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試し読み

「なかなか面白そうじゃないか」目を輝かせた探偵は……。『謎解きはディナーのあとで』著者が放つ、新凸凹コンビ本格ミステリ『谷根千ミステリ散歩』特別ためし読み!#9

「小説 野性時代」で人気を博した、東川篤哉さんの本格ミステリ『谷根千ミステリ散歩』。
10月17日の書籍発売に先駆けて、「もう一度読みたい!」「ためし読みしてみたい」という声にお応えして、集中掲載を実施します!

※サイン本のプレゼント企画実施中!
(応募要項は記事末尾をご覧ください)

>>第8回へ

 ◆ ◆ ◆

 そういって隣に座る私のことを指差す。それから探るような視線を、こちらに向けた。
「聞いたよ、つみれちゃん、この前に起きた石材店のコソ泥事件、あれを解決したの、つみれちゃんなんだってね」
「え、えぇー!?」私は思わず両目をパチパチさせながら、「そ、そんな話、いったい誰に聞いたの……って、そっか、ひとりしかいないよね。斉藤巡査だ。そうでしょ?」
 問い掛ける私の前で、友人は可愛くコクンと頷いた。
 谷中といえば墓の町。そんな谷中の某所にある石材店に泥棒が入ったのは、つい先月のことだ。そういえば、あの犯人も当初は、何も盗まずに立ち去った奇妙な泥棒と目されていた。そんな記憶がある。ひょっとして谷根千界隈では、《何も盗らない泥棒》というのが最近のトレンドなのだろうか。
 それはともかく、私は友人の誤解を解消するべく、両手を顔の前で振った。
「違うってば。私は関係ないんだって。あれは斉藤巡査が自らの優れた推理力で解決……」
「そんなわけないじゃん!」
「…………」うん、まあ、そんなわけないよね……
 私はガックリと肩を落として、自分のヘタクソな嘘を引っ込めるしかなかった。
 斉藤巡査は近所の交番に勤務する若い警察官で、谷中の治安は自らの双肩に掛かっていると信じて疑わない、正義感旺盛な普通の人。だけれど優れた推理力の持ち主かというと、《?》が五、六個ほど付きそうなタイプだ。実際、五月の事件を解決に導いたのも斉藤巡査ではない。かといって、それは私の手柄というわけでもなかった。実のところ、あの事件の解決の裏には、まったく別の人物の優れた活躍があったのだ。
 もっとも、その人物の活躍する様子は、ハタから眺めたなら、ただ谷根千界隈をぶらぶら散歩しているようにしか見えなかったことだろう。私はその人の《散歩》に、たまたま付き合わされただけなのだ。
 だが当時の事情を何も知らない――というか、むしろ間違いだらけの《斉藤さん情報》のみを聞きかじったらしい――瑞穂ちゃんは、五月の事件の真相を、この私がズバリ見破ったと勘違いしているのだ。そんな彼女は私のことを拝むかのように、顔の前で両手を合わせると、
「ねえ、お願いだから、ちょっと知恵を貸してくれないかなあ。このままだと、おばあちゃん、夜も安心して眠れないと思うんだよね」
「うーん、そういうことかぁ」おばあちゃんの身を案じる瑞穂ちゃんの気持ちは尊いし、できることなら期待に応えたい。――でも残念、私は名探偵じゃないんだよなあ!
 しかし誤解だろうが六階だろうが、こうなってしまった以上は仕方がない。ここは友人として、ひと肌脱ぐしかあるまい。そう決意した私はエプロンの胸をドンと拳で叩くと、
「判ったよ、瑞穂ちゃん。この私に任せといて!」
 と、よせばいいのに結構な安請け合い。そして私は約一ヶ月ぶりに、あの人のいる『怪運堂』に足を運ぶことを、心に決めたのだった。

