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レビュー

人は本当の意味で、罪を償うことはできるのか? 「贖罪」がテーマの異色のディストピア小説 『パライゾ』

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!

阿川せんり『パライゾ』(光文社)



 一人の作家がここまでガラッと作風を変えた例は、相当珍しい。阿川せんりは、『厭世マニュアル』で第六回野性時代フロンティア文学賞を受賞して以来、どうにもならない屈託を抱えたヒロイン(第二作の題名を引用すれば「やっかいさん」)と、彼女を見守り励ます友人たちの姿を、痛々しくもポップな青春小説として書き継いできた。ところが……陽から陰へ。あるいは、『うる星やつら』の高橋留美子から『或るろくでなしの死』の平山夢明へ。第四作『パライゾ』は、漆黒のディストピア小説だ。

 十一月の末日、山手線の高架下を、おしゃべりな女と寡黙な男が歩いている場面から第一章「墓地 your grave」は始まる。街は、無人だった。男は回想する。〈それが起こった時、彼は秋葉原駅を降りてヨドバシカメラの昭和通り口入り口前に立ったところだった。/足を一歩踏み出した瞬間、周囲を歩いていた人たちがぐずぐずになった〉。衣服や鞄などは地面に落ち、その上では〈鳥のような形の黒い塊〉がびたびたと跳ねている。どうやら自分以外の人間がみな、異形に変貌してしまったのだ。絶望の最中に出会ったのが、巨大なスーツケースを持った女だった。「あたし以外にもいたんだ、生きてる人」。喜びも束の間、男は女に谷中霊園まで付いてくるよう拳銃で脅される。道中に描写される変貌した東京の風景と、怪現象の謎を推理し合う二人の会話で、終末世界への感情移入が急上昇。その先に訪れるのが、「なぜ二人は生き残ったのか?」という問いへの答えだ。ネタバレギリギリの表現を選ぶならば――二人は「人でなし」だった。

 巻末のクレジットによれば、第一章のみが小説誌に掲載され、残り九章が書き下ろされた。第一章で提示された終末の世界観と「人でなし」の生存ルールを元に、どんなシチュエーションやドラマを想像することができるか? ゾンビものの定番やディストピアものの定型の記憶を作中でふんだんに引用していることからも明らかなように、作者は読者に、想像力のタイマン勝負を仕掛けている。しかし、第三章「弁護士/妻 You are here.1」では間違いなく、白旗を上げざるを得なくなるだろう。勤務先の上司を殺害した罪で、二審を待つ身となったタナダは、新しい弁護士と出会うことで初めて己の罪と向き合う。三人死亡の通り魔事件を起こし死刑判決を受けたテツキが出会うのは、死刑廃止団体のメンバーである女性だ。獄中結婚を提案してきた彼女の真摯さに触れたことで、残された人生の意味を考え始める。感動の人間ドラマが二重に語られていった先で、ディストピアの扉が開く。そこには、極限の絶望があった。

 この小説の何よりの個性は、第三章で獲得された「贖罪」というテーマを、終盤で全面展開している点にある。読者をわっと驚かせるシチュエーションやドラマ作りなど、作者ならばいくらでもできたと思うのだ。しかし、そうした可能性を捨てて、この世界観だから、この物語だからこそできるやり方で、贖罪――人は本当の意味で、罪を償うことはできるのか?――というテーマを掘り進めようと決めた。その問いに、答えはない。それでいい。その代わり、強烈な問い自体が胸に突き刺さるのだから。

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薬丸 岳『告解』(講談社)

現代における「罪と罰」の関係性を書き継いできた作者の最新長編。轢き逃げ事故を起こした大学生の青年も、青年の恋人も、事故の遠因を作った被害者の夫も、みなかすかな罪悪感を背負っている。誰もがどこかで加害者であるならば、人は他者に、どんな救いの言葉を紡げるのか?


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