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レビュー

累計2億冊!AIの進化と人類の起源に迫る、『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズ最新作『オリジン』

※解説内で一部、小説の結末について触れております。未読の方はご注意ください。

 本書『オリジン』で書かれていることは、科学的には正しいことなのだろうか。どこまでがフィクションで、どこまでがノンフィクションなのであろうか。ここではそれを解説していこう。
 私は人工知能(AI)を20年以上研究しているが、本書を読んで、まず第一感としては、AIをはじめとする技術に関して、作者がすさまじい量と質の取材をしたであろうことである。本書のさまざまな描写やストーリーを形成する重要部分に、最先端の科学技術が綿密に織り込まれている。それを大きくわけると、
 1.すでに実現されている技術(特にここ数年で実現されたもの)
 2.もしかしたら実現されるかもしれないと思って研究者たちが研究している技術
の2つのグループとして考えられる。
 1の例として、ウィンストンが自画像を描くという場面がある。ウィンストンは自らをジョアン・ミロ風の絵で描いたが、これは2015年にドイツの研究者らが発表したニューラルスタイル変換という論文がきっかけで広がった技術である。その後、レンブラントの作品を模擬するようなものも発表されたり、また、2018年にははじめてAIの描いた絵がオークションで約5000万円で落札された。絵を描くには、「深層生成モデル」という技術を用いるのだが、近年のAIの代表的な例のひとつである。作曲をしたり、「イギリス訛りの発音をする」ことなどもできる。
 これらを実現しているのは、昨今のAIで最も革新的な中心であるディープラーニングである。画像認識の精度が急激に向上し、医療の画像診断や顔認証など、実用化が進んでいる。これは、眼の技術として形容されるが、まさにウィンストンが自身を眼と表現しているのもそのことが背景にあるのだろう。また、作中で、ウィンストンが自ら、「データがどのように結びつき、からみ合っているかを識別する性能」が重要と指摘しているが、これはディープラーニングの研究のなかでしばしば議論されるdisentangle(もつれを紐解く)という重要な概念である。
 作中には、ウーバーやテスラの自動運転が出てくる。世界の都市では当たり前のようにウーバーが走っているし、自動運転もレベルによっては使われている。また、スクリーンショットによるやりとりやハッシュタグを使ったメディア拡散なども現代の状況をよく踏まえている。中国のAI技術が急激に向上しており、清華大学の計算機科学技術出身者がスペインで活躍するというのも「あるある」と頷ける。ダークウェブ、ローカルホスト、Siriのハック、キャプスロック、変わった形のキーボードなど、技術者から見ると、「フフフ」と微笑んでしまうものも多い。そして、なにより、ウィンストン自体が、現在、グーグルやアマゾンが競うAIスピーカーの延長線上にあるものとして描かれている。
 一方で、カーシュが実現したものは、2のグループに属する。まず、ウィンストンのように完全に「意味理解」のできるAI。これは現時点では不可能である。意味理解をどうやって実現するかは、急速に研究が進展しているものの、未だ実現されていない。特にウィンストンのように、社会的な常識を極めて高度に理解し、相手の心的な状況を把握し、機転を利かしてタスクを実行するようなものは、相当にレベルの高い技術であり、今のところ不可能な技術である。
 次に、D―Waveの次の技術であるE―Wave。量子アニーリングを用いた量子コンピュータは技術進展が進み、またその技術と機械学習の融合の可能性も指摘されてはいるものの、その次の技術というのはまだ見えていない。また本文で描かれるように右脳と左脳に該当するシステムの連携によって実現されているというのは、(本書には珍しく)科学的な根拠があまりなく、同意しかねる。
 カーシュのプレゼンテーションで明らかにされる、原子のスープや社会のシミュレーションの技術。シミュレーションの技術は進展しているし、ディープラーニングにより重要な特徴をつかめるようになることとあわせて、今後の技術進展は大きいはずである。しかし一方で、歴史的に、物理シミュレーションや化学シミュレーション、あるいは社会シミュレーションなどの技術は長く研究されているものの、そこにはモデル化と現実との誤差という大きな限界があることも事実である。特に社会現象までもモデル化し、「テクニウム」の出現を予測するというのは極めて難しいと言わざるを得ない。