      3

『怪運堂』はパワースポット数多い谷中にて、その名のとおり怪しげな開運グッズを売りさばいては、暴利を得ている悪徳商法の店である。――というのは嘘、あるいは冗談。実際は、招き猫とか七福神の置物とか龍の掛け軸とか、ごくごく平凡な商品を扱う、まあまあ普通の店だ。一部では《高いご利益がある》との評判を得ているらしいが、その真偽は不明。客も滅多にこないみたいだから、暴利を得ているなんてこともないだろう。
 お店の場所は細い道が迷路みたいに交錯する、この地域特有の判りづらい一角。ほとんど観光客も寄り付かない路地裏に、ひっそりと看板を掲げる隠れ家みたいな店舗だ。
 ――でも大丈夫。私、この前はちゃんとたどり着けたもんね。土地鑑あるもんね。
 と余裕綽々の私は、さっそく翌日の午後、D大学での講義を聞き終えたその足で『怪運堂』を目指した。だが、あっという間に小一時間が経過したころ、綽々だったはずの余裕は吹っ飛び、あったはずの土地鑑は綺麗サッパリ消滅。私はKOを喰らったボクサーのごとく道端で四つん這いになりながら、アスファルトの地面をむなしく拳で叩いていた。
「なぜ……どうして!? どうしてたどり着けないの、『怪運堂』……この前に私が見たアレは蜃気楼だったとでもいうの……?」
 自分の置かれている理不尽な状況に納得がいかず、私は途方に暮れるばかりだ。ピンクのパーカーにチェックのミニスカート。トートバッグを肩にしたポニーテールの女子大生が地面にうなだれているというレアな光景を、たまたま通りかかった谷中の猫だけがジッと眺めている。我が身の不甲斐なさとともに、あらためてこの町の奥深さを思い知る私だった。
 ――ううむ、恐るべし、谷中! 地元民をこうまで道に迷わすとは!
 そんな私の傍らに、今度は谷中の猫に代わって突然、人の気配が忍び寄ってきた。
「どうされました? ご気分でも悪いのですか……」
 穏やかで優しげな声が、四つん這いになった背中へと投げかけられる。若い男性の声だ。
 シマッタ――と心の中で舌打ちしつつ、下を向いた顔が一瞬強張る。『道に迷って、うなだれておりました……』などと本当のことはいいづらい。これが昭和の時代劇なら『持病の癪が……』といって胸を押さえるところだが、令和の時代にその答え方はナシだろう。そもそも癪って何なのか、よく判らない。仕方がないので、私は何事もなかったように勢いよく立ち上がると、
「いえいえ、平気です。ちょっと転んだだけでして……ご心配をおかけしました」
 と早口に捲し立てて「エヘヘ」と照れ笑い。ポニーテールの頭を指先でポリポリと掻きながら、顔を上げて相手の男性を見やる。すると意外にも、目の前に立つのは茶色の作務衣を着た長身の男性。喜劇役者を思わせるような丸い眼鏡を掛けた知的な風貌に見覚えがある。驚きとともに自然と私の口が開いた。「――ああッ、竹田津(たけだづ)さん!」
 私は安堵と歓喜のないまぜになった声で、約一ヶ月ぶりにその人の名を呼んだ。
 竹田津優介さん。彼こそは探し求めていた『怪運堂』の店主であり、先月の事件を解決に導いた知恵者である。私は行きたい店を見つけることはできなかったが、出会いたい人にはちゃんと出会えたのだ。『怪運堂』も竹田津さんも、やはり蜃気楼ではなかったのだ。
 私はポニーテールを弾ませながら、その場でピョンピョンと歓喜のジャンプを披露した。
「良かったぁ! 捜してたんですよぉ、竹田津さんのことぉ!」
 一方、いきなり名を呼ばれた彼はキョトンとした表情。そして次の瞬間には、
「ああッ、そういう君は……!」
 と、こちらを指差しながら丸い眼鏡の奥で両目をパチパチと瞬かせる。私は再会の嬉しさからウンウンと何度も頷く仕草。ところがその直後、竹田津さんは「んーっ」と、いきなり言葉に詰まり、私の顔を指差したまま、なぜか硬直。レンズ越しに映る眸は気の毒なくらいに泳いでいる。やがて何かを諦めたかのように指を下ろした彼は、気まずそうな口調で辛うじてこう続けた。
「ええっと、確か君は……《なめ郎の妹さん》……だよねえ?」
「え、えぇー!?」落胆の声をあげつつ、思わず私は両の頬をプーッと膨らませた。

「えーと、鰯のフライじゃなくて、鰯の唐揚げでもなくて……鰯のお造り、鰯の握り……じゃないよね……鰯の干物、鰯のカルパッチョ……ん、カルパッチョ!?」
「違います。イタリアにだって、そんな名前の女の子いませんから」
「だよねえ……じゃあ鰯のグラタン、鰯のリゾット……おかしいぞ、全然出てこないな」
 困惑した顔の竹田津さんは、長い髪の毛を右手で掻き、丸い眼鏡を指先で押し上げた。
 結局、架空のメニューも含めて十種類以上の鰯料理の名を挙げたところで、竹田津さんの口から『鰯のつみれ』という料理名が飛び出し、ようやく彼は私の名前を思い出すに至った。
「そうそう、つみれだ。岩篠つみれちゃん。――もちろん、ちゃんと覚えてるとも!」
「ちゃんと忘れてましたよね!」私はムッとした顔で叫んだ。
 だが、まあいい。とりあえず《岩篠カルパッチョちゃん》にされずに済んだだけ、まだマシというものだろう。そう思うことにして、私はちゃぶ台に置かれた湯飲みに手を伸ばし、熱い緑茶をズズズッと啜った。
 場所は数々の開運グッズが並ぶ『怪運堂』の店内。その奥にある畳敷きの小上がりだ。そこに薄い座布団を敷いて、私と竹田津さんは腰を下ろしていた。路地の地べたで途方に暮れていた私を偶然目に留めた彼が、「まあ、せっかく会ったんだ。名前を思い出すまで、お茶でも飲んでいきたまえ」といって、この店まで連れてきてくれたのだ。
 ちなみに、私が四つん這いになっていた場所から『怪運堂』までは、路地をひとつ曲がってすぐの近さだった。なぜ自力でたどり着けなかったのか、まったく謎である。だが、いまここで話題にしたい謎は、そんなものではない。
 話のキッカケを窺う私に、竹田津さんは気安い口調で聞いてきた。
「ところで、つみれちゃん、今日はいったい何の用だい? なめ郎の奴に、何か買ってくるようにいわれたとか?」
「いいえ、『なめ郎のやーつ』に、何かいわれたわけではありません」相変わらず兄に対して妙に冷たい竹田津さんに、皮肉っぽく言葉を返す。そして私はいきなりこう切り出した。「部屋の中に置かれた様々な品物が逆さまにされている。――そういう現象って、どう思いますか?」
「どう思うって……」竹田津さんは丸いレンズの奥から疑わしそうな視線を私に向ける。そして慎重な口ぶりで聞いてきた。「それって有名な探偵小説の話では?」
 いやいや、小説ではない。現実に起こった事件である。そのように告げると、作務衣姿の『怪運堂』店主は、俄然興味を惹かれたらしい。両の眸に好奇心に満ちた輝きを宿すと、ちゃぶ台の向こうで居住まいを正しながら、「ほう、なかなか面白そうじゃないか、つみれちゃん。その話、ぜひとも僕に詳しく聞かせてくれたまえ」
「そう!? うふふ、どーしようかなー」
 などと気を持たせながら、もちろん私は最初から話す気マンマンなのだった。

(つづく)

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