間連載した。その際、著者は題名をすべて「──の中の女」で統一している。
 私の記録に従えば、この十一話の他に、もっとある。ただし「壺の中の女」と「扉の中の女」は、それぞれ長篇化されて「壺中美人」「扉の影の女」となっている。その他については雑誌発表のままで、単行本に収録されていない。
 ここに収められた作品は、連続して書かれただけに、主役が金田一で、等々力警部がワキ役を務め、探偵譚の記録者であるところの著者に向かって、絵解きする形式が多い。しかも金田一は緑ガ丘町の緑ガ丘荘という高級アパートに移ってきてから、まだ間もない時期に遭遇した事件である。
「霧の中の女」は宝飾店で、ストールをまきつけた女が万引をとがめられて、店員を刺し殺したのが発端である。銀座の夜の霧に犯人は溶けこんで、迷宮入りの感が強かったのだが、その折りのぞうひんが思いもよらぬ場所で、思いもよらぬ状態のもとに現われたのだ。
 向島の待合で殺された男の枕の下から出たのだが、ここでは被害者のズボンとオーバーと靴が持ち去られているという奇異な状況を呈している。なんにしても第一の事件の犯人である女性は、またもや冷酷無惨な所業をやってのけたことになる。
 たまたま駅預かりの荷物の中から、被害者の持ち去られた品が発見され、真相に近づいた金田一は犯人にわなをかける。霧の夜の生んだ偶然の拾い物が、陰険な策略をめぐらした犯罪を誘発したのだが、異様な犯行状況に的確な判断を下せるのは、まっとうな捜査観念では通用しそうにない。
 新しく越した家の庭の隅にある大木の根元が、うつろになっている。そこに詰めこんだセメントから生えていた一筋の毛が端緒となって、ついに死骸が出現するのが「洞の中の女」である。
 この一本の毛髪にしても、過失や偶然ではみだしたものではなく、罪におとしいれるための計画の一部だったのだから、犯罪もだんだん手がこんできたと金田一を慨歎させるのである。
 彼の歎きは「鏡の中の女」ではなお痛切に響く。読唇術を心得ているため、やつかいになったことのある女史と同席していた彼は、女史が鏡面に映じた女のことばを読みとって写しとったのを見せられた。それは犯行計画としか思えぬ文句で、事実、そのことば通りの事件がぼつぱつしたのだ。
 こうなると銀座のまん中のキャフェで、殺人の相談が行われていたわけで、われわれの周辺は油断もすきもならない。そう見せかけておいて、ストレス解消のためという、およそ現代的な動機をもち出してアッといわせるのだが、その意外性を効果あらしめるよう、著者の筆づかいは用意周到を極めている。
 あの手この手の犯罪の続発に悩まされる金田一が、海岸で寝そべっていた鼻先で、殺人が行われたのだから、だん踏んだのも当然であろう。「傘の中の女」はビーチ・パラソルの下で殺された女性を指している。
 この地区の巡査のしんさに動かされた彼は、いつの力を貸すことにした。事件の要素に偶然性の多すぎることを指摘し、彼自身の目撃した者と、聞かされた甘ったるい声に的確な判断を下して、やっと身近で起こった犯罪を解決し、りゆういんを下げることになる。
 あんまり事件が多いので、一般人までの目たかの目になる。「カバンの中の女」は自動車のトランクに詰められた裸女の死体と思われたのが、実は彫刻だったという人騒がせまで起こったことで始まる。ところがそれについて金田一へ怪電話があって、二つの女性死体が発見される。彼はテープレコーダーに収めていた怪電話を分析し、自分の不確かな証言を訂正して、新たな視点から再検討を加える。
 こういう思考の柔軟性が彼の特色で、彼は決して神がかり的直観探偵ではなかった。あくまでも人間性と論理性に準拠して、推理の無理押しをかたくなに避けている。
 パチンコ屋の看板娘はひどく空想的で、夢見る夢子さんというあだがつけられている。彼女が金田一に依頼したのは、殺害されて迷宮入りとなった姉の事件の捜査であった。ところがこんどは夢子が殺された。しかも金田一名義の呼び出し状を持ったままというのが、「夢の中の女」である。
