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単行本最新刊『心霊探偵八雲11 魂の代償』(3月30日発売)
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    5


 晴香は午前中の講義を終え、約束通り昼過ぎに八雲の隠れ家を訪れた。
 昼過ぎだというのに、八雲は相変わらずの寝ぼけ顔である。
「おはよう」
 晴香は、声をかけながら、八雲の向かいの椅子に座った。
「それで?」
 不機嫌そうに八雲が切り出す。
 晴香は何度か和彦の携帯電話に連絡を入れたが、電源が入っていないらしく、連絡がとれなかったことを伝えた。
 わかる範囲で和彦の知人に聞いてみたりもしたが、誰も知らなかった。
 事件以来、消息不明ということになる──。
「話を整理してみよう」
 八雲は、言いながら大口をあけてあくびをする。
「もう一度肝試しに行ったときの詳しい状況を話してくれ」
「整理?」
 八雲の申し出を受け、晴香は記憶を手繰り寄せながら、三人が肝試しに行ったときの状況説明を始めた。
 何か疑問点があって質問されても、答えられない。
 祐一から聞いた話を、できるだけ正確に再現しているだけで、実際自分がその場所にいたわけではない。
 確認したくても、当の祐一は死んでしまっている。
 話を終えるのと同時に、八雲は寝グセだらけの髪を、ガリガリとかきまわし、腕組みをした。
「これから、どうするんですか?」
 怒られることを承知で、訊いてみる。
「そうだな、まずは、君の友達に憑いている魂が誰なのか? それを調べる」
「心当たりは?」
「あると言えばあるかな?」
「いつも曖昧なんですね」
「世の中は曖昧なことばかりだよ」
 八雲が、すっと立ち上がった。


