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試し読み

【試し読み】すべてに下心があるのでは、と疑った自分は、蘭の可愛さにただ嫉妬しているだけかもしれない。―― 佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み特別公開!(4/5)

バービーさんが推薦! 見た目にとらわれていた少女が、恋と書道を通じて自分なりの「美」を見つける物語!
前作『透明なルール』では、中学校にはびこる同調圧力の本質を掬い取り、「第1回未来屋アオハル文学賞」に入賞。児童書の枠組みを超えて耳目を集めた作家・佐藤いつ子氏が最新作『わたしのbe 書くたび、生まれる』で挑むテーマは「ルッキズム」。
書道部を舞台に、コンプレックスを抱える高校生たちの葛藤と成長、人間模様をみずみずしい筆致で描きます。
今回は本作の序盤を特別に公開。
誰しもが心に抱える「自分の見た目」への複雑な想いに、共感すること間違いなし。ぜひ、お楽しみください。

佑京狙いで書道部に入部してきた学年一の美少女・蘭。
早くも佑京への猛アピールをはじめる蘭に、もやもやを隠せない文香は……。

▼ この作品の試し読み一覧はこちら
https://kadobun.jp/trial/watashinobe/

佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み(4/5)

2.

須藤蘭が書道教室に入ると、静謐なモノトーンの世界に、色とりどりの花束が投げ込まれたようだった。
「みんな、ちょっといいかな」
ちょうど太輔も顔を出した。
亜紀センパイが声をかけた。
「今日から、ダンス部と兼部で、書道部に入ることになった、須藤蘭さんです。一気にふたりも部員が増えたね」
亜紀センパイは満面に笑みを浮かべている。蘭は簡単な自己紹介をすると続けた。
「書道のことは全然分かってないので、みなさん、よろしくお願いします!」
みなさん、と言いつつ、視線は佑京だけにまっすぐ注がれている。
太輔の鼻の下が伸びているのは、気のせいだろうか。みんな嬉しそうだ。
笑みがひきつっているのは、文香かひとりだけだ。
「亜紀センパイ、書道の道具がないんだけど、借りられます?」
蘭の問いかけに、亜紀センパイが後ろの棚から、道具を出してきた。
「これは共用のだから、自由に使っていいよ。中学の授業で使ってた書道具は、家にあるんでしょ?」
亜紀センパイが、筆や硯などを蘭に手渡した。
「うーん」
蘭は人差し指をあごに置いて続けた。
「高校の授業で書道は選択しないと思ったから、捨てちゃったかも」
亜紀センパイが「は?」という感じで小首をかしげる。
じゃ、なぜに書道部に!?
文香は心の中で、こぶしを手のひらに連打した。
「そ、そうなんだ。しばらくそれを使っていてもいいから。ま、家でもう一度捜してみて。もしなかったら、おいおい買い足していけばいいし」
「は~い」
きっと亜紀センパイも、つっこみたいところをこらえているんだ。せっかく入部してきたのに、気が変わってしまっては困ると思って。
気づけば、硯に注いでいた墨汁が、あふれてしまいそうになっていた。文香は慌ててボトルを立てた。
蘭は、佑京のリュックが置いてある席の隣に、わざわざ腰を下ろした。
広々とした書道教室で、みんな適度な距離を保って練習しているのに、信じられない。
佑京は相変わらず、後ろの書棚のところにいる。文香は横の方に座っている蘭の動向が気になり、筆をとる気も起きなかった。
けれど何もしないのも不自然で、仕方なく「高鳴る鼓動」を書き始めた。気持ちが入るはずもなく、出来は自分で見ても全然ダメダメだ。
「亜紀センパイ、あたし、何書けばいいかな?」
支度を整えた蘭が声を上げた。亜紀センパイが練習の手を止めて、蘭に近づく。
「そうだね、書道の基本を学ぶには、永久の『永』の字を、まずは練習するといいよ」
「永?」
「うん。『永字八法』といって、『永』という字には、基本となる筆づかいが八種類入っているんだよ」
「へえ~」
「はね、点、右はらいや左はらい、とかね」
「そうなんだあ。やってみまーす」
蘭は素直にうなずくと、
「ねえ、佑京くん。『永』のお手本、書いてくれない?」
蘭は後ろを振り返った。
二枚目の練習に入っていた文香の筆が、ずずっと滑った。「る」の最後のとめが止まらず、紙の端まで突っ切った。
「え、僕? はい、いいですよ」
佑京が蘭の席に近づいてくる。
亜紀センパイに頼めばいいのに、どうしてわざわざ佑京に頼むわけ?
文香は失敗した紙を、思わずくしゃっと丸めた。
佑京の書を見たかったのだけれど、最初が蘭のお手本のためだと思うと、なんか悔しい。でも気になる……。
佑京は席に着くと、すっと姿勢を正した。一瞬目を閉じてから、「永」の字をかなりゆっくり書き上げた。
文香だけではなく、他の部員もみんな注視している。
佑京の「永」の字は、どこか繊細で、静かで凜とした美しさがあった。亜紀センパイがお手本を書いたら、たとえ一字でも、また違う趣になっただろう。
「はい、どうぞ」
佑京は小さく息をつくと、蘭にお手本をわたした。
