『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』より、第1章を特別公開!
>> 第 3 回「女官、究極の女性社会。三浦は震え、原は興奮した。」


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――『源氏物語』は不敬ではないのか?
にもかかわらずこれだけ読まれてきたのは
いったいなぜなのか?
三浦の疑問に、原が答える。
三浦 不敬と言えば、ずっと疑問だったんですが、『源氏物語』は相当不敬な話ですよね? それなのにどうして、発表当時から宮中であれほど読まれたんでしょう。平安時代にはどういう感覚でみんなが読んでいたのか、とても不思議なんです。
女御にょうごと密通してできた子供が天皇になっちゃうって、実際にもあるかもね」「やあだ、これはあくまでもフィクションよ」「いやいや、そうとも言いきれなかったりして……」といった感じで、宮中の人々はキャイキャイと受け止めていたんでしょうか。
 もし、戦前・戦中に『源氏物語』が新作として発表されたら、紫式部は不敬罪で確実に捕まるんじゃなかろうかと気が揉めるんですが。不敬という概念は、明治以降に厳しくなったんですか?
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 一夫一婦制が確立されたのは、皇室で言えば大正天皇以降です。平安時代は一夫一婦ではないのは明らかです。例えば紫式部が仕えた藤原彰子しょうしは、一条天皇の中宮ですね。一条天皇には清少納言が仕えた藤原定子ていしという皇后がいました。中宮は皇后と同じ意味ですから、一条いちじょう天皇には二人の皇后がいたわけです。ただし定子は皇后になったその年に亡くなったため、彰子が皇后になり、後一条と後朱雀ごすざくを産みます。
 この時代は摂関政治の全盛期で、確かに藤原道長は強大な権力を持っていましたが、天皇により近いところに彰子という母がいて、摂政道長よりも近い立場で幼帝の面倒を見ていました。母が天皇の代役を果たすこともあったわけです。藤原氏が外戚として権力を持った摂関政治では、天皇が骨抜きにされていくと言われますが、実際はそれほど単純ではなく、母としての藤原氏にも権力がある。
 神功皇后も子の応神天皇が幼いときから摂政となり、結果 69 年も務め、死ぬまで権力を持っていた。もちろんこの話は実話ではないでしょうが、伝説を含めた歴史を遡ればそこまで行き着きます。例えば皇極こうぎょく天皇と孝徳こうとく天皇は姉と弟だし、元正げんしょう天皇と聖武しょうむ天皇は伯母と甥でしたが、どちらも母子関係に近いものがありますし、北条政子や日野富子は文字通り将軍の母として権力を持った。これは江戸期に一度中断しますが、明治以降また皇太后と天皇という母子関係が出てくる。そういう連綿とした一つの系譜の中に位置づけることはできないだろうかと思うのです。
三浦 そこがよくわからない。男系社会における「母」の権威というのは、「天皇」あるいは「将軍」の子を産んだことで発生するものですよね? 生まれた子供は、「天皇の子」であり、「将軍の子」であるから、次代の天皇や将軍になる。その母親も、権威を持つ。でも、その子が本当に天皇や将軍の子なのか、わからないじゃないですか。そこを衝いたのが、『源氏物語』なのではないかと思うんです。そういう物語が、平安時代の宮中では受け入れられ、天皇や中宮自身も続きを楽しみに読んでいたらしい。明治以降の宮中とは、感覚が若干違うのではと思うのですが。
 そう。だからこそ例えば豊臣秀頼ひでよりなんかも、本当は秀吉の子ではなくて、淀殿が密通していた大野治長はるながの子だったんだという風説が江戸時代になると広まるわけです。
 もっとも明治以前に限らず、生まれた子が天皇の正しい血筋を引いていると確定できるかという問題は常にあります。なぜ貞明皇后は秩父宮だけをあんなにかわいがるのか。外務省情報部長だった天羽あもう英二の二・二六事件直後の日記には、「秩父宮ガ正嫡。二・二六事件ハ天皇、秩父宮ノ争云々」という記述があります(『天羽英二日記・資料集』第三巻、天羽英二日記・資料集刊行会、1990 年)。そういう噂は潜在的にくすぶり続ける。
三浦 だとすると、どうして男系で正統性を担保しようとしたんでしょう。もし、「天皇家の血筋は連綿と続いているのだ」としたいなら、天皇自身の性別はどちらでもいいですけれど、跡継ぎは常に、「天皇の娘が産んだ子」の中から選んだほうが、明確ですよね。

 そこには中国への対抗意識があったのではないでしょうか。中国では革命があって、始終王朝が交替する。それに比して日本はずっと一つの血縁で来ている、本居もとおり宣長のりながのような国学者はそれが言いたいわけですね。もともとの日本人精神の中に天皇にとって代わろうとする野心はなかった、と。

書籍

『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』

原 武史 三浦 しをん

定価 1620円(本体1500円+税)

発売日:2019年02月27日

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    書籍

    「本の旅人2019年3月号」

    角川書店編集部

    定価 100円(本体93円+税)

    発売日:2019年02月27日

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      書籍

      『源氏物語(1) 付現代語訳』

      訳注:玉上 琢弥

      定価 864円(本体800円+税)

      発売日:1964年05月21日

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