文庫巻末に収録されている「訳者あとがき」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(訳者:越前敏弥・ないとうふみこ)
本作『小説 アナと雪の女王 影のひそむ森』は、児童書作家カミラ・ベンコーによる、オリジナルのファンタジー小説です。「アナと雪の女王2」の一か月ほど前のできごとという設定で、エピローグには映画のトレーラーに登場する場面も描かれ、続編映画への橋渡しをするような形になっています。けれどもストーリーは完全に独立しており、映画のネタバレもありません。ですから「アナと雪の女王2」をまだ見ていない方も、安心してお楽しみいただけます。〝アナ雪〟の壮大な世界観をより深く理解し、堪能していただくためにも、ご一読を強くおすすめします。
これから本書を読まれる方のために、導入部分のあらすじをかんたんにご紹介しておきましょう。「アナと雪の女王」のラストでアレンデールに平和がもどり、引きはなされていた姉妹に新たなきずなが生まれてから三年。エルサは、女王としての仕事に忙殺されていました。会議に出席し、人々と謁見してさまざまな訴えに耳をかたむけ、数かぎりない書類に目を通し……そのせいで、最近はアナとゆっくり話す時間もとれないほどです。
いっぽうのアナは、あいかわらず姉のエルサを心から愛し、またクリストフやトナカイのスヴェン、そして雪だるまのオラフといういつもの仲間たちとも親しく交流をつづけて、毎日をほがらかに過ごしていました……と言いたいところですが、実はちょっとした疑念にさいなまれていました。姉のエルサは、近々、アレンデールの女王として諸国歴訪の旅に出ることになっています。アナは、エルサの役に立ちたくて、近隣諸国の文化や風習を学んだり、ことばを勉強したりと、さまざまな努力をつづけているのに、エルサがちっとも、いっしょに行こうとさそってくれないのです。エルサは、アナの努力に目をとめていないのでしょうか。あるいは、アナが助手として役に立つことを認めてくれていないのでしょうか。
そんななか、アレンデールに不穏な影がしのびよります。あちらこちらの農場で、動物たちの毛が真っ白になって、眠りこんだまま目をさまさなくなったり、作物が真っ白になってくさってしまったりという謎めいた病気、〝真っ白病〟が蔓延しはじめたのです。人々のあいだに動揺がひろがり、責任感の強いエルサは、目の下にくまができるほど追いつめられていきます。アナは、なんとかしてエルサを助け、〝真っ白病〟の謎を解きあかしたいと願い、図書室で見つけた昔の本で〝夢を現実にする〟呪文を見つけてこっそり唱えるのですが、それが裏目に出たのか、アレンデール城に恐ろしい怪物が出現してしまいます……。
生真面目で、人々のためによき女王であろうとするエルサ、だれよりも深くエルサを愛するアナ、そのアナを支えるクリストフ、オラフ、スヴェン。いつもの仲間たちが城を飛びだして、というより、逃げだすことを余儀なくされて、アレンデールを救うため、冒険の旅に出かけます。図書室のかくし部屋や、アレンデール城の地下から通じる秘密の通路、廃鉱になった鉱山のトンネルへとつぎつぎに舞台が移り、スピーディな冒険物語が展開していきます。
著者のベンコーは、「アナと雪の女王」の世界を大切にするため、映画本編のほか、短編映画やスピンオフ小説からも、ちょっとした場面やアイテムを、この作品に取りいれています。言われなくても気がついた、という方も多いと思いますが、いちおう思いつくままにあげておきましょう。
たとえば、アナとオラフが図書室のかくし部屋で見つける『魔法づくりの秘密』という本は、第一作の映画本編の冒頭で幼いエルサがアナの頭に魔法を当ててしまったとき、姉妹の父である国王がトロールのいる谷の場所をさがすためにひらく本です。「石の上に横たわって頭から青い煙を立ちのぼらせる男の絵」(5章)という描写からそのことがわかります。
悪夢を呼ぶナットマラの黒い砂におそわれたとき、アナの妄想のなかに登場する「紫の花模様のついた白い大きなドア」(15章)は、「雪だるまつくろう」の歌をうたいながら、アナがノックするエルサの部屋のドアですし、オーケンの店の外観の描写なども映画を忠実になぞっていることがわかります。
また、オラフがフルーツケーキを食べようとしたけれど体を素通りしてしまったというエピソード(11章)は、短編映画「アナと雪の女王 家族の思い出」に登場しますし、エルサが諸国歴訪で訪問する予定だったエルドラ、チャソ、ティカーニなどの国々は、スピンオフ小説『エルサと夏の魔法』『ふたりの固いきずな』(いずれも角川つばさ文庫)から取られたものです。ほかにもいろいろありそうですので、ぜひさがしてみてください。
著者はまた、北欧の伝説もていねいに取材しています。
エルサたちを苦しめる悪夢の権化ナットマラ(Nattmara)は、北欧の伝承では、眠っている人の胸の上にのって、悪夢や金縛りを生じさせると言われる魔物です。骨と皮のようにやせた女の姿をしていることもあれば、動物の姿になったり、砂に変身して壁やドアのすき間から家のなかにはいりこんだりすることもあるとか。人間だけでなく馬や牛などの動物にも取りついて苦しめ、木々はナットマラにやられると、節くれだって枯れてしまうと言われます。
また、エルサたちが廃鉱のトンネルの奥で出会うフルドラ族(Hulder)は、北欧の伝説に登場する美しい女の姿をした生き物で、牛のようなしっぽを服の下にかくしていると言われます。人を洞窟の奥へさそいこんで外へ出られないようにしてしまうとか、近づいたとたんに生気を吸いとって殺してしまうという恐ろしい言いつたえがある反面、炭焼きが窯の番をしていると寄ってきて、ひと晩見ていてあげるからお休みなさいと言ってくれるというやさしい側面を伝える話もあります。そうした伝承も、この作品のなかにしっかり生かされ、物語に深みをあたえています。
そして、本作では映画本編からひきつづき、「真実の愛」が重要なテーマのひとつになっています。アナとエルサの姉妹の愛はもちろんのこと、クリストフとスヴェンの家族のような愛、アナとクリストフの少しずつ深まりゆく愛、アナとエルサがかつてふたりでつくったがゆえに、「エルサらしさとアナらしさの両方が混じっている」(3章)オラフへの愛、そして何よりも、エルサとアナの姉妹がアレンデールに寄せる心からの愛など、さまざまな愛の形が描かれます。
と同時に、愛するがゆえに心配し、不安にさいなまれ、疑念をいだくという、人間のやっかいな心理が、物語をつきうごかしてもいきます。さまざまな困難を乗りこえて、ふたりがそのやっかいな心理と正面から向きあい、いちだんと成長していく様子は、この作品の最大の読みどころでしょう。
角川文庫からは、第一作の映画本編に基づく『小説 アナと雪の女王』と、後日談であるこの『小説 アナと雪の女王 影のひそむ森』、そして二〇一九年十一月二十二日に公開される第二作の映画本編に基づく『小説 アナと雪の女王2』の三冊が順次刊行されます。ぜひ映画と併せて三冊ともお読みになって、〝アナ雪ワールド〟の隅々までをお楽しみください。
越前敏弥
ないとうふみこ
書籍の情報はこちらから
『小説 アナと雪の女王』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321907000753/
『小説 アナと雪の女王 影のひそむ森』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321907000752/
『小説 アナと雪の女王2』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321907000751/
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