ミステリタッチと斬新なコマ割り


「宇宙編」は虫プロ商事の月刊誌『COM』の1969年3月号から7月号に連載された中編である。
「COM名作コミックス」として刊行された総集編単行本3巻のあとがきで手塚は「第四部はミステリー仕立ての短編です。第三、第四部とも、一部、二部にくらべると比較的短い構成ですが、『火の鳥』の中には、いろいろなスケールのものがあってよいと思い、ときには四コマものなどもいれるつもりです」と書いている。
 舞台になるのは西暦2577年。未来編の3404年からは827年遡った時代になる。また、復活編のレオナとチヒロの物語の冒頭は2482年。ロビタの集団自殺事件が3030年で、最後のロビタが猿田さるた博士に拾われるのが3344年。時系列で考えると、レオナの事故の95年後、ロビタ集団自殺の453年前という位置づけになる。
 ストーリーの前半は手塚も言うとおり、地球に帰還する途中の宇宙船で起きた密室殺人事件として語られていく。
 乗組員は5人。そのうちひとりが交代で1年間操縦室に座り、残りのクルーはコールドスリープを続けて地球への旅を続ける予定だった。しかし、突然のショックで全員が目覚めてしまう。船が小惑星にぶつかったのだ。操縦席には干からびてミイラのようになった当番の牧村まきむら隊員が座り、隊長は肘掛に「ぼくはころされる」という文字を見つける。
 密室、ダイイングメッセージ……ミステリファンがわくわくするような展開だ。
 隊員たちは壊れた宇宙船を見捨てて、半年分の食糧と1年半分の燃料を積んだ個人用の救命ボートに乗って船を離れ救助を待つことになる。
 ボートは4台のはずだったが、なぜかもう1台のボートがあとをついて来る。乗っているのは牧村の幽霊? ここからは怪奇要素も加わる。
 通信によってしか繋がりを持つことのできない隊員たちを描いたコマ割りは、連載当時は斬新な表現としてかなり話題になった。『COM』という雑誌は中学・高校生の熱心なマンガファンを意識していたので、こういう冒険もできたのである。
 彼らは死んだ牧村の思い出を語るが、その一つ一つが相矛盾していて、牧村の実像は話をすればするほど見えなくなる。
 掲載順を入れ替えたことで、読者の牧村像はさらに混沌とする。牧村は、「望郷編」でロミやコムとともに地球への旅を続ける地球連絡員の牧村なのだ。読者は牧村のもうひとつの姿を知っているから、ますますその実像は曖昧なものになる。
 さらに、「望郷編」で宇宙には多様な生命が存在することが語られた結果、後半の流刑星に生息する不思議な生命のことも受け入れやすくなる。
 角川版での収録作の変更が、単なる入れ替えでなかったことはこれでもわかるはずだ。

未知のクローン技術を作品に


「生命編」は、朝日ソノラマの月刊誌『マンガ少年』の1980年8月号から12月号に連載された。
 この年の3月には手塚が原案・構成・総監督をつとめた劇場用長編アニメ『火の鳥2772』が公開され、7月にはアメリカ・サンディエゴのコミックコンベンションに参加。8月にはトロント国際アニメーションフェスティバルのためカナダへ旅行。11月にはアニメ作家交流のため中国にも出かけている。さらに、10月からは手塚プロダクション製作の新作『鉄腕アトム』の放送がスタート。第1話、第2話、第9話では脚本も担当するなど超多忙なスケジュールが続いていた。
 そのせいもあって連載中から描き足りないものを感じていた手塚は、単行本化に際して大幅な修正を加えている。最も大きな変化はラストだ。オリジナルでは青居あおいはハンターに殺される設定だったが、単行本ではクローン工場を破壊して死んでいくというものに描きかえられたのだ。
 舞台になっているのは2155年。作品の時系列で言うと、「宇宙編」からは422年遡った、近未来ということになる。
 連載当時は、クローン技術は話題になり始めていたが、まだ魚や両生類で実験されている状態。有名なクローン羊・ドリーが誕生するのは1996年。手塚は、当時まだ夢物語とされていた未知の技術に早くも目をつけて、『火の鳥』に取り入れていたわけだ。
 また、類似を指摘されることの多いリチャード・バックマン(スティーブン・キング)原作の映画『バトルランナー』の公開は87年。原作の出版は82年である。

書籍

『火の鳥9 宇宙・生命編』

手塚 治虫

定価 950円(本体880円+税)

発売日:2018年10月24日

ネット書店で購入する