日々を何の問題もなく過ごすことは、それほど大変ではない。空いた時間を
それでいいのだと思う。そのお陰で、昼休みを孤独に過ごさなくて済む。休み時間になるとすぐに教室から出てどこかへいなくなる奴。一人でひたすら本を読んでいる奴。どうして彼らはうまくやれないんだろうと俺は不思議だった。俺とは違って、普通の人たちなのに。
俺は同じクラスの奴らとはほぼ全員分け隔てなく話せるし、他のクラスにも仲が良い相手が何人もいる。誰がどう見ても、充実した学校生活を送っているように見えているという自負があった。
けれど、一週間のうち、どうしても好きになれない時間があった。毎週土曜日、四時間目、ロングホームルーム。その時間が近付くにつれ、俺は憂鬱な気分に襲われる。
「あ、アーサー、そろそろ行かなきゃじゃない?」
毛利が黒板の上に掛かった時計を見上げる。俺もつられて目をやる。時計の両方の針は、そろそろてっぺんを指そうとしていた。喉元から漏れてきそうな不満の言葉を飲み込んで、笑顔を作って立ち上がる。
「まじだ、やべえ。行ってくるわ」
「おう、行ってらっしゃい」
「またあとでなー」
毛利と榎本に手を振り返し、教室を出る。休み時間が間もなく終わるというのに廊下はまだ騒ぐ生徒たちで
廊下の真ん中でキャッチボールをしている男子生徒二人の姿があった。こんなところでするなよ、と心の中で悪態をつく。周りも迷惑そうに彼らを
うわっ、やばいっ。声が聞こえた。ボールを投げた男子生徒が発した声だった。彼の手から離れた白球は構えている相手の頭上を
あ、危ない。
ボールが浮かぶ。女子生徒から三十センチほどの距離でぴたりとその動きを止めたまま。蛍光灯の光を丸い形に遮り、彼女の腕に
廊下は静まり返る。談笑の声も、上履きの音も、何も聞こえない。その静寂の中、俺だけが足音を響かせて、宙に浮かんだボールを背伸びをして
わっと、再び廊下に
(つづく)
作品紹介・あらすじ
夜がうたた寝してる間に
著者 君嶋 彼方
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2022年08月26日
高校二年の冴木旭には、時間を止めるという特殊能力がある。だが旭にとって一番大事なのは、普通の場所で、普通の人と同じように生きていくことだ。異質な存在に向けられる無遠慮な視線や偏見に耐え、必死で笑顔をつくっていた旭だったが、大量の机が教室の窓から投げ捨てられるという怪事件が起こり、能力者が犯人ではないかと疑われる。旭は真犯人を見つけて疑いを晴らそうとするも、悩みをわかり合えると思っていた能力者仲間の篠宮と我妻にも距離を置かれてしまう。焦りを覚えていたところに、また新たな事件が起きて……。
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