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レビュー

小さな田舎町に、女性用下着で革命を起こす!? 老人も少年少女も胸熱の成長小説『テーラー伊三郎』

【カドブンレビュー】


 気がつけば私は、この小さな町の住人になっていた。
 
 毎日がつまらない、きっとこの先もいいことなんて何もないという言葉をよく耳にする。物語の主人公である男子高校生、津田海色(ツダアクアマリン、通称アクア)もその一人だ。福島の小さな田舎町で、昔の西洋を題材とした官能漫画を描く母親と二人暮らし。毎日が灰色で17歳にして人生を諦めていた。
 
 そんなアクアは、古びた紳士服店「テーラー伊三郎」のウィンドウにとんでもないものが飾られているのを目にする。それは「コール・バレネ」、18世紀上流階級で用いられたコルセットだった。騒然とする町を尻目に、アクアは、一瞬でその美しいコルセットに魅了されたのである。しかも、店先に出てきた老店主の伊三郎に「あの、コール・バレネ……ですよね、これ」と言ってしまう。母の仕事を手伝っているアクアは、昔の西洋文化や服飾の知識があった。とにもかくにも、アクアの灰色の日々に色が着いた瞬間である。
 
 この騒動をキッカケに、アクアと伊三郎の交流が始まる。正統派英国紳士服の仕立て一筋でやってきた伊三郎は、服飾は革命に似ていると言う。ヒトの生理機能と逆行している服飾表現(例えばハイヒール)を、医者などが批判し禁じてみても、一旦できた流れを変えることは誰にもできないからだ。それに加え伊三郎は、82年間従順に生き、気が付けば間抜けな体制側にまわっていたことを情けないとアクアに告白する。そして今こそ、やりたいことをやる、コルセットを用いた革命を起こすと言い出したのだ。
 
 だがアクアは、そのことだけが、伊三郎が革命を起こす真意だとは思っていない。真意がまだ分からずとも、アクアは、伊三郎の作る美しいコルセットを広めたいといという熱意を伝え、その革命に加わり、店のプロデュースを担当することに。革命の内容は、「テーラー伊三郎」のウィンドウに、コルセットを飾り注文を受け販売すること。今までの紳士服とは対極に近いものだ。その内容は少しずつ形を変えていくのだが――。
 
 さらに、この革命に欠かせない重要人物がもう一人。アクアの小学校時代の同級生、三木明日香だ。空想好きで、スチームパンクの世界を愛し、常識に囚われない発想の持ち主。アクアは伊三郎に、この革命には、明日香の非常識さが必要だと伝え加えてもらうことに。アクアは、伊三郎の職人気質と明日香の非常識さの化学反応を見たいと思っていた。明日香は、店や商品のコンセプトの担当となる。こうして3人を中心とした「コルセット革命」が大きく動き出していく。

 アクア達の革命への期待と不安、何とか成功させてみせるという情熱が、読者の私にも伝染し、ドキドキが増してきたことは言うまでもない。繊細なデザイン、和と洋などの対極にあるものの融合、色とりどりの生地等が、次々と目の前に広がっていく。そう、この3人が読者に様々な化学反応を見せてくれるのだ。次は何が起こるのか? どんなアイディアがでてくるのか? と自然と期待してしまうはずだ。
 
 そして脇をかためる登場人物からも目が離せない。ハッキングもできる機械好きのカメラ屋のおじいちゃん、猫っかぶりの毒舌婦人会長、世界の刺繍に精通している拝み屋のおばあちゃんなど、強烈な個性とパワーを放つ人物たちがこの物語を支えている。ひとりひとりにスポットライトを当ててみたいくらいに面白いのだ。
 
 時折壁にぶつかり、この革命を邪魔する者も現れるが、そんなことが気にならないくらいアクア達は生き生きとし、前を向き進んでいる。そして読者の私も本を開く前より、元気になっている。なんだか夢中になれることを色々と探してみたい気分なのだ。そして何より、私もこの「コルセット革命」に参加していたような気がしてならない。
 
「コルセット革命」の結末、そして革命を起こそうと思った伊三郎の真意については、是非この本を手にとって確認していただきたい。この小さな町で起こる革命を見守り、笑って泣いて、そしてドキドキしてもらいたい。きっと心に残る一冊になるはずだ。


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