「うわー、めっちゃうまい。すごいね、佑京くん」
蘭が歓声を上げながら、手をパチパチする。
「じゃ、早速書いてみまーす」
蘭はしばらく静かに練習していたが、十五分も経たないうちに、音を上げた。
「佑京くん、ちょっと来て。そのなんちゃら八法ってやつ、教えてくんない?」
「いいですよ」
佑京がまた戻ってきた。微笑みさえ浮かべている。
「まずここが点で、それから……」
佑京が説明を始めると、蘭が遮った。
「ごめん、佑京くん。筆の持ち方から教えてくれる?」
文香はいらついて、頭皮がちりちりした。
蘭には下心があるに違いない。
文香は自分の練習はそっちのけで、耳をそばだてた。
「あたし、授業の書道のとき、全然真面目にやってこなかったから、筆の持ち方から教えて。筆って立てて持つんだよね。こんな感じ?」
蘭が筆を持ち上げる。
「あ、もっと真ん中より上を持つといいです。その方が筆の弾力を感じやすいから」
「ふ~ん、筆の弾力ねえ」
「それで、手先で書くのではなく、腕全体を使って書く感じかな」
「なんだかよく分かんないんだけど。佑京くん、あたしの手を上から握って、書いてみてくれない」
えっ、嘘でしょ。
文香はびっくりして、思わずふたりの方に顔を向けた。佑京もさすがに面食らったのか、あごを引いている。
「い、いや。まずはお手本を見ながら、自分でやってみてください」
蘭はちょっと憮然とした表情を見せたが、
「うん、分かった」
案外素直に従った。筆を立てて、
「筆の弾力、弾力」
と言いながらドスンと点を打った。
「あ、そうじゃなくて。書き始めは斜めに入れると、いいですよ。それから、筆をおろしたら、クッとつく感じ」
佑京が続けざまに言うと、蘭は声に出してため息をついた。
「そんなこと言われても、やっぱりよく分かんないよ。佑京くん、ちょっと上から手を重ねてやってみてよ」
佑京は戸惑いを隠せず、瞬きを繰り返した。やがて、こわごわと蘭の手に自分の手を重ねた。
文香は食い入るように見つめた。佑京の骨ばった手が、蘭の白くて華奢な手を包んでいる。胸がきゅっと締めつけられた。
佑京は教えながら、筆を運ぶ。ひと通り「永」の字を書き終えると、やっと手を離した。
一分にも満たない時間が、文香には十分にも二十分にも感じられた。
「ああ、なるほど。なんかちょびっとだけ、分かった気がする。じゃ、自分でやってみるね」
蘭は花が咲いたような笑顔を、佑京に向けた。文香ですら、つい見惚れてしまうような笑顔だ。
「また何か聞きたいことがあったら、呼んでくれていいですよ」
「サンキュー、佑京くん」
「あ……あと、須藤さん」
 佑京が口ごもった。
「何? その前に佑京くん、須藤さんはやめてくんない? 同学年なのに、よそよそしすぎるよ。ね、文香」
蘭が顔を文香に向けた。文香にじっと見られていたことに気づいた蘭は、少しきょとんとしている。
「そ、そだよね」
うまく笑えなくて、唇がゆがんだ。
「分かりました。では、蘭さん。爪が少し長すぎるかも。それでは、筆が持ちにくいかと思いました」
「あ~、そういうことね」
蘭は自分の指先を眺めた。蘭の長い爪は形よく綺麗に手入れされていて、白くて華奢な手によく映えている。
文香はもちもちした手の先にある、自分の横長の爪を見やった。
何もかも違う。
「爪、せっかくここまで順調に伸ばしたんだけどなあ。ま、しょうがないか。分かった。書道部に入ったんだもんね。切ってくるよ」
蘭はちょこんとうなずいた。
蘭は根っからの天真爛漫な子なのかも……。すべてに下心があるのでは、と疑った自分は、蘭の可愛さにただ嫉妬しているだけかもしれない。
自己嫌悪になりそう……。
「文香の爪も、やっぱり短いの?」
蘭が首を伸ばしてきた。文香は思わず手をグーにして、爪を隠した。
「う、うん。まあ……」
「あれ? 文香、今日は寝不足?」
蘭が顔をのぞきこんできた。
「……」
のどがつまって、返事が遅れた。
「……いや別に。なんで?」
「んー。なんか眠たそうだったから」
けろっと放たれた言葉の針は、文香の胸をぷすりと刺した。

(つづく)

作品紹介



書 名:わたしのbe 書くたび、生まれる
著 者:佐藤 いつ子
発売日:2025年09月26日

見た目で決めつけていたし、決めつけられようとしていた。
2025年入試国語で20校に採用された『透明なルール』著者の最新作!

容姿に自信がない高校1年生の文香は、高校デビューを夢見つつも、自分を変えるきっかけがつかめず、消去法で書道部に所属している。
そこで出会ったのは、ひときわ端整な顔立ちを持つ佑京だった。
書と真剣に向き合う彼の姿に惹かれた文香は、やがて書道そのものに魅せられ、「美しい字」を書く楽しさにのめり込んでいく。
文化祭で披露する書道パフォーマンスに向けて、個性豊かな仲間とともに練習を重ねる最中、ある出来事をきっかけに佑京の秘密が明かされ──。
果たしてパフォーマンスは成功するのか。そして、文香たちはコンプレックスを乗り越え、自分なりの「美」を掴めるのか。
10代から圧倒的支持を受ける作家・佐藤いつ子が、「自分らしさ」に悩むすべての人に贈る、熱くまばゆい物語!
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