世界で8500万部の大ベストセラーになっている『アルケミスト 夢を旅した少年』の作者、パウロ・コエーリョの最新刊『弓を引く人』が刊行されました。弓道を題材にした寓話を通して、人生を実り豊かにするヒントがちりばめられた、素敵なイラスト満載の本です。まずは、プロローグの一部の試し読みからお楽しみください。
『弓を引く人』試し読み#2
「私は矢を持っていないので、あなたの矢を一本、使わせてください。あなたのお望み通りにします。しかし、あなたがおっしゃった約束を必ず守ってください。私の住んでいる村の名前を他の人に教えてはなりません。もし、誰かがあなたに私のことを尋ねたら、世界の果てまで捜して居場所をやっと尋ね当てたが、その男は蛇に
男はうなずくと、彼の矢を一本、哲也に差し出した。
哲也は竹でできた長い弓の一方の端を壁に立てかけると、弓に強い圧力をかけてしならせて、弦を張った。そのあと、彼は何も言わずに遠くの山に向かって歩き始めた。
男と少年は彼に従った。三人は1時間ほど歩き続けた。
そして二つの大きな岩に挟まれた深い谷間にたどりついた。谷間には流れの激しい川が流れていた。その谷間を渡るには、ほとんど今にも壊れそうな古びた吊り橋を行くしかなかった。
哲也は落ち着いた面持ちで、ゆっくりとその橋の真ん中まで歩いて行った。橋はゆらゆらと不安定に揺れうごいた。哲也はそこで立ちどまると、向こう岸の何ものかに向かって、丁寧にお辞儀をした。そして、弓に矢をつがえると、男が先ほどしたのと同じように、おもむろに弓を頭の上にあげた。次にそれをゆっくりと胸の高さまでおろし、矢を放った。
少年と男は、20メートル先にある熟れた桃の実にその矢が突き刺さるのを見た。
哲也は安全な川岸に戻ってくると、男に向かって静かに言った。
「あなたはサクランボを
その男は恐怖に震えながら、崩れかかった橋の中央まで恐る恐る進んだ。そして、足の下にひろがる垂直な深みを見て立ちすくんだ。彼は哲也と同じ儀式を行ってから桃の木に向かって矢を放った。しかし、その矢は的から大きく外れた。
男が川岸に戻ったとき、彼の顔は死人のように真っ青だった。
「あなたは技術、威厳、姿勢(たたずまい)をしっかりと身につけています」と哲也は言った。「あなたは技術を十分に自分のものにし、確かに弓道をマスターしています。しかしながら、あなた自身のマインドをマスターしているとはいえません。あなたはすべての状況が整った場所では弓を射ることができるでしょう。しかし、危険な場所では的に当てることはできません。射手は常に戦場を選べるわけではありません。ですからもう一度練習を始めて、不利な状況に備えてください。どうぞ弓の道を歩み続けてください。なぜならばこれは一生の旅だからです。しかし、どうか覚えておいてください。最上かつ正確に的を射ることと、魂の平安を保って的を射ることとは、全く別のことなのです」
男はもう一度、深くお辞儀をし、弓と矢を長い弓袋に元通りにしまい込むと、それを肩に背負って立ち去っていった。
山からの帰り道、少年は胸を躍らせていた。
「哲也さん、彼に見せてやりましたね! あなたこそ本物です。最高です!」
(つづく)
作品紹介:『弓を引く人』著パウロ・コエーリョ
弓を引く人
著者 パウロ・コエーリョ 共訳 山川 紘矢 共訳 山川 亜希子
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2021年11月20日
『アルケミスト』のパウロ・コエーリョが贈る、人生を実り豊かにする教え
この国で最高の弓の達人である哲也は、現在、小さな村の普通の大工として生きていたが、ある日、遠い国から来た別の弓の達人から挑戦を受けた。
哲也はこの挑戦を受けることによって、その弓の達人だけでなく、村の少年にも弓の真髄を教えるのであった――。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000108/
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