  ※ ※ ※
 晴香が、八雲に連れられて来たのは、A棟の地下にある資料室だった。
 この部屋には、何度か入ったことがある。
 五十坪ほどの広さがある白壁の部屋で、天井までの高さの移動式キャビネットが規則正しく並んでいる。
 学生名簿や、授業の資料などが保管してある。
「こんな所で何を調べるんですか?」
「ぼくの勘では、君の友だちに憑いていた魂は、この大学の学生だった人間だと思う」
「まさか、手当たり次第探すつもりですか?」
「そのつもりだ」
 八雲が、さも当たり前だという風に答える。
 そんな原始的な方法で探していたら、
「この大学に入学した学生が、何人いると思っているんですか? ここで歳とっちゃいますよ」
 晴香は部屋の奥に、三台並んでいるパソコンラックの前に座り、マウスをクリックする。
 スクリーンセーバーが解除され、パスワードの入力を求める表示が出る。
「パソコンで検索するのはいいが、パスワードはどうするんだ?」
 八雲が、腕組みをして鼻を鳴らす。
「去年、ここのデータ整理をやったんです。人手が足りなくて、何人か学生がアルバイトをしたんです」
「その中の一人が、君ってわけだ」
「はい」
「まさか、君はその時からパスワードが変わってないとでも思ってるのか?」
 確かにそれは一理ある。
 でも、試さないよりいい。あの時のパスワードは、学校の創立記念日の数字を羅列したものだった。
 テンキーで数字を入力し、エンターキーを叩く。
 モニターに画面が表示される。なんだか、勝った気がする。
「あきれたセキュリティーだ」
 八雲がため息混じりに言った。
「これだけ膨大な資料を手当たり次第調べようとするのも、十分にあきれた行為ですけど」
 晴香は、今までの恨みを込め、言ってやった。
 八雲は珍しく何も言い返さないで黙っている。平静を装っているが、きっと内心は穏やかではないだろう。
 晴香は学生名簿の入っているファイルをクリックする。氏名、住所、生年月日、連絡先、所属学部などが配列された画面が出てくる。
「写真も取りこんであるのか?」
 八雲が画面を見ながら感嘆の声をあげた。
「ここ十年分だけですけど」
「充分だ」
「それで、誰を調べるんですか?」
「ユリという名前。漢字は分からない」
 晴香はフリガナの欄にユリと入力して検索をかける。対象者が二百人近く出てきた。
「これだけじゃ厳しいですね。ほかに何か情報はないんですか?」
「性別は女性」
「分かります」
「目の下に黒子ほくろがある」
「検索できません」
 そこで、会話が止まってしまった。
 いきなり手詰まりだ。晴香も、考えをめぐらせてみたが、何も思いつかない。
 苛立たしげに髪をかき回していた八雲が、不意に顔を上げた。
「休学、もしくは退学になっている人間で検索できるか?」
 そうか。それなら、対象者はぐっと絞られる。
「多分できます」
 晴香は端末を操作する。対象者が三人に絞られた。
 三人の女性の写真を、一人一人確認していく。
「彼女だ!」
 二人目の女性の写真を見たところで、八雲が声を上げた。
 篠原しのはら由利ゆり。文学部、教育学科。休学中。
 長い髪を、後ろで束ね、度の強そうな眼鏡をかけている。八雲の言うように、目の下に黒子もあった。
 全体的に、神経質そうな雰囲気がある。
 私──。
「この人知っているわ」
 隣に立つ八雲を見上げながら言った。
「友人か?」
「一年の時、同じゼミだったの。直接話したことはないけど、何度か姿を見たことある。先月の終わりくらいから、急に大学に来なくなったの」
「休学の理由は?」
「そこまでは……。でも、行方不明らしくて。ご両親が警察に捜索願を出したとかで、ちょっとした騒ぎになってました」
「行方不明ねぇ」
 八雲が、シャープな顎先を撫でるようにしながら言った。
 ここまでくると、単なる偶然として片付けられるものではない。
「そうだ! 高岡先生が何か知ってるかもしれない!」
 晴香は興奮を抑えきれずに早口に言う。
 しかし、八雲は冷静そのものである。人差し指を耳につっこんで、うるさいと言いたげな表情をしている。
「もう少し落ち着いて話してくれ。そもそも高岡先生とは誰だ?」
「忘れたの? 昨日、駅で会ったでしょ。あれが高岡先生。私たちのゼミの担任なんです」
「あんまりあてにならないね」
 八雲が、あくびをしながら言った。
「誰にでも否定的なんですね」
「君は誰でも信じるのか?」
「あなた以外は」
「そりゃ光栄だ」
 八雲は晴香の嫌みを気にする風もなく、ポケットから携帯電話を取り出すと、電話をかけはじめた。
「あ、後藤ごとうさん? ちょっと頼みたいことがあるんです……」
 電話が繋がったらしく、八雲が話し始める。
 相手の声は聞こえないが、話の内容はだいたい分かった。篠原由利に関することで何でもかまわないので調べてほしいというものだった。
 八雲は用件だけ告げると一方的に電話を切ってしまった。
「今の、誰ですか?」
 素性調査を依頼できるような人物の想像がつかず、訊いてみた。
「知り合いだ」
「その人は行方不明の人の消息なんて分かるんですか?」
「可能性がなきゃ、わざわざ電話なんてしない」
 それはそうなのだが、電話一本で行方不明者の消息が調べられるなんて、いったいどういう知り合いを持っているのだ。
 晴香が考えをめぐらせている間に八雲はドアを開けてさっさと出て行ってしまった。
「まただ」
 本当に、自分勝手なんだから。うんざりしながらも八雲のあとを追って部屋を出た。
「晴香君」
 資料室を出たところで声をかけられた。
 ふり返ると、さっき話題にのぼったばかりの高岡が歩いてきた。
「先生──」
 晴香は一瞬八雲を追うべきか迷ったが、結局立ち止まって、高岡の到着を待つことにした。
「昨日は大変だったね」
「いえ、そんなことは──。先生のほうが大変そうです」
 高岡は昨日よりあきらかにやつれた顔をしている。自分の教え子が死んだのだから当然かもしれない。
 逆に微笑みかけられたりしたらどう反応したらいいのか分からない。
「そうでもないさ。もちろん元気というわけではないがね」
 高岡は表情をゆるめてみせたが、それがよけいに痛々しかった。
「とにかく、こういう時、無理は禁物だよ」
「先生も──」
「そうだな」
 高岡は苦笑いを浮かべながら言うと、晴香に背を向けて歩き出した。
「あ、あの。先生」
 晴香は歩き去ろうとする高岡を呼び止めた。
 高岡は歩みを止めてふり返る。
「何だね」
「いや、あの……」
 晴香は言葉に詰まってしまう。
 由利のことを高岡に訊かなくてはという思いから呼び止めたまではよかったが、どう切り出したらいいのか分からない。
「どうした。気にせず言ってみるといい」
 晴香の心情を察したのか、高岡が話の先をうながす。
 その言葉に甘えて話を始める。
「先生、篠原由利さんて覚えていますか?」
「覚えてるよ。今、大学を休んでいる子だね」
「はい。行方不明になっています」
「そうだったかな……。しかし、なぜ突然篠原君のことを訊くんだい?」
 高岡は怪訝な表情を浮かべる。
 当然の反応だ。
「今は詳しく話せませんけど、もしかしたら今回の祐一君の件に関係があるかもしれないんです」
「市橋君の?」
「はい。何か、覚えていることはありませんか?」
「覚えていることねえ……」
 高岡は顎をさすりながら記憶の糸をたぐり寄せているようだった。
「何でもいいんです。行方不明になる前の様子とか、仲のいい学生や、恋人とか……」
 晴香は高岡が記憶を呼び覚ます手伝いをしようと考えられる事柄を羅列する。
「恋人か──」
 高岡は何か思い出したのか、急激に口を開けてあっという表情をした。
「何か思い出したんですか?」
「ああ、篠原君には確か恋人がいたな。一学年上の相澤君ではなかったかな?」
「相澤ってオーケストラサークルの?」
「そう、そう、その相澤君だ」
 晴香は驚きのあまりそれ以上言葉を発することができなかった。今、高岡が口にした人物の名前を晴香は知っている。
「ちょっと、用事を思い出したので失礼します」
 この事実を、早く八雲に伝えなければ。
 晴香は、その衝動に駆られて、高岡に一礼すると、廊下を走り出した。
 廊下の最初の角を曲がったところで、急に八雲の姿が目に飛び込んできた。
「そんなにあわててどこに行く」
 八雲が、あくびをしながら言った。
「あっ」
 人間、急には止まれない。晴香は転びそうになりながら急停止して、あと戻りするはめになった。
「話はだいたい聞こえていたよ」
 いったいどんな地獄耳だ。でも、聞いていたなら話は早い。
「由利って人の彼氏、相澤さん」
「聞こえていたと言っているだろ」
 ならもっと驚け! 晴香は叫びたくなる気持ちをぐっとこらえた。
「相澤哲郎てつろうさんは、私に、あなたを紹介してくれた人物ですよ。これって、ただの偶然にしては怪しくないですか?」
「君の方が百万倍怪しい」
 八雲は興味なさそうにすたすたと歩き出した。
 本当に、なんて男だ!

