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試し読み

【試し読み】ギャルたちから見たら、わたしもアニオタ組に思われるんだろうな。それってちょっと嫌かも……。―― 佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み特別公開!(2/5)

バービーさんが推薦! 見た目にとらわれていた少女が、恋と書道を通じて自分なりの「美」を見つける物語!
前作『透明なルール』では、中学校にはびこる同調圧力の本質を掬い取り、「第1回未来屋アオハル文学賞」に入賞。児童書の枠組みを超えて耳目を集めた作家・佐藤いつ子氏が最新作『わたしのbe 書くたび、生まれる』で挑むテーマは「ルッキズム」。
書道部を舞台に、コンプレックスを抱える高校生たちの葛藤と成長、人間模様をみずみずしい筆致で描きます。
今回は本作の序盤を特別に公開。
誰しもが心に抱える「自分の見た目」への複雑な想いに、共感すること間違いなし。ぜひ、お楽しみください。

高校デビューを願ってメイクの練習に励みつつも、元々の外見や所属するグループへのコンプレックスから、イマイチ弾けきれない文香。
そんななか、中学時代から惰性で所属していた書道部に、噂のイケメン・佑京が入部してくる。

▼ この作品の試し読み一覧はこちら
https://kadobun.jp/trial/watashinobe/

佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み(2/5)

書道部の活動は月水金の週三日。ゆるい部活なので休むのも自由だし、練習メニューも決まっているわけではなく、各自それぞれって感じだ。
顧問の榛名(はるな)先生が顔を出してくれたときに、指導を仰ぐ場合もあるけれど、先生から指示されることはなく、基本生徒たちの自主性に任されている。かといって、榛名先生は放任タイプではない。
書道教諭ゆえ、書に対する造詣が深いことは言わずもがなだが、その書道愛も半端ない。書をたしなむ文香たちのことを、時に厳しく、でも温かく見守ってくれている。
高校生は自分がやりたいジャンルの書に取り組むが、中学生の間は、書道展や書道コンクールでの課題を練習するのが慣例だった。
『高鳴る鼓動』
中三のとき、あるコンクールで出た課題だ。我ながらいい出来だと思って、榛名先生に見てもらうと、
「望月さんは、うーん。確かに上手なんだけどねえ」
榛名先生はあごに手のひらを添えた。
「望月さん、これ書くときどんなこと考えた?」
「え? どんなことって、お手本通りに書くことに集中してました」
「うん。そうだよね。お手本に忠実にはなってる。でもね、書道ってそれだけじゃないんだよ」
文香の唇が少しとがる。
「うまく見せようとするんじゃなくて、多少下手でも、書き手の純粋な気持ちが出ている方が、いい作品になるのよ」
榛名先生の言っていることがピンとこない。心を込めたかと言われると、はてながつくけれど、決して手を抜いて書いたつもりはない。
そのコンクールでも落選した。中学三年間の部活を通して、入選はゼロだ。



リアルのヒカル様、桂田佑京(かつらだうきょう)が入部してきてから、今日は三度目の部活がある。佑京は南ヶ丘学園では珍しく県北部の中学からの高入生で、中学には書道部がなかったらしい。
近くに住む伯母が習字教室の先生をしていて、幼いころからずっと書に親しんできたとか。
書道教室の廊下の壁に展示されている、数年前の先輩や亜紀センパイの入賞作品を鑑賞しているところを、太輔が逃さなかったらしい。
太輔、グッジョブ。
文香は心の中で何度も太輔に感謝した。
アニオタの丸ちゃんたちだけでなく、佑京は内進生の、いや多分高入生をふくめても、たちまち噂の人となった。
「今度ヒカル様、紹介してよ~」
休み時間、丸ちゃんが猫撫で声で、腕をからめてきた。
「ヒカル様じゃなくて桂田佑京くんね。紹介だなんて、無理無理。まだろくにしゃべったことないし」
手をひらひら振りながら、教室の後ろではしゃいでいるギャルたちに目を向けた。元も可愛い上にメイクもバッチリ。
あの子のアイライン、上手だな。真似できるかな。確かモテメイクのサイトに、アイラインの引き方書いてあったな。家に帰ったら練習してみよっと。マスカラも買い足さなきゃ。瞳を大きくするカラコンをつければ、わたしも目を大きく見せられるかな……。
「こないだ考察サイトでね……」
丸ちゃんのアニオタ話が素通りしていく。ギャルたちから見たら、わたしもアニオタ組に思われるんだろうな。それってちょっと嫌かも……。
「ねえ、文ちゃん」
ハッとした。
「お肌つやつやじゃない? あれ、リップも塗ってる?」
丸ちゃん、今ごろ気づいたんかい。でもやっぱり嬉しい。