 夢想家だからひとにだまされやすいと見るのは皮相的で、金田一はかえって普通の人より本能的に警戒心が強いことを指摘し、動機と犯行現場のカムフラージュに言及する。意外な真相に到達するのは無論だが、それが推理の勝利ではなく、経験の勝利だといって、パチンコ屋での発見を語って、警部をうめいて歯ぎしりさせるのだから、金田一もひとが悪い。
「泥の中の女」は死骸に気づいて通報し、巡査を案内してくると、影も形もないという、奇妙な話で始まる。住人の探偵作家は笑いとばして、発見者の錯覚で片づけたが、川を流れていた死体は作家の関係者であった。この作家の割り切れない行動に、強い疑念を抱いた金田一は、新聞を利用して犯人を釣り出す。偶然のもたらした複雑な謎も、思考の積み重ねが次第に外面をうち崩すことに成功する。
 美術館から運びだした石膏像から女性の死体が現われるのが、「ひつぎの中の女」である。もちろん本物は別にあるのだが、いったん疑いの晴れたものは、もう疑わないという盲点をついた犯罪も、無精者のふだんに似あわぬ動作でつまずいてしまったのだ。
 記憶を喪失した新聞記者に、強烈なイメージをただ一つだけ与えたのが、「瞳の中の女」である。一年後に正気に戻った記者は、その原因となった事件の探求にける。アウトラインはつかめるものの、完全に解決されない、あいまいな事件もあってもいいではないかと、金田一探偵譚としては珍しい結末をとっている。
 鈴をつけた舟の中のおりに、閉じこめられていた女性を扱ったのが、「檻の中の女」である。その毒殺は未遂に終わったが、犯行現場では猛犬が殺され、男は失踪して擬装殺人の疑いが濃厚であった。
 金田一は耳よりの情報を聞きこんだが、それが果して犯罪と結びつくかどうか分らない。あい変わらず眠そうな目をしょぼしょぼさせているが、等々力はその目を見たとき、思わず緊張した。長年の経験で、彼のひとみのなかに一種のかぎろいがようえいしているのは、なにかをぎつけた証拠だと分るのだ。そして珍しく汚職に結びつこうとした事件が、一転して急転直下の解決へ導かれるのである。
 金田一と警部が顔をそろえると、事件が飛びこんでくる。「赤の中の女」も混雑する海水浴場で、すいの夢をむさぼろうとしていた金田一が、ふと耳にとめた会話がきっかけになった。新婚の夫婦がそれぞれ知人に出会った挨拶を聞いたのだが、新妻の後ろ姿を憎々しげに見つめる青年が印象に残ったのだ。
 週末を利用して警部がやって来ると、やはりただではすまなかった。もと女優の新妻の死体が沖合に浮かび、彼女の知人がホテルで殺されていた。夏の海辺を利用した巧妙なトリックだったが、金田一のけいがんはふとした動作も、ちっぽけなこんせきも見のがさずに、犯罪の絵解きをしてくれるのだ。
 これらの十一話は一連のものだけに、いかにも一巻に纏められるにふさわしい。ややふう変わりな探偵の推理を引き出すためには、どういうふうに扱えばいいか、十二分にコツを心得ているワキ役の警部があればこそ、しんおうに潜んでいる真実が白日の下にさらされる。女っ気に乏しい金田一にとっては、警部はかけがえのない存在であった。

作品紹介・あらすじ
『金田一耕助の冒険』横溝正史



金田一耕助の冒険
著者 横溝 正史
定価: 1,034円(本体940円+税)
発売日:2022年06月10日

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
雑踏で賑わう吉祥寺駅前で、金田一耕助と等々力警部が、一人の青年を見張っていた。やがて、動き出した青年を等々力警部が尾行し、金田一は、見当をつけていた現場へ先廻りすることになった。青年は、一年前に不可解な事件に巻き込まれて失った記憶を取り戻そうとしていた。その事件の鍵を握る謎の女は、彼の瞳の中だけに存在するのである。今ようやく、事件の全貌が明らかにされようとしていた…。(瞳の中の女) 一篇ごとに趣向を凝らした、金田一耕助異色の事件簿。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204000284/
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