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悪徳政治家を叩きのめせ! 地方選挙をめぐる組織闘争をシブく鋭く描く「疫病神」シリーズ第6弾『喧嘩』

 ミステリーファンに、あなたの知っている〝相棒〟キャラは、と尋ねたら、シャーロック・ホームズ&ジョン・ワトソンと答える一派と杉下すぎした右京うきょう冠城かぶらぎわたると答える一派に二分されるのではないだろうか。
 前者はいわずと知れたイギリスの本格謎解き探偵のパイオニア、後者は警視庁のはみ出し捜査官の活躍を描いた人気TVドラマの主役(演じるは水谷豊と反町隆史)である。なるほど名探偵とその助手は今日に至るまで鉄板の組み合わせといえようし、警察官の場合も警視庁と所轄署の刑事コンビなどもはやお馴染みだ(ドラマ『相棒』の場合は上下関係だけど)。ミステリーファンならずともその名を挙げる人は多いはず。
 してみると、このふたりは例外中の例外、異色の中の異色コンビといえるのが、本書の二宮にのみや啓之けいすけ桑原くわはら保彦やすひこだ。二宮は自称建設コンサルタントだが、その実態は様々な建設案件で暴力団対策に動く「前捌まえさばき」──通称サバキを生業なりわいとするトラブルシューターで、一方の桑原はというと、ホンマもんの暴力団員。つまるところ、反社会的勢力のコンビであり、ホームズや杉下警部たちとは根底からしてキャラが異なるのである。
 著者の作家歴は長い。デビューは一九八三年で、初めて小説を書いたという『二度のお別れ』が第一回サントリーミステリー大賞の佳作に入選、翌年単行本となった。ブレイク作は一九八六年に第四回の同賞の大賞を受賞した『キャッツアイころがった』で、これはふたりの女子学生が宝石絡みの連続殺人事件の手がかりを求めてインドにわたるサスペンス・ミステリーだったが、作品としてはサン・ミス大賞の応募作『二度のお別れ』や『雨に殺せば』の路線のほうが人気が出た。こちらは大阪府警捜査一課の面々の活躍を描いた警察捜査小説で(「黒マメコンビ」!)、このシリーズは著者の初期の代表作となる。
 そう、黒川作品も元はといえば、勧善懲悪、正義の味方にくみする作風だった。
 一九八〇年代から九〇年代にかけて発表された大阪府警捜査一課シリーズは大阪弁を駆使した会話演出と軽妙なチームワーク、事件捜査の丹念な描写とで高い評価を受けたが、著者はそこにはとどまらず、九〇年代になるとハードボイルドな犯罪小説路線へと転じていく。ボクサー崩れのパチンコのくぎ師がトラブルに巻き込まれる『封印』(一九九二年)や、ヤクザの幹部を標的にした誘拐事件の顚末を描いた『迅雷』(一九九五年)といった佳作を経て、著者がたどり着いたのが『疫病神』(一九九七年)。すなわち二宮&桑原シリーズの第一作であった。
 著者のこの転進ぶりについては、近年の警察小説人気を考えると、ちょっともったいない気がしないでもない。大阪府警捜査一課シリーズの評価が今もって高いのを見るとなおさらであるが、それについては著者いわく、

ここ10年くらい善人が出てくる小説を書いていないですね。悪人ばっかりです。刑事が出てきても悪徳刑事ばかりですし。最初に書いた大阪府警シリーズというのはほのぼのとした昔風の本格派に近いミステリでしたが、ある時期からハードボイルドに傾いていきました。ノワールというかピカレスクというか。正義感ばかりで動いている刑事よりは、悪人のほうが僕は書きやすいですね。人間の本音、本質が出てきますから。悪人の中の善を書くほうが、善人の中の悪を書くよりもラクです

