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試し読み

【試し読み】「自分が思っているほど、人のことなんて、みんなそんなに気にしてないってことかな」――佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み特別公開!(5/5)

バービーさんが推薦! 見た目にとらわれていた少女が、恋と書道を通じて自分なりの「美」を見つける物語!
前作『透明なルール』では、中学校にはびこる同調圧力の本質を掬い取り、「第1回未来屋アオハル文学賞」に入賞。児童書の枠組みを超えて耳目を集めた作家・佐藤いつ子氏が最新作『わたしのbe 書くたび、生まれる』で挑むテーマは「ルッキズム」。
書道部を舞台に、コンプレックスを抱える高校生たちの葛藤と成長、人間模様をみずみずしい筆致で描きます。
今回は本作の序盤を特別に公開。
誰しもが心に抱える「自分の見た目」への複雑な想いに、共感すること間違いなし。ぜひ、お楽しみください。

蘭が何気なく放った「眠たそう」という一言に、文香は外見へのコンプレックスを刺激され、深く傷つく。
文香が自分を慰めようと向かった公園で出会ったのは……。

▼ この作品の試し読み一覧はこちら
https://kadobun.jp/trial/watashinobe/

佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み(5/5)

部活が終わると、文香は挨拶もそこそこに書道教室を飛び出した。
学校の前のバス停とは反対方向に坂をぐんぐん上っていく。
正面から吹いてくる風が、顔に遠慮なく当たる。息が切れても苦しくなっても、立ち止まることはなかった。
丘の上には、見晴らしのいい小さな公園がある。そこから眺めると、遠くの工場地帯の先に、海が薄く見える。
丸ちゃんたちとお菓子を食べながら、おしゃべりするお気に入りの場所だ。
公園までたどり着くと、ベンチに座り込んだ。幸い、誰もいなかった。
完璧な佑京。圧倒的に可愛い蘭。
重なったふたりの手。
誰かがお似合いだって言ってた。

――なんか眠たそうだったから。

蘭に悪気がない分、余計に傷つく。
クラスの華やかな子たちを真似して、家でアイラインの練習をしたのに、勇気が出なくて今日はやってこなかった。もしやってくれば、眠たそうだなんて言われなかったかもしれないのに。
蘭と佑京の何をやっても様になるビジュアルが、また脳裏に浮かんだ。どんなに努力したって、スタートラインが全然違う。
馬鹿だな。佑京が彼氏になってくれたらなんて。
高校デビューだなんて……。
両手で顔を覆った。
しばらくすると、文香の背中にそっと温かいものが触れた。驚いて振り向くと、丸ちゃんだった。
「よしよし」
丸ちゃんは、ベンチの横に腰を下ろした。どうしたのか尋ねるでもなく、そっと背中をなで続けてくれている。
「……丸ちゃん」
柔らかいものに包まれたような安心感がじわりと広がり、かえって涙があふれてしまった。
ひと通り落ち着くと、文香は口を開いた。
「丸ちゃん、どうしてここに?」
「果歩ちゃんと別れたあと、文ちゃんがすごい勢いで坂を上っていくのが、見えて。声かけたけど、聞こえなかったみたい。とにかく追いかけた」
「そう、だったんだ」
丸ちゃんはこくりとうなずいた。
「ねえ、丸ちゃん。わたしの顔って眠たそうかな?」
「えっ、なんで?」
丸ちゃんは心底驚いたように目を見開いた。
「だって、わたしの目って小さいし、離れてるし、とろんとしてるし」
「そうかなあ」
丸ちゃんは首をかしげた。
「うちは文ちゃんの目、好きだよ。優しそうだし、いつもニコニコしている感じで」
自然体の丸ちゃんが、お世辞を言って元気づけようとしているようには見えない。
「いつも笑っているわけじゃないよ。目が細いからそう見えるのかなあ」
文香は首をひねった。
「だとしたら、お得な目だね」
丸ちゃんがにこっと笑った。
お得な目……そんな言い方もあるんだ。
丸ちゃんの笑顔につられて、頬が緩んだ。
「それにね、最近文ちゃんがメイク始めたのに気づいて、なんかいいなあって思ってたんだ」
「ほんとに?」
「うん。だからうちも、もうちょっと身だしなみに気をつけてみるか、と思ってさ」
「え、そなの!?」
少し体を引いて、丸ちゃんを見た。
「どう?」
丸ちゃんは自分の丸眼鏡を指さした。文香は顔をぐっと近づけた。
「うわっ、めちゃ綺麗。輝いてる!」
今日のレンズには、一点の曇りもなかった。
蘭やクラスのギャルたちのメイクは、毎日チェックしていたのに、丸ちゃんのレンズが輝いていることに気づかなかった。
「磨いていたらさ、だんだん楽しくなってきちゃって。汚れがつきにくくなるコーティング剤も今度買おうと思ってる」
丸ちゃんは自分で言って、ぷぷっと噴き出した。
「気づかなくてごめん」
文香は素直にあやまった。
「それはおたがいさま。うちも文ちゃんのメイク、最初からは気づいてなかったじゃない」
「まあね」
ふたりで笑いあった。
「自分が思っているほど、人のことなんて、みんなそんなに気にしてないってことかな」
丸ちゃんがひとりごとみたいに言う。
丸ちゃんの言葉が、心ににじんでいく。文香も無言でうなずいた。
こんなに優しくて大切な友だちを、同じクラスになるのが微妙とか、高校デビューするには少し華が足りないとか、さらにはいっしょに見られるのが嫌だとか、そんな風に思ってしまった自分をぶんなぐってやりたい。
丸ちゃん、ごめんね……。
工場地帯の先に見える水平線が、夕焼け色に染まりだした。
「さ、帰ろっか」
丸ちゃんが立ち上がった。



