わたしのbe 書くたび、生まれる

【試し読み】バービーさんが推薦! 見た目にとらわれていた少女が、恋と書道を通じて自分なりの「美」を見つける物語――佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み特別公開!(1/5)
10代の私は言葉に傷つき外見ばかり気にしてた。
けれど夢中で生きてきたら、今はもう笑い飛ばせる。
美しさってそういうことかも。
――バービー(お笑い芸人)
前作『透明なルール』では、中学校にはびこる同調圧力の本質を掬い取り、「第1回未来屋アオハル文学賞」に入賞。
児童書の枠組みを超えて耳目を集めた作家・佐藤いつ子氏が最新作『わたしのbe 書くたび、生まれる』で挑むテーマは「ルッキズム」。
書道部を舞台に、コンプレックスを抱える高校生たちの葛藤と成長、人間模様をみずみずしい筆致で描きます。
今回は本作の序盤を特別に公開。
誰しもが心に抱える「自分の見た目」への複雑な想いに、共感すること間違いなし。ぜひ、お楽しみください。
佐藤いつ子『わたしのbe 書くたび、生まれる』試し読み(1/5)
1.
スクールメイク用のコスメを買い足してきた。百均やドラッグストアで買えるような、安物だけれど。
今まで買い集めたコスメも引き出しから取り出して、机の上に並べた。
ベースメイクには、ファンデーション代わりのUVクリーム。ニキビあとやソバカスを隠すためのコンシーラー。アイブロウペンシルに、チークや薄付きのリップなどなど。スクールメイク初心者にはじゅうぶんだろう。
文香は明日、中高一貫校の南ヶ丘学園の高等部に、中等部から持ち上がる。高校生になると、厳しかった校則が断然ゆるくなる。
高校生の先輩たちを見ていると、高校から入学してくる生徒たち( 高入生と呼ばれている)には派手な子が多い。茶髪にしたり、ピアスやメイクをしたりする子も結構いる。一方、文香たち内進生はなかなか弾けきれない。
でも、文香は狙っている。
――高校デビューを!
明日はいよいよ高校の入学式。高入生たちが入学してくる。文香たち内進生と高入生とは、クラスは分かれているが、行事や部活を通して、だんだんと融合していくようだ。
文香は書道部の
書道部は中高生がいっしょに活動している。一学年上の亜紀センパイは現在書道部の部長で、高校に上がってからすっかりあか抜けた。まさしく高校デビューの成功例だ。
高入生のイケメン剣道男子とつきあったのが勝因ではないかと、文香はこっそり分析している。
ま、亜紀センパイはもともと地顔も整っていたしね。
机の上のスタンドミラーを引き寄せ、しげしげと自分の顔を見つめた。
あー、やっぱ目が残念すぎ。とろんとしたはっきりしない目。小さいし離れてる。お母さんに似ちゃった目。
目を大きく見せることは多少できたとしても、目を寄らせる技はないし。
鼻の付け根のあたりをつまんで目を寄せてみる。そのとき、玄関の鍵を回す音が聞こえた気がした。
やばっ。お母さん帰ってきたかも。
文香は机の上のコスメを、両腕でかき集めた。お母さんはうるさいタイプではないけれど、驚かれたり冷やかされたりするのも面倒だ。
しばらく様子を見てみたが、どうやら空耳だったようだ。ふうっと息を吐くと、UVクリームのキャップをひねった。スマホでお気に入り登録しているサイトを開く。
『ナチュラルでモテるスクールメイク』
何事も練習は大事。
*
翌朝、学校へ向かうバスに乗ると、ポーチから手鏡とリップを取り出した。
鏡にうつる肌は、いつもよりトーンアップしている気がする。スクールメイクにおすすめのUVクリームの効果だろうか。ポニーテールの後れ毛も、いい感じ。
リップをそろそろと引いてみると、顔がぱっと明るくなった。
いいじゃん!