放課後になって、書道教室への階段を上った。もうすぐ佑京に会えると思うと、自然と足取りも軽くなる。こんな弾んだ気分で部活に向かうなんて、初めてかも。
今年から、どんなジャンルに取り組むか、そろそろ真面目に考えなくてはいけない。
書道には、漢字、かな、前衛などいろんなジャンルがある。また、作品をどんなサイズで書くかによっても、いろいろだ。
亜紀センパイは、文字数が一字や二字で表わされる漢字の大字の作品に取り組んでいる。亜紀センパイの筆は力強いので、カッコいい。
佑京はどんな書を書くのだろう。このあいだは、書道教室の書棚から専門書をいろいろ引っ張ってきて、何か考えている様子だった。
これからどんなジャンルに取り組むのか、興味津々だ。
書道教室に続く廊下に出たとき、足が止まった。佑京がまた廊下の展示作品を眺めていた。
息を吸い込んでから、歩みを進める。文香の足音に気づいた佑京が、
「こんにちは」
と声をかけてくれた。文香も挨拶を返したが、声がかすれてしまって、佑京の耳には多分届いていない。
佑京は亜紀センパイの入選作品『魂』という大字に見入っていた。
「この作品、いい、ですよね」
やっとの思いで、声を出せた。
「はい。好きな作品です」
作品を鑑賞する佑京の目は、澄んで綺麗だ。文香は自分の目を隠したくなる。
「余白がいいですよね」
余白? そんなこと考えもしなかった。
佑京は続けた。
「望月さんとは同学年ですね。よろしくお願いします」
「あ、はい」
文香が口元のにやけをこらえていると、部活にやって来た亜紀センパイが割り込んできた。
「佑京くん、うちの部は人数も少ないし、みんなファーストネームで呼び合って気さくにやっているから、望月さんじゃなくて、文香でいいからね」
「なるほど。でも呼び捨ては慣れてないので。じゃ、文香、さんで」
照れくさそうな佑京に、一気に胸が熱くなった。
――文香、さん。
佑京の澄んだ声が耳の奥をくすぐる。

(つづく)

作品紹介



書 名:わたしのbe 書くたび、生まれる
著 者:佐藤 いつ子
発売日:2025年09月26日

見た目で決めつけていたし、決めつけられようとしていた。
2025年入試国語で20校に採用された『透明なルール』著者の最新作!

容姿に自信がない高校1年生の文香は、高校デビューを夢見つつも、自分を変えるきっかけがつかめず、消去法で書道部に所属している。
そこで出会ったのは、ひときわ端整な顔立ちを持つ佑京だった。
書と真剣に向き合う彼の姿に惹かれた文香は、やがて書道そのものに魅せられ、「美しい字」を書く楽しさにのめり込んでいく。
文化祭で披露する書道パフォーマンスに向けて、個性豊かな仲間とともに練習を重ねる最中、ある出来事をきっかけに佑京の秘密が明かされ──。
果たしてパフォーマンスは成功するのか。そして、文香たちはコンプレックスを乗り越え、自分なりの「美」を掴めるのか。
10代から圧倒的支持を受ける作家・佐藤いつ子が、「自分らしさ」に悩むすべての人に贈る、熱くまばゆい物語!
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