次の部活の日、佑京に会えるのが楽しみな半面、文香の足取りは軽くはならなかった。
丸ちゃんと公園で話したときは、ちょっとすっきりした気持ちになったのだが、またあの華やかで天真爛漫な蘭のペースに巻き込まれるのかと思うと、ユウウツになる。
ドアを開けると、書道教室はいつものモノトーンな空気に包まれていた。
「今日は蘭先輩、ダンス部なんだって~。俺やっぱ、帰ろっかなあ」
太輔が残念そうな顔をして、椅子を前後にガタガタ揺らした。
「太輔、うるさくするくらいなら、帰ってよ。珍しく連続で部活に顔出したと思ったら」
亜紀センパイがぷりぷりしている。
「冗談ですよ。帰りませんって」
蘭は兼部だから、毎回書道部に顔を出すわけでもなかったことを思い出した。文香は内心ホッとした。
佑京がやって来たのが目に入ると、晴れやかな気持ちで、準備を始めた。
今日はまず、「永」を書いてみよう。このあいだ佑京が蘭に書いてあげたお手本を頭に浮かべる。
いつもよりていねいに筆を運び、一枚書き上げた。
「いいですね。文香さんの書は基本に忠実で。まだ何にも染まっていないっていうか、これから文香さん次第でどんな風にもなる」
ぱっと顔を上げると、佑京の涼やかな目にぶつかった。
部活が終わり、帰りのバスに、ひとりぼんやり揺られていた。
ふわふわするのは、バスの揺れのせいだけではない。文香が書いた「永」の字への、佑京のコメントがずっと頭を行き来している。
佑京が言う、まだ何にも染まっていないわたしの書は、これからどんな風に変わっていくのだろうか。
まだ何にも染まっていないのは、恋を知らないわたし自身のことでもある……? 
恋を知ったら変わっていく……?
ふいに体の芯が熱くなった。そう思ってしまった自分が恥ずかしくて、火照った頬に手を添えた。
車窓から見える桜の木は、すっかり花びらを落としていた。その枝々にはやわらかな新緑がたくさん芽吹いている。季節が進んだ。

(気になる続きは本書でお楽しみください!)

作品紹介



書 名:わたしのbe 書くたび、生まれる
著 者:佐藤 いつ子
発売日:2025年09月26日

見た目で決めつけていたし、決めつけられようとしていた。
2025年入試国語で20校に採用された『透明なルール』著者の最新作!

容姿に自信がない高校1年生の文香は、高校デビューを夢見つつも、自分を変えるきっかけがつかめず、消去法で書道部に所属している。
そこで出会ったのは、ひときわ端整な顔立ちを持つ佑京だった。
書と真剣に向き合う彼の姿に惹かれた文香は、やがて書道そのものに魅せられ、「美しい字」を書く楽しさにのめり込んでいく。
文化祭で披露する書道パフォーマンスに向けて、個性豊かな仲間とともに練習を重ねる最中、ある出来事をきっかけに佑京の秘密が明かされ──。
果たしてパフォーマンスは成功するのか。そして、文香たちはコンプレックスを乗り越え、自分なりの「美」を掴めるのか。
10代から圧倒的支持を受ける作家・佐藤いつ子が、「自分らしさ」に悩むすべての人に贈る、熱くまばゆい物語!
朝日中高生新聞で話題沸騰の連載小説、待望の書籍化!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322504000795/
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