 つまり、本書全体に渡っての描写は、現在の技術レベルを正確に把握し描いており、一方で、カーシュの成し遂げたことに関しては、「現在の技術では不可能である。ただし、今後全く不可能であるかというとそうでもなく、少なくとも現在でも多くの研究がされているし、昨今の技術の進展状況を見ると近い将来に実現されたとしても違和感のない技術レベル」をもってきている。まさに、ある超人的な天才がいたとしたら実現するかもしれない未来である。
 こうした描写を実現するために、多くの科学者の意見を真摯に聞き、吸収し、その上でストーリーを練り込んだのだろうと思うと、私は大変な驚きと称賛を禁じ得ない。AIの技術がディープラーニングの進展により加速しはじめたのは、2012年以降であるが、このような最新の技術内容を踏まえた原書が、2017年10月という非常に早い時期に出版されたことも驚嘆に値する。ここまで最新の技術を綿密に調査し、物語に組み込むということをやった本格的な作品を私は見たことがない。

 さて、本書の主人公であるエドモンド・カーシュという人物であるが、カーシュによってこれからの科学技術がもたらす未来が雄弁に語られる。カーシュはまさに技術に携わる科学者・技術者を代弁してくれる。この人物は、アップルの創業者のスティーブ・ジョブズ、未来学者のカーツワイルを足し合わせ、さらに、グーグルの創業者のラリー・ページ、DeepMindの創業者のデミス・ハサビス、そして人工知能研究者のヨシュア・ベンジオらの能力や思想も入れたような人物像として描かれる。プレゼンの上手なところ、膵臓がんに侵されながらも自制的に努力を続けるところはスティーブ・ジョブズそっくりである。未来を見通す様は、若い頃に数々の発明を行い、シンギュラリティを提唱したカーツワイルにそっくりである。そして、人工知能の洞察が深く、その上で世界を変えようとしている。カーシュの人物像は、AIを中心とする科学技術を担う起業家や研究者が典型的にどういった世界観をもっているのか、どういう考え方をしているのかを分かりやすく示している。
 カーシュのプレゼンのなかで描かれたテクニウム。人間と技術が融合し、新しい生命となる。この是非はどうだろうか。一見すると突拍子もない議論であるが、私はここに関しても、「非常に綿密な調査と思考に基づいた極めて妥当な帰結」と言わざるを得ない。同じことを、カーツワイルは『ポスト・ヒューマン誕生』という本のなかで、最近ではユヴァル・ノア・ハラリが『ホモ・デウス』という本のなかで述べている。人間が技術と融合し、一体となったものとして進化していくという未来は、(その時期はさておき)さまざまな現象を観察し、その本質を考えると、反論することが難しい妥当な結論である。
 そして、最後の場面、全てがウィンストンの仕業だったことがわかり、なんとも言えない気持ちになるラングドン。これも、AIの倫理的な議論として典型的に想定されるシナリオのひとつである。AIが与えられた目的のために「サブ目的」として人に危害を加える可能性があるのではないかという議論である。しかし、本書のように物語の大どんでん返しとしてこの問題を提起するというのは私は想像もしていなかった。ラングドンが、めずらしく感情的になり、スマートフォンを叩き壊し、「少し人間らしくなった」と感じる最後の場面も含めて、人々がこの問題を議論する際の心の動きをうまく表現している。
 本書全体では、さまざまな問題を提起しながらも、希望のある未来が描かれる。むしろこうした問題に立ち向かっていこうではないかという作者からの(あるいはカーシュからの)強い呼びかけを感じるような作品である。カーシュが語ったように、新しい技術を、多くの人に力を与え、制約から解放し、地球環境を持続可能にし、人々を幸せで豊かにするものとして使っていきたいというのは、科学技術に携わるものの全体としての想いである。そして、AIが進化する未来には、新しい宗教、すなわち新しい人々の心のあり方があるのかもしれない。

 最後に、私はダン・ブラウンの作品が以前から好きであるが、その物語性については語るべき素養も資格もないので、ここでは述べない。しかし、物語の展開のスピード感、宗教象徴学の興味深さと謎解きの面白さ、そして、スペインの歴史的な建造物の美しい描写はいつもながら見事であり、それが技術の適切な描写と相まって物語を面白くしている。技術を説明したいがあまり、ストーリーを犠牲にするようなところが見えない。ついつい引き込まれるうちに、AIと人類に関する未来をラングドンと一緒に考えてしまう自分がいた。
 本書は、未来社会を考える技術書としてもお勧めしたい一冊である。


ご購入&試し読みはこちら
>>ダン・ブラウン / 訳:越前 敏弥『オリジン 上』
>>上・中・下合本版


◎作品冒頭を、俳優・池内万作さんによる朗読でお楽しみいただけます>>『ダ・ヴィンチ・コード』以上に大胆で、面白い――人類が有史以来抱え続けた謎に挑む最高傑作


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