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試し読み

およそ一万人に一人、特殊能力を持つ者がいる。『夜がうたた寝してる間に』大ボリューム試し読み#2

『君の顔では泣けない』著者・君嶋彼方さん待望の新刊! 小説野性時代新人賞受賞第一作『夜がうたた寝してる間に』

新人ばなれしたデビュー作として話題となった『君の顔では泣けない』の著者・君嶋彼方さんの待望の第2作となる長篇小説『夜がうたた寝してる間に』が8/26に発売となります。
生まれつきある「力」を持ったことで、周囲との違いや関係性に悩みを抱える高校生の葛藤と成長を描いた作品です。
本作の冒頭50ページを特別公開。書き出しの一文から息を呑むほど美しい、珠玉の物語をお楽しみください。



▼君嶋彼方特設サイトはこちら
https://kadobun.jp/special/kimijima-kanata/

『夜がうたた寝してる間に』試し読み#2

 しばらく歩くと生徒たちの姿は減っていく。A組からD組を過ぎた先にあるそのドアの前には、一人の女子生徒がうつむきながら立っていた。俺はポケットから黒いマスクを取り出すと、それを着けて彼女に声をかける。
「おっす。お疲れ」
 しのみやあかが俺の顔を見て、「ああ」と挨拶ともうめきともつかない声を上げる。俺の胸元辺りの背丈の小柄な体軀で、くりっとした瞳に丸い鼻と幼い顔立ちをしてはいるが、その固く結ばれた唇と睨むような目つきは威圧感がある。その全てを見透かしてきそうな視線にたじろぎながらも、俺はどうにか笑顔を作る。
「なに、どしたの。教室入れないの?」
「うん、おか先生がかぎ忘れちゃって。今職員室に取りに行ってる」
 そっか、と返すと会話が途切れてしまう。どうにも彼女と話すのは苦手だった。何か次の言葉を、と頭の中で必死に探していると、ふいと視線をらされてしまう。興味を失くされた落胆と、会話を続けなくていいあんが同時にやってくる。
「あれ」
 小さな声が聞こえた。振り返ると、あがつまそうがぼんやりとした表情で立っていた。篠宮が何か言うだろうか、と彼女の言葉を待ったが、口を開くことはおろか閉ざされたドアから視線を外す気配すらなかったので、仕方なく俺が説明する。
「岡先生、鍵忘れて今職員室に取りに行ってんだってさ」
 興味のなさそうな「そう」という短い返事と共に、大きなあくびを一つする。我妻はいつも眠そうだ。厚ぼったい二重の目をしばたかせ、どこか不満気に口角を下げている。背は高いがひどい猫背で、パーマをかけたようにうねった髪は時折寝癖がついている。実際ロングホームルームの時間も、机に伏している姿しか目にしたことがない。
「先生もさぁ、こんな寒い廊下で待たすの勘弁してほしいよなぁ。風邪引いちゃうじゃんなあ」
 話しかけてみても、案の定「そうだね」とだるそうに返されただけで、やはり会話は続かない。ためいきをつきたくなるのをこらえる。教室前はしんと静まり返るが、それに落ち着かないのはきっと俺だけなのだろう。篠宮も我妻も、その沈黙を当然のものとして受け入れているように見える。
 授業開始のチャイムが鳴る。いい加減居たたまれなくなったところで、ようやく岡先生がやってきた。俺は思わず安堵する。それは俺だけではないようで、固まった空気が少し和らいだ気がした。俺はマスクを外す。
「すまんすまん。お待たせ」
 口ではそう言うものの、のたのたと歩いてゆっくりとドアの鍵を開けている。「センセー、遅いよー」と口をとがらせてみたところで、「悪いな」とちっとも悪びれた様子もない。
 そしてようやく教室のドアが開く。岡先生が入り、電気をけた。そしてその後に続き、俺たちも教室へと入る。週に一度しか開放されないその部屋はいつもどことなくほこりっぽくかびくさい。室内は冷え切っていて、岡先生が教壇にあるヒーターの電源を点ける。
 各々が席に着く。篠宮は教壇の目の前、我妻は一番後ろのドア側の席。そして俺は、前から三列目の中央辺りに座る。どこに座るか決まってはいなかったが、いつの間にかそれぞれの定位置ができていた。
 教壇に立った岡先生が、よく通る声を張り上げた。
「この一週間、何か変わったことがあった人は?」
 毎回投げかけられるその質問に、手を挙げる者はいない。それでも毎週、岡先生はこの言葉を投げかけてくる。
 毎週土曜日、四時間目、ロングホームルーム。時計の両方の針が頂点を指す頃。俺たち三人はその時間帯に、普段使われていない教室に集まる。それが俺たちがこの学校へ在籍するための義務だからだ。
 特殊能力所持者。それが俺たちの正式な名称だ。
 俺たちは、常人にはない特殊な能力を使うことができる。


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