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レビュー

天皇陛下の養育係が、幼少期の殿下から未来の皇室の在り方まで想いを綴る感動のエッセイ『殿下とともに』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:さいとう ひろ / 日本テレビ報道局「皇室日記」プロデューサー)

 小春日和の下、十二万人もの人たちが沿道に駆けつけた令和の即位パレード。皇居から赤坂御所までの道のりをゆっくりと走るオープンカーから手を振って大歓声に応える、天皇陛下と皇后雅子さまの威風堂々たる姿があった。それは、新しい時代の幕開けを実感させるのに十分なものだった。

 その陛下が幼少の頃、「オーちゃん」と呼び親しんだ人がいる──。

 本書の著者、浜尾実さんである。自分がかつて侍従として同じ時を過ごした、あの幼い男の子が「天皇陛下」として、令和の道を歩みはじめた姿を、もしご覧になっていたら、いったいどう感じられるだろうか。

 本書は、陛下の幼少期に十年間「ご養育掛り」を務めた育ての親ともいえる浜尾実元東宮侍従がつづった、陛下との思い出、養育の記録である。今から二十七年前の平成五年、両陛下のご成婚を機に世に出された。

 皇太子殿下から天皇陛下へ。平成から令和へ。時代は変われど、新しい天皇陛下がどのような方なのか……、ましてや、どのような環境でお育ちになったのか。実はあまりよく知られていないのではないだろうか。

 本書に目を通していくと、浜尾さんの言葉やエピソードに時々驚かされる。

〈私は〝褒めるときはしっかり褒め、叱るときは厳しく叱る〟という姿勢で殿下のしつけに臨みました〉(*1)

 将来天皇になる身でも叱られることがあったのか……。

 本書からは、陛下のお人柄にもつながっていく幼少期を知ることができる。

 私は、テレビ局で皇室番組を担当している立場だが、残念ながら浜尾さんに直接お会いする機会はなかった。著者とその時代を知らない、分不相応な者なのだが(本書の解説を書かせていただくことをまずお許しいただきたい)、浜尾さん自身の「お人柄」について、その一端を知る機会に偶然にも恵まれたのでせんえつながら書き残しておきたい。

 令和に入り、日本テレビの「皇室日記」ではシリーズ企画「新天皇・皇后の横顔」で「両陛下の生い立ち」について放送した。その中で、三十年以上前の昭和六十二年、弊社の取材に応じてくれた浜尾さんの貴重なインタビューを改めて放送させていただいた。画面を通して感じた浜尾さんの印象は、その時代の東宮侍従、宮内庁職員という堅いイメージを覆す、軽妙で陽気な話しぶりで圧倒された。「愛情」と「ユーモア」にあふれ、聞くものの心をきつける。その一方で、眼差しの奥には鋭さをもち「厳格」な人柄もにじみ出ていた。

 幼少期の陛下の思い出を、うれしそうに、楽しそうにまるで自慢の息子のことのように、そして、あたかも昨日の出来事のように話していた。陛下は、このような方に幼少期を見守られてお育ちになったのか……。

 番組のインタビュアーは木村優子アナウンサー(当時)だ。木村アナは、奇しくも浜尾さんの教え子だった。昭和四十六年に東宮職から離れた浜尾さんは、聖心女子学院できようべんをとっていたという。

 木村さんに教師としての浜尾さんについて伺うと、

「いつも穏やかな表情で、授業も誠実に一生懸命教えてくださる先生でした」

 物理の先生だった浜尾さん。穏やかな一方で、テストの答案用紙は点数のよい順に生徒に返すという、理数系が苦手な生徒にとっては「厳しい」先生でもあったそうだ。

 陛下の幼少期のニュース映像を見ると、通学の時や、お出かけの時、その傍らにはいつもにこやかな浜尾さんの姿がある。

 最も印象的だったのは、昭和四十五年の大阪万博でまだあどけない様子の陛下がジェットコースターに乗っているシーンだ。

 陛下の後ろで、手をあげてはしゃいでいる大人がいた。いったい誰だろうと思ったら、それが、浜尾さんだった。その様子は子どもと同じ目線で、楽しい時を一緒に楽しんでくれる奔放な大人の姿。陛下にとっては言いようのない安心感に包まれた幼少期だったのではないかと、想像した。浜尾さんは、養育掛りとしての考えの原点は、上皇ご夫妻の子育ての基本姿勢にあると記している。

〈両陛下のお考えになっていらっしゃる子育ての姿勢は、「人間として恥ずかしくない人となるように」でした。「勉強ができるように」「運動会で一等をとるように」……そういうものではなく、あくまでも一人の人間として立派になることを望んでいらっしゃったのです〉(*2)