「作家の読書道」第一五三回/「WEB 本の雑誌」二〇一四年一〇月

 さて、そういうわけで、二宮&桑原シリーズ、否、「疫病神」シリーズである。
 本書は第一五一回直木三十五賞を受賞した『破門』に続くシリーズ第六作に当たる。「風火ふうか」のタイトルで『小説 野性時代』二〇一五年一月号から翌一六年七月号まで連載されたのち、一六年一二月にKADOKAWAから刊行された。
 一二月のある日、二宮の高校時代のクラスメート藤井ふじいあさみが事務所を訪れ、仕事場が同じビルに引っ越してきたという。後日、彼女はやはり同級生だった長原ながはらを二宮に紹介、長原は民政党の国会議員・西山にしやま光彦てるひこの秘書をやっているといい、ある相談をもちかけてきた。前月、事務所に火炎瓶が投げ込まれた。幸い大事には至らなかったが、どうやら暴力団・麒林会きりんかいの仕業らしい。先の大阪府議会議員の補欠選挙で、西山の筆頭秘書が麒林会に票の取りまとめを依頼。西山の子分が僅差で勝利したものの、麒林会がそれに対して法外な報酬を要求、筆頭秘書がそれを拒否したことから揉めごとに発展した。長原は二宮にそのサバキを依頼したいというのだ。二宮は多額な報酬に乗り気になるが、麒林会が神戸川坂会こうべかわさかかいの直系で一〇〇人程の組員を擁する鳴友会めいゆうかいの枝筋だと知り、二蝶会にちょうかいを破門された桑原に話を持ちかける。かくして、またまた共闘が始まることに。
 ふたりはまず西山の政策秘書・黒岩くろいわ恭一郎きょういちろうと会見、彼は麒林会の室井から一票につき二万、計五〇〇票で一〇〇〇万円を要求されているといい、何とか二〇〇万で片を付けるよう懇願。桑原はその足で麒林会に乗り込み室井に直談判するが、けんもほろろの対応であった。その後ふたりは黒岩と室井が談合したという北新地のクラブを訪ね、黒岩の人間関係を探る。そこで黒岩が自由党の大物議員・蟹浦かにうら文夫ふみおとも飲んでいたことが判明、ふたりは蟹浦を黒幕とする補欠選の真相を突き止め、蟹浦叩きに出るべく策を練る……。
 前作『破門』で「桑原は川坂会の本家筋と揉めて脇腹を刺され、肺に穴が開いた」あげく「本家筋との不義理が重なって組から破門処分を受けた」。冒頭で二宮は暴力団排除条例の施行により、暴力団ともども建設コンサルタント業も先細りであることを嘆くが、さしもの桑原も落ち込んでいると思いきや、登場時から「お元気じゃ。血色ええやろ」とのたまう。本書で桑原の落魄らくはく劇を期待した方は出だしから裏切られること必定。彼のリードでふたりが関係者の間を素早くかつ精力的に歩き回り、火炎瓶事件の真相を明かしていく中盤もいつも通りの展開といっていい。
 今回の標的は悪徳政治家とその秘書たちだ。彼らに対して「二宮の知る保守党国会議員の地元秘書というやつは、どいつもこいつもろくでなしだった」と著者は最初から手厳しい。二宮にいわせれば「議員私設秘書とは、談合屋であり、利権屋なのだ」。長原や黒岩のそうした正体は程なく暴かれていくが、もちろん彼らを操る議員当人とて善人であるはずはない。西山光彦はスキャンダルまみれだし、西山の後押しで補欠選に当選した羽田はらだいさむも編集委員まで務めた新聞記者OBなのに西山の醜聞を悪用して議員になるという悪党ぶり。もっとも桑原たちも黙っちゃいない。羽田は後でキツ~いお仕置きを喰らうし、後半は彼らに追い込みをかける桑原たちの逆襲が読みどころとなる。
 本書はハードボイルド系の痛快活劇である一方、社会派ミステリーでもある。著者はふたりの捜査を通して、地方選挙の醜悪な実態を暴き出すとともに、権力者たちの悪行をも明るみに引きずり出すのである。権力者と教育現場の関係という点では、今なおくすぶり続けている大阪の森友学園問題や今治市の加計学園問題が思い浮かぶし、本書もそれらをモデルに、と、つい先走りそうになるが、それらが表沙汰になるのは本書の連載の後。著者の先見の明、恐るべしだ。
 今回も桑原はその唯我独尊ぶりを遺憾なく発揮する。悪徳刑事の中川いわく、「ステゴロでおまえに勝つやつはおらへん」。ステゴロは素手の喧嘩を意味し、桑原は堅気になったにもかかわらず、ヤクザ相手にステゴロを挑み続ける。そんな彼をだが、二宮はクールにとらえている。彼は自分の先行きを不安視しているが、未だにイケイケの桑原とてこの先何が待ち受けているかはわからない。本作はハッピーエンド(!?)で終わりはするものの、「あの男の喧嘩ステゴロは二蝶会の後ろ楯があってこそのものだった」という彼の独白が不穏な読後感を残すのである。
 続巻が気になるが、そのシリーズ第七作『泥濘ぬかるみ』(文藝春秋)のテーマは本書でもさりげなく提示されている福祉だ。高齢者を食いものにするやからを相手にふたりのさらなる共闘が始まるが……。


書誌情報はこちら≫黒川 博行『喧嘩』


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