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試し読み

生まれ持った「力」に、ずっと苦しめられてきた。『夜がうたた寝してる間に』大ボリューム試し読み#4

 バイトを終え、いつものように帰宅する。遅番の日は賄いが出る。父と一緒に食卓を囲まなくて済むことにほっとしながら、階段を上がっていると、「旭」と母から呼び止められる。うんざりしながら振り返る。
「ちょっと、来なさい」
 母が手招きする。その声はいつもよりずっと低く、どきりとしながら、平静を装って「なんだよ」と返す。
「いいから、早く」
 硬くとがった声だ。何かしてしまっただろうか、と記憶を辿たどるが思い当たる節はない。とりあえず渋面を作り、かばんを肩にかけたまま階段を下りる。
 リビングには、いつものように困ったような顔の父がいた。その隣に神妙な面持ちの母が腰掛ける。俺もその向かいに座る。
「旭、さっき学校から連絡が来てね。昨日、変なことがあったんでしょ」
「変なこと?」
「なんか、学校の机とか椅子が、窓から投げ捨てられてたっていう」
 なんだ、そのことか。脱力して、椅子の背に体を預ける。
「あんたのこと疑うわけじゃないけど。何も関わってないでしょうね?」
「はあ?」かちんときて思わず大きな声が出る。「なんだよそれ、思いっきり疑ってんじゃん」
「ただの確認。関わってないなら関わってないって言ってくれればそれでいいの」
 どうせ国城が電話をよこしてきたに違いない。学内でこんな事件が起きました、恐れ入りますがお宅の息子さんと本件についてお話し合いしていただけませんか。大方そんなことを言われたのだろう。
「なんも関わってないよ。机投げたりなんてしてない」
「そう。ならいいんだけど」
 崩すまいとしているその表情の奥に、あんしているのが見て取れて腹立たしい。父は先程から何も言わず、ただ薄ら笑いを浮かべている。
「てか、こっちだって被害者なんだけど。いろんなとこから疑われたりしてさあ。すげー迷惑」
 父と母がちらりと目を合わせる。そして、母がふうと小さく息を吐いた。
「ただでさえ能力持ちは疑われやすいから。あんたも気を付けて行動してね」
「はああ? なんだよそれ」
 高くなった声に、父と母が揃って驚いたように目を見張る。
「俺がいけないってわけ? 俺のせいで、周りは俺のこと疑ってくるってこと?」
「そんなこと、言ってないでしょ」
「いや言ってるから。べつに好きで疑われてないし、そもそも好きで能力持ったわけじゃないし。全部父さんと母さんのせいだろ」
「旭、もうその辺でやめときな」
「遺伝するかもって分かってたくせにさ。それなのに結婚して、子供産んで、そんな力押し付けてきたのはそっちじゃん。俺のせいにすんなよ。母さんが、こんな男の子供産むのがいけないんだろ」
「旭!」
 母が俺の名前を叫ぶ。俺ははじかれるように椅子から立ち上がると、踵を返してリビングを飛び出した。目の端にちらりと父の困ったような笑みが見えた。わざと大きな音を立ててドアを閉める。
 階段を駆け上がり、自分の部屋に入る。鞄を床に放り投げると、そのままベッドへと倒れ込んだ。
 苛立ちが収まらない。スマホを開いてSNSを眺める。指を滑らせていると、毛利が何か投稿しているのが目に入った。校舎の壁に沿って、机と椅子が折り重なっている写真だった。「ヤバい」という文字がその上に乗っかっている。コメントがいくつかついていて、毛利はその一つ一つに状況の説明をしていた。
 俺は溜息をついて、スマホの画面を暗くする。悪気があるわけではないのだろう。毛利に言わせればきっと「ノリ」みたいなものだ。ただ、目の前にいない人間をおもんぱかることは、意外と難しい。
 さっきの母の言葉が脳裏によみがえる。能力持ちは疑われやすい。そんなこと、俺が一番よく分かっている。布団にくるまると、白いカバーに包まれた枕に顔を突っ込む。
 ドアをノックする音が聞こえた。枕に顔を埋めたまま、それを無視する。またノック。反応しないでいると、がちゃりとドアが開いた。
「勝手に入んなよ」
 顔を見ないまま吐き捨てる。ベッドの傍にしゃがみ込む気配がした。
「旭、さっきはごめんね」やはり母だった。「別に、あんたを疑ってるわけじゃなかったの。ただ心配で」
 穏やかでなだめるような声色だった。見かけばかり歳を食い、すっかり成人してしまったような見た目の息子が相手でも、そんな慈しむような声を出すのだと思うと、なんだかむずがゆいようなあらがいたくなるような、妙な気分だった。
 俺は何も返さない。能力者の子供を育てるということが、どんなに苦労の連続だったか想像に難くない。それでも素直にそれを受け入れて、感謝の意を述べるほど大人になれない。
「ごめんね、あんたも大変な思いしてるのに」
 そう言って布団越しに俺の背をでる。その部分だけじんわりと温かくなって、何と返していいか分からず居心地が悪い。ばさりと布団をいで、母の顔をちらりと見る。
「べつに、もういいし。てか触んなって」
「あっ、何その言い方。親に向かってー」
 笑いながら母が俺の頰を軽くつねる。なんだよもう、と俺はその手を振り払う。
「ねえ旭。今度さ、よかったら一緒に特地区行ってみようよ」
 特地区。その単語を出されて、指先がぴくりと震える。
「あんたが特地区を嫌がってるのは知ってる。住めなんて言わないし、お母さんたちは旭の意志をちゃんと尊重するよ。でもね、一回どんなもんか見に行ってみてもいいと思うんだ。ちょうどこの前、お誘いのチケットも届いてたし」
「行かない。行く必要ない。あんな、逃げた奴らが集まるような場所」
「あのねえ、旭。あんたが思ってるような場所じゃないんだよ」
「うるさい、しつこい。俺は住む気ないってずっと言ってるだろ」
 そう吐き捨て、俺はまた布団を頭からかぶる。ぶ厚い布越しに、母が深く息を吐くのが聞こえた。お沸いてるから入っちゃいなさいよ、と俺の背をもう一度撫で、そして部屋を出ていく気配がした。俺は頭だけを布団から出す。
 もし、俺が特地区へ行くことを選んだら。周りは何と思うだろう。あ、あいつ、普通の場所じゃうまくやっていけなかったんだな。能力者だし、まあ仕方ないか。そう思うに決まっている。尻尾しつぽを巻いて安全地帯へ逃げたと思われるに決まっているのだ。そんな屈辱には耐えられない。
 胸の中がざわざわする。また今日も時間を止めて、眠った夜をただじっと眺めるのだろう。確信めいた予感がしていた。

(この続きは本書でお楽しみください)

作品紹介・あらすじ



夜がうたた寝してる間に
著者 君嶋 彼方
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2022年08月26日

高校二年の冴木旭には、時間を止めるという特殊能力がある。だが旭にとって一番大事なのは、普通の場所で、普通の人と同じように生きていくことだ。異質な存在に向けられる無遠慮な視線や偏見に耐え、必死で笑顔をつくっていた旭だったが、大量の机が教室の窓から投げ捨てられるという怪事件が起こり、能力者が犯人ではないかと疑われる。旭は真犯人を見つけて疑いを晴らそうとするも、悩みをわかり合えると思っていた能力者仲間の篠宮と我妻にも距離を置かれてしまう。焦りを覚えていたところに、また新たな事件が起きて……。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204000318/
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