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試し読み

King & Prince永瀬廉初主演映画『うちの執事が言うことには』 原作小説試し読み②

King & Prince永瀬廉さん初の主演作として話題の映画『うちの執事が言うことには』がいよいよ、5/17(金)に公開となります。

カドブンでは、原作となった同名小説第1巻の試し読みを
映画の公開日までの5日連続で毎日配信いたします。

この機会に「最強不本意主従が織りなす上流階級ミステリー!」をお楽しみください!



<<第1回へ


   2

 幼い花穎の目には、鳳は何でも出来るスーパーヒーローに映っていた。
 十八年前、花穎が生まれた時、鳳は既に、烏丸家の執事として彼の家にいた。
 幼等部に通う頃はまだ、他の使用人や家に出入りする父親の会社の人々と大差なく、両親を助け、使用人達に指示を出す、親切なおじさん、という認識だった。
 花穎の認識が変わったのは、母親が亡くなった後だろう。花穎、六歳の年だ。
 父親は家にいる間、花穎とよく遊んでくれたが、当然、仕事で家を空ける時間の方が長い。その間、花穎は母親と過ごしていたが、六歳の夏以降、最も花穎の傍にいたのが鳳である。
 彼は使用人を差配し、父親の身の回りの世話や不動産の管理を行いながらも、花穎の勉強を助け、悩み事の相談に乗り、時にはカードゲームにも付き合ってくれた。花穎が眠れなければ寝付けるまで枕元で本を読み聞かせた。
 花穎が父親と遊びに行きたいと駄々を捏ねた時には、父親の説教が終わるまで見守り、後からそっと、調整した予定表とテーマパークのチケットを父親に差し出した。
 父親が第一線を退いて隠居すると連絡をして来たのが先月の事。
 花穎は、家督相続と同時に、鳳も自分付きの執事になるのだと思い、諸々の手続きを終えるや否や、喜び勇んで帰国した。
 ところが、
「鳳ー。いないのか? バトラー」
 花穎は椋の扉を叩いて、嘆息した。
 厨房に近い、作業室の扉だ。朝食後の自由時間には大抵、鳳はここにいた。自由と言っても、執事には一日では終わらないほど仕事がある為だ。
 作業室の奥には、執事が自由に使える客間と寝室が一続きになっているが、返事どころか人の気配もない。
 俯くと、眼鏡が鼻先にずり落ちて来る。ネジが弛んでいるのだ。花穎は眼鏡を押し上げ、扉から数歩離れた。
 背後で扉の開く音がした。
「花穎様。お呼びでしょうか?」
 衣更月が扉を閉めて廊下に立つ。花穎は驚いて、目を白黒させた。
「気配がなかったぞ? お前、人間か?」
「生憎と、本日までの全ての人生を人間として生きて参りました」
 冗談が通じない。
 花穎はげんなりして、作業室の扉と衣更月に背を向けた。
「もういい。雪倉に、昼食はいらないと伝えておいてくれ」
「お引き受け致しかねます」
 断わられて、つい歩が止まる。花穎はすぐに自身のミスに気が付いた。
「そうか。片瀬さんか。厄介だな」
 その程度の間違い、黙認して、片瀬に伝言してくれれば良いではないか。父親がバースデイカードで取引相手の娘の名前を間違えた時は、鳳は何も言わずに正しい漢字に訂正した。
 花穎が不服に唇を尖らせたが、衣更月は妙な事を言う。
「間違いがないか、念入りに確認を取り、御報告に上がるところでした」
「間違い? 聞けば分かるだろう。主人に辱めを与えるつもりか」
「いいえ。そうならないよう数え直しておりました」
 意味が解らない。衣更月は花穎と同じ日本語を話しているだろうか。花穎が首を傾げると、衣更月の整った顔が微かに曇る。
「御用件は、その件ではないのでしょうか?」
「どうも話が通じないな」
「そのようです」
「間違いとは何だ?」
「私が勘違いをしている可能性です」
「何に関して?」
 花穎が問いを重ねて詰め寄ると、衣更月はとんでもない事を言い出した。
「当家に泥棒が入ったようです」
「えっ!」
 花穎は飛び上がった。内臓が下がる感覚がして、血の気が引いた。
「警察に通報はしたのか?」
「いいえ」
「何故、しない」
「花穎様にお知らせする義務を優先させました。また、安易に通報する事で、家名を傷付けてはならないと考えました」
「家名を傷付ける? 見ず知らずの泥棒の悪事が、我が家の汚点になる筈がない」
「見ず知らずであれば、そうでしょう」
 でなければ、何だと言うのか。
 衣更月の無表情な眼差しが、鏡の様に花穎の疑念を反射する。
 見ず知らずであれば。
 花穎は彼の真意に思い到って、眉根を寄せた。
「この家に犯人がいるのか!」
「或いは。当家に出入りした者の中に」
 衣更月が冷静に肯定した。
 花穎は急に心許ない気持ちになって、そわそわと辺りを見回した。使用人用の廊下は陽が殆ど差さないので、階段や棚の陰など、人が身を潜められる暗がりが多い。
「いつ? 何が盗まれた?」
「昨日から今朝にかけての間と思われます。銀食器の一部とティーカップのセットが失くなっているのを確認しました」
「昨日……」
 花穎は頭を過った符合に、半歩、踵を退けた。
「……お前が執事の任に就いてすぐだな」
「はい。恐れながら、私が花穎様・・・にお仕えしてすぐの事です」
「!」
 花穎と衣更月の言葉は、表面上は殆ど同じだが、意味するところは随分と異なる。
 衣更月はフットマンとして長くこの家にいた。一方、花穎は昨日、イギリスから帰国したばかりだ。烏丸家にとってより大きな変化は、衣更月ではない。花穎である。
「真一郎様に御連絡致しますか?」
「しない」
 花穎は靴底を床に押し付けて、背の高い衣更月を真っ向から見据えた。
「何人たりとも、烏丸家の名に傷は付けさせない。犯人は僕が見付け出す」
 犯人が、父親より花穎の方が出し抜くに与し易いとでも思ったのならば、後悔させてやる。
 花穎の決意にざわめくかのように、古い窓が春先の強風でカタカタと震えた。

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書誌情報はこちら≫高里 椎奈『うちの執事が言うことには』



>>映画『うちの執事が言うことには』公式サイト


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