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King & Prince永瀬廉さん初の主演作として話題の映画『うちの執事が言うことには』がいよいよ、5/17(金)に公開となります。

カドブンでは、原作となった同名小説第1巻の試し読みを
映画の公開日までの5日連続で毎日配信いたします。

この機会に「最強不本意主従が織りなす上流階級ミステリー!」をお楽しみください!
(第1回から読む)

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「こちらが銀食器の保管場所です」
 衣更月に連れられて、花穎は一階の北端に位置する小部屋に足を踏み入れた。
 十二歳まで暮らした家だが、この部屋に入るのは初めてだ。
 一階の南側には書斎と応接間、晩餐室、居間などの家族が暮らすスペースがあり、壁で隔てた北側に厨房、食品保管室、リネン室など、作業に必要な部屋がある。
 南側と北側の行き来は可能だが、その為には一旦、三階まで上って使用人用の階段を下りるか、壁に同化するように隠して作られた通用扉を開けなければならない。古式ゆかしいこの家では、住人が使う廊下と使用人の廊下は分けられており、互いに不可侵であるべきだと花穎は教えられた。
 花穎が、鳳に会いに執事作業室まで行く事はあっても、それ以外のバックヤードにまで入ろうと思わなかったのは、この父親の教えの為だ。
「こうなっていたのか」
 花穎は食器保管室をしげしげと眺めた。
 畳二畳分ほどしかない、狭い部屋だ。三方の壁に戸棚が設えられており、右面には様々な食器が、正面には無数のグラスが、そして左面には桐で作られた木箱が仕舞われている。
「こちらです」
 衣更月は正面の戸棚の前に立った。上半分は硝子戸になって、中のグラスが見えるが、下半分は木製の抽斗になっている。衣更月が一番上の抽斗を開け、戸棚の前を花穎に譲った。
 抽斗の中には、銀食器が収められていた。
 木枠の上に白い布を敷き、様々な大きさと形のナイフ、フォーク、スプーンが行儀良く並ぶ。だが、枠に対して、食器の数が少ない。左から六列目までごっそり消えているのが分かる。
「ティーカップは箱ごと持ち去られています。伊万里や古瀬戸は無事でした」
「この部屋に鍵は?」
「ございます。毎朝、朝食の準備前に作業に必要な全ての部屋の鍵を開け、私の就寝前に鍵を掛ける決まりです」
「では、日中は誰でも入る事が出来た訳だ」
 犯人の特定には結び付かない。寧ろ、外部の人間が夜に忍び込むのは困難になる。
「昨日の夜、施錠する時に確認はしなかったのか?」
「昨夜は私しか食事をしなかった為、銀食器は使いませんでした。昼に磨いた時には全て揃っておりましたので、すっかりそのままだと思い、抽斗を開けずに扉を施錠してしまいました」
「鳳に聞いた話では、毎晩、羊の代わりに銀食器を数えると言っていたけどな」
「……申し訳ありません」
 衣更月が目許を硬くする。
 過ぎた事は仕様がない。花穎は手にした桐の箱を棚に戻した。
「門の防犯カメラの録画を見る」
 花穎は勢い込んで食器保管室を出たが、一歩目で、自分が何処で防犯カメラの映像を記録しているかを知らない事に気が付いた。
 フライングをして、時間が追い付くのを待つのが気恥ずかしい。衣更月が抽斗を戻し、扉を閉めて、鍵を掛けるまでの時間がやけに長く感じる。
「お待たせ致しました、花穎様」
「遅い。速く歩け」
「はい」
 衣更月が先導して歩き始めたので、花穎は秘かにホッとして、歩を再開した。
 連れて来られたのは、一階の書斎だった。
「どうかなさいましたか?」
「いや……この部屋はずっと父の場所だったから、若干、気が引ける」
 花穎は後込みして、扉の傍で足を留めた。
 父親から受け取った手紙には、跡目を譲る旨だけが書いてあり、翌日、研究室を訪れた父親の弁護士に相続の説明と膨大な書類を届けられた。
 花穎は、父親の身に何かよからぬ事が起きたのではないかと、慌てて電話をした。すると、父親は持ち前の暢気な声でこう言った。隠居して、世界中を旅して廻るから後を頼む、と。
 花穎は困惑した。その日は好物のミートソースグラタンも喉を通らなかった。
 彼はまだ十八歳で、日本の法律では制約も多い。学業は鳳のお陰で幸い、大学院の博士課程まで修め終わっていたが、いつまでも学校に籍を置いて、研究室の隅で本とばかり付き合って来た花穎に、いきなり烏丸家を継げるとは思えなかった。
 けれど、頑張ってみようと思えたのは、鳳がいるからだ。
 鳳が自分の執事になるからこそ、父親の無理な話を受け入れようとも思えたのだ。
 ところが、何とか家に辿り着いてみれば父親の姿はなく、鳳の出迎えもない。合鍵で家に入って、疲労困憊、倒れるように眠りに就けば、翌朝、見知らぬ男が執事だと名乗り、挙げ句、泥棒が入ったなどと言う。
 花穎はおそらく、自覚の外で、悪い夢を疑っていたのだろう。
 空の書斎に通されて、いよいよ父親の席に自分が座るのだという実感が湧く。
「花穎様」
「……二十七時間前から早送りで再生しろ」
 花穎は拳に力を籠めて、大股で書斎の机に移動した。