 厳しく接してきたことも赤裸々に書かれていることに驚かされる。

〈「いけません」と何度申し上げても殿下がお聞きにならないときには、体で覚えていただくための強行手段をとらざるをえません。お仕置きです。/お尻(しり)を叩(たた)いたり、廊下にお出ししたり、庭にお立たせしたり、暗くした部屋にお閉じ込めしたり……。ふつうの家庭でやっているお仕置きと同じです。(中略)「オーちゃん、ごめんなさーい」という殿下のか細い泣き声だけは、いまでも耳の、いや心の奥深くに刻み込まれているのです〉(*3)

 殿下にお仕置きとは──。

 自分の子どもならいざ知らず、よりにもよって将来天皇になる子へのお仕置きは、よほどの覚悟と愛情がなくてはできなかったであろうと思う。

 陛下の生い立ちやお人柄を伝えていくことは、皇室番組を担当している者としては、ひとつの使命だと思っているのだが、その意味で本書は貴重な資料ともいえるだろう。

 上皇さま(平成の天皇)は、天皇が〝神〟だとされる時代に幼少期を過ごされてきた。「乳母制度」の下、三歳を過ぎた頃にはご両親である昭和天皇ご夫妻から離れて暮らしていた。将来天皇になる立場とはいえ「家庭」の温もりを知らずに過ごされた寂しさはいかばかりかと思う。

 上皇ご夫妻はこれまでの慣例を変え、子育てはできる限り自分たちで行うことを決められた。しかし、公務で不在の多い環境下は避けられない。そうした中で、次代の天皇の〝育ての親〟の役割を、厳しくも人間味溢れる浜尾さんに託されたのではないかと思う。

 実際、本書の中で、浜尾さんはこう記している。

〈ご両親である昭和天皇、皇太后さまとはご一緒にお暮らしになることなく、またごきょうだいとも別々の場所で育てられ、幼稚園にもお通いになることはありませんでした。陛下は、時代のためとはいえ、おそらくはお寂しい幼少期を過ごされたはずです。だからこそ、殿下には、可能なかぎり自由な日々を過ごせるようご配慮なさった……。私にはそう思えてなりません〉(*4)

 私は、皇室番組を担当する前にドキュメンタリーの取材をしていた。その頃、様々な事情で親と暮らせず「里子」として生きるある男の子と出会った。その男の子の里親が、「生きる指針」として、その子に伝え続けてきた言葉があった。

「人はどう生まれたかではなく、どう生きるかが大切」

 その子はそれを深いところで理解し、その後、立派に成長していった。本書を読んでいて私は、なぜかふとそのことを思い出した。

 好むと好まざるとにかかわらず、生まれた時に立場が決まっている──。

 浜尾さんは、それを知り尽くしたうえで、「どのように生きるかで、どのような天皇になられるか」が決まると考えていたのではないだろうか。

 浜尾さんがその一翼を担った重圧と覚悟はどれほどのことだったか、次の一文からも伝わってくる。

〈殿下を特別な人としてのみ見るのはやめる。これは、私なりのご教育の基本であるだけでなく、私がご養育掛りの大任をつづけるうえでの大きな支えでもありました。/なぜなら、そう思っておかないと怖さばかりが先に立って、とても御所へは向かえなくなってしまうからです〉(*5)

 浜尾さんはけいけんなカトリック信者でもあり、ご自身も一男四女の父だった。「殿下」を全てに優先する生活の中、ご自身の子育てへのかつとう、そしてざんとも思える胸の内も記されている。

 切り離せない公私の人生観から、浜尾実という人間の魅力も読み取れる。自身の子どもと将来天皇になる者への養育がシンクロするという苦難ともいうべき試練は、一人の人生の歩みとしても興味深く拝読した。

 失敗談も恐れずに赤裸々に書き残している。

 きれいごとではすまない、養育掛りとしての人生の一端を記した思いは、プロローグの〈皇太子殿下のご幼少期から現在まで、そして明日からのお姿が、多少なりとも読者の皆さんに伝わっていれば幸いです〉に、込められているように思う。

 冒頭で触れたように、本書は両陛下のご結婚を機に書かれたもので、それ以降について触れられてはいない。それはちょうど私がテレビ局で仕事を始めた頃からの歴史へとつながってくる。

 ご結婚後、両陛下のこれまでの道のりは決してへいたんといえるものではなかった。お世継ぎ問題、雅子さまの適応障害、愛子さまの不登校……あちこちから不安や心配の声が聞こえてきた。

 それはあくまで外から見た表面的な事象でしかない。無事に代替わりを終えられた両陛下。お二人のこれまでのご努力は計り知れないものだったのだろう。そう思いをせた上で、浜尾さんが記された次の一文を読むとすっと心に染み入る。

