文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:福井 健太 / 書評家)
ユニークな試みが導入された初期作品は、作家の新たな魅力に出会うきっかけになり得る。
改めて略歴を書いておくと、黒川博行は一九四九年愛媛県生まれ。六歳の頃から大阪府に住み、京都市立芸術大学美術学部(彫刻科)を卒業。ダイエーの建設部店舗意匠課に勤めた後、大阪府の高校で美術教師に就任。八三年に『二度のお別れ』が第一回サントリーミステリー大賞の佳作に入選し、翌年に同作でデビューを遂げた。八四年には『雨に殺せば』で第二回サントリーミステリー大賞佳作、八六年には『キャッツアイころがった』で第四回サントリーミステリー大賞に選ばれている。
八七年に専業作家に転じ、九六年に「カウント・プラン」で第四十九回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)、二〇一四年に『破門』で第百五十一回直木賞を受賞。大勢の刑事たちが活躍する〈大阪府警捜査一課〉シリーズ、建設コンサルタントの二宮啓之と暴力団幹部・桑原保彦が窮地に陥る〈疫病神〉シリーズ、元刑事の競売屋コンビのシノギを描く〈堀内・伊達〉シリーズに加えて、現代的な社会問題を扱うサスペンスにも定評のある大御所だ。
長篇九冊と短篇集二冊が書かれた〈大阪府警捜査一課〉シリーズでは、エド・マクベインの〈87分署〉シリーズや
巡査部長・文田浩和(ブン)と部長刑事・総田脩(総長)が初登場するシリーズ第三長篇『海の稜線』は、男女を乗せた車の爆破事件を発端として、偽装海難事故の疑惑を追う話だった。専門知識を
本作の見所として真っ先に挙げるべきは、読者を楽しませる手数の多さ──つまりはエンタテインメント志向の強さに違いない。刑事たちの掛け合いだけではなく、文田の私生活パートでも母親との推理談義が展開される。五十嵐が言及する『刑事コロンボ』のエピソード「パイルD-3の壁」がクライマックスに重なるのも、映像作品好きの著者らしい演出と言えそうだ。
先述した『海の稜線』と同じく、本作にも地域対立ネタが使われている(今回は京都vs大阪)。キャラ付けを好む大阪人が他所と張り合う姿は、漫画やテレビ番組に
そしてもう一点。著者のハードボイルドや社会派サスペンスに接してきた読者は、本作の謎解きを意外に思うかもしれない。異様な死体、不可解な証拠物件、テレビドラマのお約束めいたヒントタイム(食事シーン)、誤った推理の提示、密室殺人のトリックといった構成要素は、オーソドックスな本格ミステリのキャッチーさを備えている。ポップな会話やベタな文化論、建築業界の
文田と総田の〈ブンと総長〉コンビは本作で見納めだが、両者は『絵が殺した』『大博打』にも顔を出しており、文田は「飛び降りた男」(『てとろどときしん』所収)で同僚の吉永誠一に
最後に〈大阪府警捜査一課〉シリーズのリストを載せておこう。行末に主役刑事の名前を記す。他の面々が脇役として登場することも多いので、なるべく全体を通して読むことをお勧めしたい。
『二度のお別れ』文藝春秋(八四)→文春文庫(八七)→創元推理文庫(〇三)→角川文庫(一七)/黒田憲造・亀田淳也
『雨に殺せば』文藝春秋(八五)→文春文庫(八八)→創元推理文庫(〇三)→角川文庫(一八)/黒木憲造・亀田淳也
『海の稜線』講談社(八七)→講談社文庫(九〇)→創元推理文庫(〇四)→角川文庫(一九)/文田浩和・総田脩
『八号古墳に消えて』文藝春秋(八八)→創元推理文庫(〇四)/黒木憲造・亀田淳也
『切断』新潮社(八九)→新潮文庫(九四)→創元推理文庫(〇四)→角川文庫(一八)/久松貞一・曾根克志
『ドアの向こうに』講談社(八九)→講談社文庫(九三)→創元推理文庫(〇四)→角川文庫(二〇)/文田浩和・総田脩 ※本書
『絵が殺した』徳間書店(九〇)→徳間文庫(九四)→創元推理文庫(〇四)/吉永誠一・小沢慎一
『アニーの冷たい朝』講談社(九〇)→講談社文庫(九三)→創元推理文庫(〇五)→角川文庫(二〇)/谷井圭作・矢代功一
『てとろどときしん 大阪府警・捜査一課事件報告書』講談社(九一)→講談社文庫(〇三)→角川文庫(一四)/黒木憲造・亀田淳也・吉永誠一・三柴・野村 ※短篇集
『大博打』日本経済新聞社(九一)→新潮文庫(九八)/竹内・矢代紀一
『カウント・プラン』文藝春秋(九六)→文春文庫(〇〇)→埼玉福祉会(上下巻/一三)/樋本・大村・柿本・種谷・松坂・伊村・安積・梶野・吉良・嶋田 ※短篇集
▼黒川博行『ドアの向こうに』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000151/