モンゴメリ 著、河合祥一郎 訳『新訳 赤毛のアン』(角川文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「訳者あとがき」を特別公開!
モンゴメリ『新訳 赤毛のアン』文庫巻末訳者あとがき
訳者
河合祥一郎
『赤毛のアン』の文学性
『赤毛のアン』の魅力は多々あれど、最大の魅力は、感じやすい心を持つアンのロマンティックな想像力にあると言えるだろう。独りで汽車に乗って知らない村へやってきて、来るはずの迎えの人が来ないとなれば、通常の人間なら心配で途方に暮れるだろうに、この少女は、駅の近くの桜の木に登って一晩明かせば
アン自身、自分の想像力を自らの強みとして認識しており、それは彼女の文学好きを助長する。そんな文学少女アンを創り出した作者L・M・モンゴメリの文学的教養がこの作品の中に綿密に織り込まれている。シェイクスピアを専門とする英文学者の私が本書を訳す意義は、その文学性を余すところなく
まず驚くべきことに、アンは十一歳にしてすでに、シェイクスピア作品に精通している!
初対面のマリラに「コーディーリアって呼んでもらえますか?」と言うのは『リア王の悲劇』のヒロインの名前であるし、「『バラは、ほかのどんな名前で呼ぼうとも、甘い香りは変わらない』って本で読んだことがある」(72ページ)と言う本とは『ロミオとジュリエット』のことであるし、マシューに「“
すてきなものを美しく表現することがアンにとっては重要であり、だからこそ彼女はアヴォンリー村(プリンス・エドワード島のキャベンディッシュがモデル)に来たとたんに、りんごの白い花のトンネルになっている美しい並木道を“
アンは孤児院で勉強していたころから教科書の『読本』に載っていた多くの詩を暗誦でき、なかでもサー・ウォルター・スコットの『湖上の麗人』やジェイムズ・トムソンの『四季』はほとんど
なお、第十九章で、フィリップス先生が「シーザーの遺体を前にしてマーク・アントニーが演説する場面」を
もし私がブルータスで、ブルータスがアントニーだったら、
そのアントニーは君たちの胸に怒りの火をつけ、シーザーの
傷口一つ一つに舌を入れて訴えさせるだろう。さすれば、
ローマの石でさえも立ち上がって暴動に走るだろう。
(訳は角川文庫の河合訳より)
ここまでくると、少女アンの背後に文学通の作者の存在が重なり始め、アンの文学好きのレベルを越えて、作者自身の文学好きが露呈してくる。わかる人にはわかるという形で、地の文で引用符もつけずにシェイクスピアの表現を使った書き方をするのも、作者の書きぶりの特徴と言えるだろう。例えば、第二十四章冒頭の「かたつむりのようにのろのろとどころか、すばやく元気に学校へ
ああ、神よ! 神よ!
この世のありとあらゆるものが、この俺には何と疎 ましく、
腐った、つまらぬ、くだらぬものに見えることか!
あえて引用符をつけずに地の文の中に
詩に始まり、詩に終わる
『赤毛のアン』は詩に始まり、詩に終わる構造を持っている。タイトル・ページに附された詩の一節は題名の一部を成しており、アンが「精と炎と露より作られ」ていることを示す。これはヴィクトリア朝を代表するロバート・ブラウニング(一八一二~八九)の詩「イーヴリン・ホープ」(一八五五)の第三連からの引用であり、「そなたの魂は純粋にして真実」という一行に続く二行である。英文学に詳しい人なら気づいたかもしれないが、『赤毛のアン』は、このブラウニングの代表的劇詩「ピッパが通る」(一八四一)の有名な一行を
時は春、
日は朝 、
朝 は七 時 、
片 岡 に露みちて、
揚 雲雀 なのりいで、
蝸牛 枝に這 ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。
ブラウニングは
ラーンスロットを想いながら死を決意したエレーヌは、「ありとある美しき
漱石がらみでもうひとつ。『
なお、『赤毛のアン』という題名は
次巻『アンの青春』で、アンは母校の教師となる。家ではマリラが引き取った双子の世話に大わらわ。そんな折、新しい友人ができる。ミス・ラベンダーという白髪の女性で、二十五年前に婚約者とケンカ別れして以来ずっと独身だ。若き日の失恋に今も苦しむ姿に、アンは……。実は、次巻はモンゴメリの夢が託された作品だ。彼女の人生、愛した文学について知らなくては真に読解できない。そのあたりをあとがきで丁寧に解説していますので、ぜひお楽しみに。
二〇二五年二月
河合祥一郎
作品紹介
書 名:新訳 赤毛のアン
著 者:モンゴメリ
訳 者:河合 祥一郎
発売日:2025年03月22日
NHKアニメで話題!全女子に贈る、世界中が恋した永遠の名作を新訳&全訳
Anne of Green Gables
By Lucy Maud Montgomery,1908
これからの女の子たちへ。かつての女の子にも。
【NHKアニメで話題】
本当の子じゃない。でも、家族になれた。――永遠の名作を新訳&完全訳で。
偏屈な年寄り兄妹マシューとマリラは、孤児院から働き手として男の子を引き取ることに。なのにやってきたのは、赤毛でそばかすの少女アン。マリラはアンを追い返そうとするが、アンは号泣し…。自然豊かな美しい島を舞台に、夢見る少女が起こすおかしな騒動。そそっかしくて失敗ばかりのアンが感動をもたらします。泣いて笑ってキュンとする、世界中の少女が恋した名作を新訳・完訳で。アンが親しんだ英文学の徹底解説も掲載。
「新訳 赤毛のアン」シリーズ、1~3巻を、2ヵ月連続刊行
1巻『新訳 赤毛のアン』発売中
2巻『新訳 アンの青春』2025/4発売
3巻『新訳 アンの初恋』2025/4発売
英文学研究の第一人者だから訳せた、文学少女としての『アン』。
訳者あとがきで、アンが親しんだ文学作品についても徹底解説!
カバーイラスト/金子幸代
カバーデザイン/鈴木成一デザイン室
※本書は二〇一四年三~四月に角川つばさ文庫より刊行された児童書『新訳 赤毛のアン(上) 完全版』、『新訳 赤毛のアン(下) 完全版』を一般向けに大幅改訂したものです。なお、訳者あとがきは書き下ろしです。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322411000266/
amazonページはこちら
電子書籍ストアBOOK☆WALKERページはこちら