〈ただ、殿下は、とにかく粘り強くがんばる性格をお持ちでした。やりかけたことは、たとえ時間がかかっても、途中で投げ出すことなく必ず最後までやり抜こうとされるのです。この努力型のご性格が、のちに雅子さまとの愛を育まれるにあたっても、大いに生かされたのでしょう〉(*6)

 昨年、皇太子さまと雅子さまは天皇陛下と皇后陛下のお立場に、そして愛子さまは高校三年生になられた。

 私は、陛下が育まれてきたものを垣間見る機会に恵まれたことがある。陛下が即位されて三か月後の八月、静養のためご一家でを訪れた時のことだ。

 残暑厳しく、突き刺さる日差しとアスファルトから熱気が照り返す日のことだった。

 東北新幹線のしおばら駅前では数時間前から、新たな天皇皇后としてのご一家の姿をびる地元の人たちがいた。障害児の療育施設の子どもや先生、愛子さまと同じ年頃で、大学受験を控えた地元の女子高生の姿もあった。

 ご結婚した年、また愛子さまが誕生されてからも、毎年のようにご一家は那須を訪れてきた。地元の人たちにとってすっかり親しみのある存在となっている。

 にこやかな表情で到着された天皇陛下、皇后雅子さま、そして愛子さま。駅前で待つ人たちと話をされる様子は、私にとって意外なものだった。

 どんな人たちとも、旧知の仲のようにリズミカルに話し続ける。そして、声を出してよく笑われる。あまりにも自然でご近所同士のような他愛ない会話の様子に私は驚いてしまった。炎天の下およそ三十分、あまりの暑さに、取材している私の髪は絞れるほどの汗でびしょれ、化粧も崩れてしまうほどなのに……。まだ、お話しになるの? ご一家と、沿道の人たちの体調は大丈夫だろうか? と内心思いつつ、私自身が音をあげていたほどだ。一期一会を大切にし、可能な限り、多くの人と話そうとするその姿勢には感服せざるを得なかった。

 その場所はカメラでの撮影はあるが、位置が遠いため音声は拾えない。そのためか、どこか肩の力が抜けたような、地元の人にすっかりんだとても仲のよい「家族」の姿がそこにはあった。

「何年生なんですか?」

「高校三年、受験生なんです」

「うちの愛子も……」

「部活は何をされてますか?」

 ご一家と会話をした愛子さまと同い年の女子高生は、まるで友達の家族と話すように普通に天皇ご一家と会話ができたことに、感激と興奮が収まらない様子だった。「愛子さまに『お互い(勉強)がんばりましょう』と言われて、がんばらなくちゃ!と思った」と、目をキラキラさせていた。

 浜尾さんは本書で何度も繰り返している。「皇族はタレントではない」。しかし、未来を担う平成生まれの子たちの目の「キラキラ」に、私は「令和」の皇室のはじまりと新しい距離感を感じた。それは一人の人間として「家庭」というものを知って育ち、またご自身の家庭も大切にされてきた天皇陛下だからこその「国民の中に入っていく」業なのかも知れない。

 本書の中で、東宮を離れてからの著者の思いがこう記されている。

〈テレビの画面に映る殿下のお姿を拝見していると、どこからともなく、/「オーちゃん、ぼくは元気だよ」/という殿下のお声が聞こえてくるような気がします。/そして私は画面の中の殿下に、/「殿下、ご立派に成人あそばしましたね」/と心の中でご返事を差し上げるのです。御所を離れてから二十二年間、ずっとそれを繰り返してきたのでした〉(*7)

 浜尾さんは、平成十八年十月二十五日、八十一歳で亡くなられた。
誰よりも「殿下」が「陛下」になられた姿を見たかったであろう──。

 令和元年五月一日、第百二十六代天皇に徳仁親王が即位された。「象徴」としての天皇の誕生という意味では二代目、その歴史はまだ浅く、はじまったばかりだ。浜尾さんにとって幼かったあの男の子が天皇陛下として、皇后雅子さまと共に、令和の道を歩みはじめた。「国民と苦楽を共にする」これまでの皇室の歩みを受け継ぎながら、新しい道を築いていかれる姿を、ずっと昔から浜尾さんは思い描いていたのかも知れない。

「陛下、ご立派に即位あそばしましたね」と、令和の行方、お二人の旅立ちを、浜尾さんはどこかで温かく見守り続けているのではないだろうか。

 本書には、新世代の皇室について〝苦言〟も記されている。それは、もう会うことのできない〝育ての親〟から結婚が決まった当時の愛息とその花嫁に向けた贈る言葉、そして、切ないラブレターのようでもある。それは令和の時代に生きていく私たちに浜尾さんから届いたタイムカプセルのメッセージでもあることに気付かされる。

「皇室とは何か」それを考える一助になって欲しい──。

 そんな著者の思いが本書に凝縮されているように思えてならない。


浜尾実『殿下とともに』(角川文庫)


浜尾実殿下とともに』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000841/


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