文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:
もう二十年近く前になる。ちょうど僕が初めての商業映画を
完成した相米監督の映画『風花』の素晴らしさについては今更言うまでもないが、何より僕が
それまでも道内でロケした映画は無数に観てきていたが、そのほとんどが絵葉書的な風景を切り取っていて、「北海道は広いべさ!」と笑顔を強要してくるような感じがし、
原作の力もあるのかしら、と思い、映画館併設の小さな本屋で文庫本を買って読んだ。いい本だった。人間の弱さ、後ろめたさ、温かさが描かれていた。寄る辺なき男女に向ける作者の
それ以降も気になった鳴海作品は時々読むようにしていて、中でも僕が特に好きだったのは、『瘦蛙』と『凍夜』だ。
四回戦ボーイの営業マンを主人公にした異色のボクシング小説『瘦蛙』は、当時よく一緒に遊んでいたミュージシャンの
東京での生活にどん詰まった男が故郷帯広での同窓会に出席するという『凍夜』に関しては、そこに描かれている場所も人も空気も既視感があり過ぎて、「これは僕のストーリーだ!」と勝手に思っている。読み返す度に、あの町のしんとした夜の匂いが
ばんえい競馬の
『雪に願うこと』と改題されて完成したその映画は、人間の営みがしっかりと描かれたとてもいい映画だった。しばれた朝に馬の身体から立ち昇る湯気、それを
やはり鳴海作品は映画との相性がいい。そこには題材、舞台設定、人物造形と様々な要因が関係しているとは思うが、それ以上に、作品内に静かに立ち
今回の『悪玉』を読んだ時にもそれは強く感じた。明らかに『風花』や『輓馬』とは系譜の違う、鳴海版パルプ小説とも言えるぶっちぎりのエンタテインメント作品であるにもかかわらず、そこには不思議と「死」の匂いが立ち籠めていた。
ここに冒頭の一文を引用する。
大粒の雨が落ちてきて、男の開ききった左目で王冠状にはじけた。
完全なる死が、雨粒が落ちる一瞬に集約されているようで、シビれた。
こんな鮮やかな出だしで始まる『悪玉』は、
そんな彼が新たにバディを組まされるのが、冒頭で死を遂げる刑事・
かつては警察官募集ポスターのモデルをつとめたほどの端整な容姿だが、現在の姿は、生成りの麻のジャケット、紫色を基調としたアロハシャツに真っ白なスラックス、肩にかかりそうなほど長い髪をポニーテイルにまとめている、というもの。おまけに両の二の腕には、
刑事に見えない刑事といえば、かつて映画『セルピコ』でアル・パチーノ
黒い警官と聞いて思い出さずにいられないのが、二○○二年七月に北海道警察の現職警部が
現職の警部によるまるで劇画の中の出来事のような大胆な事件は、世間に衝撃を与えた。ましてや北海道在住の鳴海さんにとって、この事件が強烈なインパクトを与えたことは想像に難くない(実際、鳴海作品の中にはこの事件にもろにインスパイアされたと思われる『街角の犬』という傑作ノワール小説もある)。
刑事モノの王道らしく、物語はこの二人のバディものとして展開していく。
國貞の情報を元に、老人介護施設を隠れ
タクは、特殊詐欺グループの首謀者からこの施設の陰のオーナーになったリョウという先輩に誘われ、この施設で働いている。住田よりも一回り下の世代になるが、タクの場合はゆとりとは縁がなく、覚醒剤中毒の母親に育児放棄され、児童相談所から鑑別所、少年院と、不良の王道を渡り歩いてきた。そうかと言って根っからのワルというわけでもなく、人生をサバイブする為にやむなくそういう生き方をしてきた、寄る辺なき者だ。
住田とタク、対極する二つの若い視点を通して描かれるこの物語は、バカラ、半グレ、チャイナマフィア、チェーンソー、ベイビィブラウニング、日本刀……と、まるで鳴海さんのおもちゃ箱をひっくり返したような過剰さを持って一気にボルテージを上げていくが、にもかかわらず、いざ読み終わってみるとそこには思いの外、静かな読後感が待っている。それは冒頭と終盤に登場する死んだ國貞の
彼の眸は、一体何を見てきたのか?
そこには彼の死を巡るミステリとしての仕掛け以上に、作品全体に影響を及ぼす何かがある。現実に対する
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