思わず微笑んでしまったが、鏡見て笑ってる女子高生なんてやばいな、とすぐに真顔に修正した。
中三で同じクラスだった丸ちゃん、
中学では運動系の部活に入っている子が、どうしたって目立っていて、一方でわがトリオは目立つことを知らない。
それでも同じアニメが好きということで盛り上がれるから、文香はいっしょにいるのが楽しかった。それが最近はアニメに少し飽きてきて、実は前ほどのれなくなってしまった。
そこを見せずにふたりに合わせるのは、少々苦痛だ。
ふたりは二次元キャラクターに夢中で、恋バナなど全く話題に出ない。本当はそういう話もしたいんだけど。
高校でも同じクラスになれたらいいね、と三人で語り合ってはいたが、文香は内心微妙だった。高校デビューのためには、もう少し華やかさが必要かもって、思ってしまう。
学校前のバス停で降り、校門に続く坂を上っていく。突風が吹いて、桜の花びらが舞い散ってきた。足を止め、坂に植えられた桜の大木を見上げた。
やわらかな春の空をバックに、たくさんの花びらが舞い降りてくる。顔に花びらのシャワーを受けた。
今年の桜は、咲き始めが遅かった上に長持ちしていたので、入学式にぎりぎり間に合った。今日の強風で大方散ってしまいそうだが、なんだか幸先のよいスタートが切れそうだ。
すると、駆け足が近づいてきて、背中をバンと叩かれた。
「文ちゃん、聞いて!」
丸ちゃんだった。トレードマークの丸眼鏡には、いつものように指紋がついて曇っている。
どうしてレンズ、拭かないかなあ。
中学生のときからたしなめているのに、一向に気にする様子がない。
「どしたの、丸ちゃん」
テンション高めな丸ちゃんについていけず、文香の声のトーンは低い。
「ヒカル様が……」
丸ちゃんはよっぽど走ってきたのか、息が切れて言葉が続かなかった。
ヒカル様というのは丸ちゃんの推しの二次元キャラクターだ。朝からその話かと、げんなりしそうになったとき、
「リアルのヒカル様がね、高入生の中にいたっ!」
丸ちゃんの目がハートに輝いた。
*
話半分に聞き流したものの、入学式が始まると、文香は高入生の方をちらちら盗み見た。やっぱり、丸ちゃんの言う「リアルのヒカル様」を見つけることはできなかった。
丸ちゃんは「電車の中で発見」と言っていたが、うちの男子の制服は特徴のない学ランなので、他の高校の子と見間違ったのかもしれない。丸ちゃんはきっと舞い上がっていただろうから、その可能性は大だ。
中学からの持ち上がり組、内進生を見わたすと、中には今日からばっちりメイクの女子たちがいて、正直驚いた。髪の色もかなり明るい。
中学生のときから目立っていた、ダンス部やテニス部の華やか系女子グループの子たちのようだ。
自分のスクールメイクなんて全然だったな、と文香はがっかりした。
結局、同じクラスになった丸ちゃんからのコメントもゼロ。いつもいっしょにいる丸ちゃんが気づかないなら、きっと誰にも気づかれていない。
いっそ、華やかな部活への転部が、高校デビューへの近道かも、との考えが頭をかすめたが、首を横に振った。
スポーツが苦手な文香にとって、毎日運動するなんて地獄だ。何より彼女たちのノリについていける気がしない。
放課後、部室である書道教室に向かう文香の足取りは重かった。地味で退屈な書道部へのモチベーションは低下する一方だ。
昨夜、書道部のメッセージグループに亜紀センパイから、「明日は新入部員獲得のための策を練ろう」と連絡が入っていた。
高三の先輩が引退したあと、書道部には四名しかいない。文香の他は、高二で部長の亜紀センパイ、中二の
最低でも今年一名入ってくれないと、部の存続の危機でもある。
書道教室のドアを力なく開けると、亜紀センパイと小春が、話し合いをするために机を合わせていた。
「文香先輩、こんにちは」
小春が手を止めて、直立する。上下関係が厳しい部ではないのに、いつも小春は律儀だ。
「太輔見なかった?」
文香が挨拶する前に、亜紀センパイが口を開いた。
「あー見てないなあ。小春、太輔に部活来るように声かけた?」
文香は小春に目を向けた。
「はい。今年は太輔と同じクラスになったので、ホームルームが終わったときに声かけたんですけど……」
小春の声が小さくなる。
「いいよ、そのうち来るでしょ。じゃ、三人で始めていよっか」
亜紀センパイは笑顔を作って、椅子を引いた。
やっぱり亜紀センパイって可愛いな。恋すると変わるのかな。いいなあ。ってか、亜紀センパイも小春も、わたしのメイクに気づいていない?
