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レビュー

柚月裕子デビュー作!“感情が色で分かる”青年と臨床心理士のコンビが辿り着く少女の死の真理『臨床真理』

文庫巻末に収録されている「解説」を公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:よし じん / ミステリー評論家)


 づきゆうの快進撃はとどまるところをしらない。映画化され話題を呼んだ、二〇一五年発表の『孤狼の血』は、第六十九回日本推理作家協会賞を受賞した。二〇一六年に刊行された『慈雨』は、二〇一九年春に文庫化されるとたちまち二十万部をこえるベストセラーとなった。二〇一七年刊行の『盤上の向日葵』は、本屋大賞二位の結果を残した。これらの作品は、惜しくも受賞を逃したものの、なお賞、やまふうろう賞などそうそうたる文学賞候補にノミネートされた。作品ごとに評価が高まり、年々、人気が上昇しているのだ。デビューから早くも十年がすぎ、いまや日本ミステリー界の最前線を走る作家のひとりに数えられるだろう。
臨床真理』は、そんな柚月裕子の記念すべきデビュー長編作なのだ。
 二〇〇八年に宝島社が主催する『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞し、二〇〇九年に単行本として刊行された作品である。
 物語は、ひとりの少女の死をめぐるプロローグのあと、病院内で、女性臨床心理士が青年にカウンセリングを行っている場面へと続く。青年の名はふじつかさ。彼は公誠学園という知的障害者入所更生施設に入所していた。あるとき、施設でみずあやという十六歳の少女が手首を切り、救急車で病院に搬送されることになった。ところが同乗した司が、彩の発した言葉をきっかけに暴れだし、隣にいた施設長を医療用のハサミで切りつける騒ぎを起こした。車内で救急救命士らともみあいになり、結果、車は反対車線に飛び出し、対向車と衝突した。司は、警察に身柄を拘束された。やがて鑑定医から統合失調症との診断がくだり、ひがしたかはら病院に入院したのだ。
 本作で主人公をつとめるのは、臨床心理士の。臨床心理士は、精神科医とは違って医師免許を持たず、病名の診断や投薬といった医療行為はできないが、心理試験やカウンセリングを行い、患者自身の力で精神状態を回復させることを支援していく職業である。その役割は、本人の力で心の病を治すための手助けなのだ。佐久間美帆は、単に謎を解くための探偵役ではなく、自身も危機に直面しつつ、人を助けるために心の裏側を探っていく。そのあたり、『臨床真理』という題名にも注目だ。「心理」と「真理」をかけた言葉遊びのようなタイトルだが、ここに本作のテーマがこめられている。
 もうひとつ、本作のひとつの大きな特色は、まれに存在する特殊な能力が題材であるところだ。一方の主役といえる青年、藤木司は、「共感覚」の持ち主なのである。ふつう、ある刺激に対する感覚は決まっている。文字の連なりを見たら、その読み方や意味を思い浮かべるだろう。ところが共感覚者は、そこに色を感じたり、音を聞いたり、味を覚えたりするのだ。つまり別の異なる感覚をも知覚してしまう。司の場合は、相手が真実を話していると白、噓をついていると赤を声に感じる能力を持っていた。いわば人間噓発見器である。
 共感覚を持つ青年のカウンセリングを担当したことから、佐久間美帆は、どうにか彼の閉じた心をひらき、真実を聞き出そうと面接を重ねていく。同時に、美帆は高校の同級生だった警察官、くりはらに協力を求めた。やがて、少女の死の謎をはじめ、知的障害者施設をめぐる醜悪な事件の核心へと迫る。
 殺人事件をきっかけに、探偵役の主人公が、犯人探しにとりくみ、ある組織の暗部を暴くストーリーは、ある種のサスペンスの王道的な展開だ。また、共感覚を扱ったミステリー作品も刊行当時にはすでに多く書かれており、これがパイオニアというわけではなかった。だが、本作はけっしてそれだけの小説に終わってはいない。しばしばデビュー作には、その後の作者のすべてが詰まっていると言われる。その後の柚月裕子作品をすべて読んだうえでいまいちど本作を振り返ると、特徴となる要素がいくつも見えてくる。
 筆者は以前、『ウツボカズラの甘い息』の刊行時に作者へインタビューしたことがある。そこで彼女が強調していたのは、「動機」にこだわっているということだった。

小説を書いているなかで、いちばん心を砕いているのは動機の部分。人の行動の裏にある感情を書きたいんですね。どうしてこの犯罪が起きたのか。その理由を丁寧に描いていきたい。これからもずっとそうしたいと思っています。