    6


 晴香が八雲に連れられてやって来たのは、校舎の裏手にあるプレハブの小屋のような建物だった。
 大学の校務員の部屋として使われている場所だ。
 なぜ、こんな場所に足を運んだのか? その理由をいくら問いただしても、八雲は答えようとはしなかった。
「こんにちは」
 八雲は入り口のドアの前で声を上げる。
 反応が無いと分かると、八雲は勝手にドアを開け、部屋の中に足を踏み入れた。
「ねぇ。勝手に入っちゃっていいの?」
 晴香は、さすがに中に入る気にはなれず、八雲の背中越しに部屋の中を覗いた。
 入り口からすぐのところに、長テーブルとパイプ椅子が置かれている。その奥には冷蔵庫と流し台。壁にはスコップやら鎌やら農機具が立てかけてあった。
「ねえ。マズイんじゃないの?」
 八雲の背中に呼びかけるが、無視された。
 晴香が、はぁっとため息を吐くのと同時に、部屋の奥にあった、裏口と思われるドアからぬうっと人影が現れた。
「きゃっ」
 晴香は、反射的に飛び退いた。
「お、お、お前ら、な、な、なにをしている」
 部屋に入って来たのは、グレイの作業服を着た中年の男だった。
 細面で、皺が深い。日焼けして肌が浅黒く、何かの作業をしていたのか、額に汗がにじんでいた。
 名前は知らないが、何度か学内で姿を見たことがある。
 この大学の校務員をしている男で、いつもずるずる左足を引きずりながら歩いている。
 本当かどうかは知らないが、かつては有名なマラソン選手だったらしい。
 少し、身構えてしまう。
「突然すみません。実は裏手の廃屋の鍵を貸していただけないかと思いまして」
 勝手に侵入したのを見つかったにもかかわらず、八雲は落ち着いた口調だった。
「あ、あ、あんな所に何しにい、い、く」
 男はセミのように、耳に突き刺さる声で言う。
「実は、友だちがこの前、あの建物で肝試しをしたらしいんです」
「肝試し?」
「ええ。それで、その時に大事なものを落としてしまったらしくて、捜しに行きたいんです」
 八雲は、予め考えていたかのように、すらすらと出任せを並べる。
 校務員の男は、八雲のつくり話を疑っている様子はなかったが、太い眉の間に皺を寄せ、露骨にあきれた表情を浮かべる。
「お願いします。山根やまねさん」
 八雲が頭を下げた。
 この校務員の男は山根というのか? 彼の名前を初めて知った。
 山根は、足をずる、ずる、と引きずりながら、壁際のキーボックスまで進むと、中から鍵を取り出し八雲に向かって投げてよこした。
「か、か、鍵は今日中に返さなくていい。もう帰るから」
「ありがとうございます」
「き、き、肝試しなんてバ、バカなまねはもうするなよ」
「やっぱり出るんですか?」
 八雲がおどけて幽霊のマネをする。
「そ、そうじゃないが……た、建物が古い。ら、来月には壊す……」
「なるほど、分かりました」
 八雲は部屋を出ようとしたところで、はたと動きを止め、山根を振り返った。
「あの、あそこにダイヤル式の南京錠ってありますか?」
「さ、さあ。し、し、知らないね。あ、あそこには何の用事もないから、い、今まで一度も入っていない」
 八雲はもう一度礼を言って部屋から出てきた。
「ねえ、なんであの校務員の人の名前知ってたの?」
 疑問をぶつけてみる。
「作業服に名前が刺繍してあったろ。君はいったい何を見ている」
 なるほど──。

  ※ ※ ※

書籍

『心霊探偵八雲1 赤い瞳は知っている』

神永 学

定価 596円(本体552円+税)

発売日:2008年03月25日

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    書籍

    『心霊探偵八雲11 魂の代償』

    神永 学

    定価 1296円(本体1200円+税)

    発売日:2019年03月30日

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      書籍

      『心霊探偵八雲10 魂の道標』

      神永 学

      定価 778円(本体720円+税)

      発売日:2019年03月23日

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