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レビュー

田舎町の閉塞を「コルセット」が打ち破る? 夢を追う尖りまくった三人組の痛快ストーリー! 『革命テーラー』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:池澤 春菜 / 声優、エッセイスト)

 ぎっくり腰になったことがある。

 ある朝起きて、何気なくベッドから起き上がろうとしたら、ズバンと来た。

 いまだ経験したことがない幸運な人のために説明すると、ぎっくり腰は、だるま落としの真ん中の棒を抜いたみたいな感じだ。体をまっすぐ保ったままなら何とか動けるけれど、少しでも傾けたり、重心がずれたりすると、激痛。当然、ベッドから起き上がる動きは無理。

 真っ白な頭でなんとか思い出したのが、つい先日のライブで着た衣装。じりじりと1mmずつベッドの端まで体をずらし、あおけのまま、手だけでベッドの下のクリアケースを探り当て、なんとか引っ張り出したもの。

 コルセット。

 アンティークの、素晴らしく繊細なレースで作られた、薔薇ばらいろの美しいオーバーバストタイプのコルセット。

 それをパジャマの上からはめ、ぎゅっとひもで締め付け、ようやくわたしは人の形を取り戻した(パジャマ+コルセットという見た目は不問で)。あの時、あのコルセットがなければ、わたしはベッドで干からびて死んでいたかもしれない。

 そう、わたしはコルセットに命を救われたのだ。

 ……というのはちょっと大げさだけど。

 コルセットをつけると、体の外と共に身の内がぎゅっと引き締まる気がする。この美しい服に見合った体型でなければ、と思う。コルセットは支えであり、よろいであり、守りであり、誇りなのだ。

 この長い助走は、わたしがいかにコルセットを愛しているかの説明。そしてこの助走は、この作品を巡ってかわななさんと対談をしませんか? とのお話をいただいた時に飛び上がり、そして対談がとても楽しくて大気圏まで突き抜けるかと思ったあの日につながります。さらに今回、文庫化にあたっての解説まで!! たぶん今わたし、衛星の軌道上に浮かんでいるかもしれない。

 そりゃね、前時代的ですよ? 今時コルセットをしている人なんて、医療目的か、ちょっと特殊な服装の人か。女性性の抑圧とか、健康に良くないとか、色々言われるかもしれないけれど……でもわたしは、コルセットが支えてくれる自分が好きなのだ。それは拘束だけど、解放でもある、と思っている。

 だから、コルセットによって革命を起こそう、なんてお話も、絶対好きに決まっているのです。

 ちなみに対談では、鼻息も荒く、本文中に出てくる着物に帯代わりのコルセット、というアレンジでお伺いしました。


書影

川瀬七緒『革命テーラー』


 17歳の主人公海色アクアマリンが住む、大きな流れに取り残され、みんながどこかで先行きをあきらめている町。いつも少し日の陰ったような、息の詰まるような、でもきっと日本のあちこちにある町。アクアの家庭も、学校も、へいそく的で、体も心も行き場所がない。

 そんな中で、アクアが出会った、非日常。「どこからどう見ても、古臭くて時代遅れのつぶれた仕立て屋」のショーウィンドウに飾られた、かんぺきなコール・バレネ、ことコルセット。そこからアクアの毎日は大きく変わり始める。

 閉じ込めるもの、抑圧するもの、秘されるものの象徴のようなコルセットによって、停滞した町の生活と、その外の世界、現実と空想が繫がり、これから人生に挑む少年少女たちと、人生の終わりを見つめる老人たちが繫がり、大きく可能性の扉が開いていく。砂色の毎日を塗り替えていく蛍光塗料。

 まさに一着の服が起こす「革命」。今回の文庫化にあたって、タイトルを『テーラー伊三郎』から『革命テーラー』にかえたのもさもありなん。

 そこからの疾走、かつ濃密な展開は読んでの通り。

 それにしても、登場人物たちの元気なこと、キャラの濃いこと。明日あすちゃんはもちろん、悪友のはや、そしてさぶろうを始めとするご年配軍団(わたしのお気に入りは、おおさわさんとスズさん、とう夫人の3おばあちゃんズ)。そして悪役のなべ女史に至るまで、いずれもしっかり骨太で、押しが強くて、一人一人が自分の物語を持っている。ハナばあちゃんの人生なんて、それはそれで別の物語として読んでみたい。真鍋女史の言い分に、ちょっと傾いちゃう自分もいる。彼女の、彼女なりの闘い方。方法はともかく、一番真ん中にある気持ちは、清廉なのだ。だからこそ、最後、彼女はアクアのお母さんの言葉に耳を傾けることができた。まだまだバトルはありそうだけど、ここから始まる真鍋女史の物語にも、すごく興味がある。

 アクアと明日香ちゃんの仲。

 アクアの書いた研究発表がどうなったのか。

 お母さんとの関係は。

 隼人と大澤のじいさんの明らかに危険な友情。

 そしてもちろん、テーラー伊三郎のこれから。

 たくさん続きが気になるポイントはある。

 でも、以前対談した時、川瀬さんはこうおつしやっていた。

あそこでラストを区切ったのは、後の展開を読者に委ねたかったから。この先、アクアや明日香がどうなるかは分からない。きっと夢と現実のギャップに直面して悩むこともあるんだろうけど、この小説に関しては成功して終わるのが美しいかなと。
『テーラー伊三郎』刊行記念対談 川瀬七緒×池澤春菜より

 アクアたちの物語は続いていく。今も、もしかしたら日本のどこかの町で革命を起こそうとしているアクアたちがいるかもしれない。でも、次はわたしたちの番なのだ。ここから先は、わたしたちが、自分自身の人生のなかでできる革命を起こしていこう。

 心のコルセットを、ぎゅっと締めて。

 最後に川瀬七緒さんのご紹介を少しだけ。

 福島県生まれ。文化服装学院服装科・服飾専攻科デザイン専攻卒(だからこそのあの服飾の知識と、一着の服を作っていく過程の描写!!)。子供服のデザイナーを経て、2011年『よろずのことに気をつけよ』で第57回がわらん賞を受賞。これまた面白いのです。誰が、なぜ、どうして、に、「呪いは殺人として成立しうるのか」を付け加えた呪術ミステリ。

 虫愛全開な法医昆虫学者が主人公の、「法医昆虫学捜査官」シリーズ。

 報奨金目的に手を組んだ、経歴も性格も違う三人のユニークな長編ミステリ、「賞金稼ぎスリーサム!」シリーズ。

 単巻でも、ぶっ飛んだキャラクター、社会のゆがみを描き出す筆致、ユーモアとペーソス、一気読みのリーダビリティで、次々と川瀬中毒者を生み出している。

 本書をきっかけに、ぜひ川瀬作品にはまって欲しい。

川瀬七緒『革命テーラー』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000377/


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