残念顔を押し込めて、文香が最後に席に着くと、
「あのさ、今さらなんだけど、ふたりが書道部に入ったきっかけって何なの? 新入部員を勧誘するにあたって、聞いておきたくなって」
亜紀センパイが、文香と小春を交互に見た。文香が口ごもっていると、小春が先に口を開いた。
「わたしは、書くのが好きだからです。あと、墨をするのも好き」
「小春は墨汁、使わないもんね」
亜紀センパイがうなずく。
「それで、小学生のころからお習字教室に通っていて、中学生になったら書道部に入ろうって決めていました」
「へえ、そうなんだ。で、文香は?」
「わたしは……」
文香は視線を膝元に落とし、スカートのしわを意味もなく伸ばした。
書道部に入ったのは、正直他に特にやりたいものがなかったからだ。やはり小さいころから習字教室には通っていて、小学生のときは何度か書道展で入選したこともある。
自分の数少ない特技だとは思っているが、小春みたいに「書くのが好き」とは思ったことがなかった。
中学に入って帰宅部ではつまらないし、親からも何か部活をやるように勧められた。スポーツは苦手だし、他に興味があるものもなく……。
目線をうろつかせていると、
「あ、消去法的な?」
亜紀センパイから図星のつっこみ。
「い、いえ。そういうわけじゃ」
顔の前で両手を振っていたとき、バン、とドアが開いた。振り向くと、
「新入部員、ゲットー」
鼻をふくらませた太輔が、親指を立てた。
「ちょっと、太輔。書道教室のドアを開けるときは静かにって言ってるでしょ。今日は話し合いだけど、集中して書いているときだってあるんだから」
亜紀センパイがたしなめても、太輔は唾を飛ばさんばかりに続けた。
「ってか、センパイ、聞こえた? 新入部員、ゲットだぜ」
「はいはい。太輔はここに座って」
お調子者の太輔に取り合うことなく、亜紀センパイは隣の椅子を引いた。
「あー、もうっ。ほんとなんだって。俺が勧誘したんだぜ」
太輔はじれったそうに軽く舌打ちすると、今度はらしからぬていねい語で、廊下に向かって声を飛ばした。
「どうぞ中に入ってください」
太輔にいざなわれて、その人が教室に姿を見せた。
一瞬、文香の息が止まった。
八頭身を思わせるすらっとした長身。透き通るような色白の肌。
そして切れ長の美しい目――。
リアルのヒカル様だ!
(つづく)
作品紹介
書 名:わたしのbe 書くたび、生まれる
著 者:佐藤 いつ子
発売日:2025年09月26日
見た目で決めつけていたし、決めつけられようとしていた。
2025年入試国語で20校に採用された『透明なルール』著者の最新作!
容姿に自信がない高校1年生の文香は、高校デビューを夢見つつも、自分を変えるきっかけがつかめず、消去法で書道部に所属している。
そこで出会ったのは、ひときわ端整な顔立ちを持つ佑京だった。
書と真剣に向き合う彼の姿に惹かれた文香は、やがて書道そのものに魅せられ、「美しい字」を書く楽しさにのめり込んでいく。
文化祭で披露する書道パフォーマンスに向けて、個性豊かな仲間とともに練習を重ねる最中、ある出来事をきっかけに佑京の秘密が明かされ──。
果たしてパフォーマンスは成功するのか。そして、文香たちはコンプレックスを乗り越え、自分なりの「美」を掴めるのか。
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