 重視しているのは、人がどう悩み、どういう選択をし、どう決断したのかという心の動きなのだ。動機とは、すなわち表から見えない、隠された心理にほかならない。のちの作品、たとえば「かたさだ」シリーズに関するインタビューでも、〈派手なドラマよりも、罪を犯した人間の周囲にいる者たちの心模様や、組織の事情、事件の動機の部分などを丁寧に描くようにしています。〉と述べていた。
 これらのことから、なぜ作者はデビュー作で臨床心理士を主人公とし、共感覚を題材にとりいれたのか、見えてくるような気がする。佐久間美帆は、人間心理を専門に扱う人だ。また藤木司という青年は、他人の噓を見抜く能力を備えていた。すなわちどちらも隠された心理を暴く人なのだ。どうしてこのような犯罪が起きたのか、その動機の部分に強い関心を抱く作者が、臨床心理士や共感覚の人を題材に選んだのは、とうぜんのことである。
 さらに、この『臨床真理』を読んで感じるのは、とにかく大胆であることだ。いっさい容赦せず、物語世界を描いていく。とりわけ、障害者の性や性犯罪を扱っている部分にそれを強く感じた。またクライマックスにおいて、佐久間美帆自身に襲いかかる危機の描き方など、かなり過激な筆致である。
 作者は、のちに柚月版「仁義なき戦い」「県警対組織暴力」といえる『孤狼の血』を発表し、その思いきった挑戦ぶりと見事な出来映えに驚かされたものだ。暴力に明け暮れ、血で血を洗う男たちを描ききった。これまで名作といわれる小説や映画に刺激を受け、膨大な資料をもとにオマージュとなる新作を発表する例はいくらでもあっただろう。だが、たいてい原典が持つ魅力にはかなわないものだ。ところが柚月裕子は違う。新たなオリジナルをうみだしたのだ。それは『盤上の向日葵』でも同じである。大崎善生『さとしの青春』、団鬼六『真剣師 小池重明』など将棋ノンフィクションの名作群を読み込んだうえで、柚月版『砂の器』といえる犯罪サスペンスをつくりあげた。題材に選んだ対象を徹底取材し、現実味のある世界をつくりあげるだけでなく、タブーに思える危ない部分にまで踏み込んで描いていく。この『臨床真理』から、その姿勢は一貫しているのだ。
 なにより、『孤狼の血』や『盤上の向日葵』で作者が描いたのは、組織のはみだしもの、社会の枠の外で生きるギャンブラーなど、世の中の裏側で生きのびようとする無法者たちだった。それで言うと、ネット上にあがっている作者のインタビュー(WEB本の雑誌「作家の読書道」)のなかで、〈『臨床真理』を書いている時も確かに「犯人は誰」というところにも心を砕きましたが、それ以上に出てくる青年の心の暗い部分や、「まともじゃない人間は生きてはいけないのか」という台詞にこめた思いがあります。〉と語っていた。デビュー時から、人の隠された心理、動機にこだわるとともに、「まともじゃない人間」の居場所やその存在感といった面に関心があったわけである。そうした思いが、アウトローたちの死闘を追った、近年の傑作群へと昇華されていったのかもしれない。
 それにしても、デビューからわずか十年で、ここまでの進化と変貌をとげるとは思いもしなかった。それも主人公、題材、ジャンルなどさまざまな挑戦を重ねている。
 第一作『臨床真理』の主人公は、女性臨床心理士だったが、第二作『最後の証人』の主人公は男性弁護士の佐方貞人だ。すなわち本格的なリーガル・サスペンスである。つづく第三作『検事の本懐』で第二十五回やまもとしゆうろう賞候補となり、二〇一三年、同作で第十五回おおやぶはるひこ賞を受賞した。この佐方貞人を主人公とした作品は、『検事の死命』、『検事の信義』と続き、いまや作者を代表する看板シリーズとなった。事件の裏に潜む謎を解き明かすだけの法廷ドラマではなく、隠し続けた情愛、譲れない信念、長く抱えた悔恨の思いなど、心の琴線に触れるストーリーが多くの読者に支持されたのだ。口悪く言えば、昭和の人情ドラマ、下手をすると演歌の世界になりかねない要素を見事に読みごたえある現代ミステリーとして仕立て上げた。
 その後、ヒロインの活躍を描いたサスペンスを何作か発表したのち、『孤狼の血』で大ブレイクし、『慈雨』『盤上の向日葵』と書き上げ、評価および人気を不動のものとしたわけである。おそらくデビュー以降、柚月裕子がたどりついた最大の武器は、「昭和のおやじ臭い」人物造形を自分のものにしたところにあるのではないか。とくに、生臭さを感じさせる下品で態度のわるい中年男を描かせるとうなるほど上手い。その一方で、退職した刑事の四国遍路を中心に、過去と現在におきた少女誘拐事件をめぐる物語『慈雨』は、警察ものにとどまらず、さまざまな人生模様を盛り込んだ長編だった。柚月裕子は、もはやひとつのジャンルでくくれない作品をつくりあげるようになったのだ。
 あくまで王道を描きながら、単なるパターンに流し込まず、たえず趣向をこらし、魅力ある人物の登場と心理の奥をとらえ、読者の心をつかむ。こうなるともはや無敵だ。二〇二〇年には『孤狼の血』『凶犬の眼』に続く第三弾、『暴虎の牙』の刊行が予定されているという。柚月裕子の活躍が今後ますますたのしみである。

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