 衣更月がパソコンとは別の、数本のコードしか繫がっていないモニターに電源を入れる。パソコンからのアウトプットはされるが、パソコン内のデータには干渉出来ないようだ。執事と雖もそこまでの権限はない。
 衣更月はテレビのリモコンの様な物を操作して、白黒の映像を画面に呼び出した。
「これは現在の表門前の様子です。警備会社に転送されているものと同じ映像をこちらで見る事が出来ます。録画データも同様です」
 彼は更にリモコンのボタンを幾つか押す。門柱の輪郭にモザイクをかけたみたいに粗くノイズが入り、門が開いては人が紙芝居の様に飛び飛びで後退する。
 左下の日付が昨日、七時半まで遡った。
「早送りで再生します」
 衣更月が再びリモコンを操作すると、不連続だった画面が流れを持ち、ロードレース用の自転車が門扉を通った。
「今のが雪倉叶絵かなえの息子、峻です」
「あの自転車は、日本では道路交通法に違反するのではなかったか?」
「事前にブレーキを付けさせております」
「なら良い」
 使用人の不始末は雇い主の不始末だ。今まさに、その不始末を探しているのだが。
 八時十二分、次は徒歩の女性が門を潜った。動き易い格好に、薄いトートバッグという軽装で、身許は予想出来ていたが、花穎は一応、画面を指差した。
「彼女は?」
「雪倉叶絵の従姉妹、片瀬優香です。通常、八時には厨房に入っておりますが、昨日は朝食を作る必要がなかった為、この時間になったものと思われます」
「そうか。人の出入り以外は飛ばせ」
 花穎は椅子のアームレストに肘を突いて、背凭れに身体を預けた。
 録画は非常に退屈な映像だった。画像と言っても良い。
 朝の二人を除いて、訪問者はなし。訪問販売も宅配便の配達もない。夕方の十七時に峻が、二十時には片瀬が、来た時と方向だけを逆さにして門を通る。日付が変わった深夜一時、タクシーが停まって花穎が降り、朝方に新聞配達と峻、片瀬が出勤して再生が終了した。
「よし、分かった」
 花穎は上体を起こして、右手の平で机を叩いた。
「全ての部屋を調べる」
「畏まりました、花穎様」
 衣更月が応じて、モニターの電源を落とした。
 従順さは時折、物足りなさを与える。
「理由を訊かないのか?」
 花穎が横目に衣更月を見上げると、彼は即、応じた。
「家中をお調べになる理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
 花穎に言われてから尋ねた衣更月の問いは、取って付けたように聞こえるが、目を瞑ろう。花穎は椅子を四分の一回転させて、身体の前で両手を十五センチほどの幅に揃えてみせた。
「ティーカップの箱は、いくら小さくてもこれくらいはあるだろう」
「はい」
「雪倉峻の自転車に籠はなく、鞄は財布とスマホが入るのがやっとのショルダーポーチ。片瀬優香のトートバッグは厚みがなかった。どちらも、家から箱を持ち出すのは困難な装備だ」
「はい」
「防犯カメラの映像には、彼らが箱を持ち出す様子は映っていなかった」
「はい」
 あまりにも従順過ぎて、張り合いがない。
 花穎は椅子から立ち上がり、緑色の光が差す窓に背を向けた。
 内部犯ならば、家の何処かに盗んだ物を隠している筈だ。捜す範囲が限定された失せ物は、時間さえかけてやれば必ず見付かる。質量を持った物質が煙の様に消えてしまう事など、この地上では絶対不可能だ。
 しかし、犯人は実に狡猾だった。
 何処にもない。
 花穎は食品保管室、ワインセラー、配膳室、厨房、リネン室、掃除用具部屋、使用人休憩室、洗濯部屋まで調べたが、銀食器のぎの字も見当たらない。
 次いで南側の書斎、応接間、晩餐室、居間に加えて、勉強部屋、音楽部屋、映写室、ティールームの家族写真まで引っ搔き回し、テラスの植木鉢の土をも掘り返した。が、やはり、ない。
「これだけ捜してないとなると、外部犯の仕業を疑った方が良いんじゃないか?」
「では、通報致します」
「いや……待て。それは、ちょっと……考える」
 通報は最終手段だ。
 一度、警察の手が入ってしまえば、内部犯だった時に誤魔化しが利かなくなる。帰国初日で烏丸家の名を失墜させては、父親と先祖に面目が立たないばかりか、鳳を幻滅させかねない。
 花穎は腕組みをして、テラスの手摺に腰かけた。
 眼下に見渡すのは整然と手入れされた庭園だ。
 松や梅を用いながらも純和風でないのは、建物の意匠に合わせたからだ。洋室を多く備え、調度品も輸入の家具が大半だが、屋根や硝子戸、欄間などに和の雰囲気を残している。
 花穎は敷地面積の正確な数字を知らないが、家の玄関から門までは、徒歩で五分ほどかかった。
「そうだ。盗品を隠せるのは家の中だけじゃない」
「スコップを御用意致しましょうか?」
 花穎の閃きは、衣更月の一言で現実の厳しさに阻まれる。
「う、隅々まで調べて掘り起こすとなると、桐山に頼んでも何日かかるか……」
 木の数から土の質まで知り尽くす庭師でも、見付け出すのは困難かもしれない。
 淡い緑と花の色。
 花穎が眩暈を覚えて、手摺にぶら下がるように座り込んだ時だった。
「泥棒!」
 階下から金属を引き裂くような悲鳴が響く。
 衣更月が半身を返す。
 花穎はテラスから室内に飛び込んで、衣更月の後を追いかけた。

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