わたしのbe 書くたび、生まれる

【試し読み】「高鳴る鼓動」って、こういう気持ちのこと?――佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み特別公開!(3/5)
バービーさんが推薦! 見た目にとらわれていた少女が、恋と書道を通じて自分なりの「美」を見つける物語!
前作『透明なルール』では、中学校にはびこる同調圧力の本質を掬い取り、「第1回未来屋アオハル文学賞」に入賞。児童書の枠組みを超えて耳目を集めた作家・佐藤いつ子氏が最新作『わたしのbe 書くたび、生まれる』で挑むテーマは「ルッキズム」。
書道部を舞台に、コンプレックスを抱える高校生たちの葛藤と成長、人間模様をみずみずしい筆致で描きます。
今回は本作の序盤を特別に公開。
誰しもが心に抱える「自分の見た目」への複雑な想いに、共感すること間違いなし。ぜひ、お楽しみください。
書道部に入部してきた噂のイケメン・佑京とはじめて言葉を交わした文香は夢心地になる。
そんな中、思わぬ訪問者が現れて……。
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佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み(3/5)
隣の机で、後輩の小春が静かに墨をすっている。かすかに墨の香りが漂ってきて、文香の心がすっと凪いでいく。
時間もかかるし面倒だから、いつも墨汁を使っていたけれど、今度は墨をすってみようかな、と思った。
早く佑京の書を見てみたいのに、今日も佑京は書棚からいろんな専門書を出しては眺めている。
さっき、佑京が亜紀センパイの作品の「余白がいい」と言ったことが頭をよぎった。
「魂」という字が、力強く紙いっぱいに書かれているという印象しかなかった。
文香は静かに立ち上がり、もう一度廊下に出て、亜紀センパイの作品を、近づいたり離れたりしながら、しげしげと眺めた。
余白には、墨が飛び散ったあとが何か所もあり、それが力強さを引き立てている。そして、よく見ると朱色の落款の位置も、左下ではなく右端の上下中央にあった。筆を払った上のあたりだ。
そっか。ここに落款を押すことで、左下に余白が生まれる。この落款が左下だったらまた別の印象になったかも。
上を向いて、どんな感じか想像してみた。すると勝手に、佑京の顔が頭に流れてきた。
この話題で話しかけられるかな、なんてよこしまな気持ちがふくらむ。
もし、あんなに見目麗しい佑京が彼氏になってくれたら……。
願ってもない高校デビュー。想像するだけで、夢心地になる。
――文香、さん。
もし、ふたりっきりでいるときに、そう呼ばれたら……。
胸がとくとくする。
ふと、去年コンクールに出した『高鳴る鼓動』を思い出した。
「高鳴る鼓動」って、こういう気持ちのこと?
去年練習しているときは、「高鳴る鼓動」の状況なんてほとんど考えていなかった。
「書き手の純粋な気持ちが出ている方が、いい作品になる」と言った、榛名先生の顔がちらりと浮かんだ。
文香は立ったまま、空中で筆を運んでみた。今、実際に書いたら、これまでとは違う作品が出来そうな気がする。
そのとき、廊下がとたんに騒がしくなった。目が覚めたように横を向くと、同じ学年のダンス部のギャル五、六人が、こちらに向かってくる。
いつもしんと静まりかえった書道教室の廊下では、異様な感じである。
一体どこに行くのか、文香がぽかんと見ていると、集団は文香の前で歩みを止めた。
髪型もメイクも、みんな似たような雰囲気だ。そろって可愛いのだが、ひときわ輝く女子が、一歩前に出た。
須藤蘭(すどうらん)。学年で一、二を争うくらい可愛くて華やかな子。ティーンズ雑誌から抜け出てきたみたいな、完璧な容姿。内進生で蘭を知らない人はいない。
「ねえ、あなた、書道部?」
大きな目に吸い込まれそうになる。マスカラに縁どられ、顔の三分の一くらいは占めていそう。
明るい髪の色に合わせてカラコンをしているのか、瞳の色も淡い。
「う、うん」
文香がしどろもどろに答えると、
「蘭、『あなた』って、この子同じ学年の子だよ。望月さん、だよね?」
まわりの子のひとりが蘭の肩を叩いた。ほとんど交流はなかったけれど、確か中一のときに同じクラスだった子だ。
「あ。ごめん。望月さん、あたし今日から書道部に入るから、部員のみんなに紹介してくれる?」
「えっ? あの、ダンス部は?」
文香は、声が裏返りそうになった。
「高校生になったら、兼部もオッケーなんだよ! ダンス部が休みの日は、こっちに来るし。まあ適当にやるわ」
自分も熱心ではなかったけれど、適当に、なんて言われるともやもやする。
「望月さん、下の名前は何ていうの?」
「文、香」
「文香、あたしは須藤蘭。これからよろしくね!」
笑顔の蘭の直球が、ずばずばと投げこまれる。
「じゃあ、みんな。ということで、今日は書道部に出まーす」
蘭はくるりと振り返って、ダンス部メンバーに片手をあげた。
「ちょっとー、噂の佑京くん、中にいるの? 見たーい」
気配を察したのか、亜紀センパイが内側からドアを開けた。ダンス部の子たちが佑京を見ようと、背伸びをしたり、顔を横から出したりした。
「あれが、蘭が一目惚れしたっていう、切れ長の目ね。うん、分かる!」
「わー、マジで蘭にお似合いかも」
黄色い歓声が上がる。
文香は呆然とした。状況に心がついていかない。
「どうしたの? 静かにして」
亜紀センパイが眉間にしわを寄せた。
「須藤蘭です。よろしくです!」
蘭がぺこりとお辞儀をした。
(つづく)
作品紹介
書 名:わたしのbe 書くたび、生まれる
著 者:佐藤 いつ子
発売日:2025年09月26日
見た目で決めつけていたし、決めつけられようとしていた。
2025年入試国語で20校に採用された『透明なルール』著者の最新作!
容姿に自信がない高校1年生の文香は、高校デビューを夢見つつも、自分を変えるきっかけがつかめず、消去法で書道部に所属している。
そこで出会ったのは、ひときわ端整な顔立ちを持つ佑京だった。
書と真剣に向き合う彼の姿に惹かれた文香は、やがて書道そのものに魅せられ、「美しい字」を書く楽しさにのめり込んでいく。
文化祭で披露する書道パフォーマンスに向けて、個性豊かな仲間とともに練習を重ねる最中、ある出来事をきっかけに佑京の秘密が明かされ──。
果たしてパフォーマンスは成功するのか。そして、文香たちはコンプレックスを乗り越え、自分なりの「美」を掴めるのか。
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