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試し読み

噂を調べるため現地を訪れたわたしと昇は、とりあえず釣り船に乗ってみた。――『虚魚(そらざかな)』試し読み#8

わたしは探している。〈人を殺せる〉怪談を。
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作!

10月22日に発売された、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作にして、新名智のデビュー作『虚魚そらざかな』。
本作は、“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲と、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんのふたりが、本物の怪異を追い求める物語。
怪談を探すミステリであり、怪異とめぐりあうホラーでもある、選考委員の絶賛を浴びた大注目小説を、まずは試し読みからお楽しみください。

虚魚そらざかな』試し読み#8

    *

 釣り船に乗ったまではよかったが、その日は素人にもそれとわかるくらい、ひどく波が高かった。昇はさっきから船べりにしがみついて、さかんに海を汚している。
「アジフライ定食はまだわかるよ。でも、そこに単品のミックスフライ追加はね……」
 そんなわたしの軽口に付き合う余裕すらないらしい。わたしはといえば、ある時期から特定の乗り物酔いにだけは強い。いくら船を揺らされようがピクリとも感じないのだ。そういうものを感じる部位がしているに違いない。
 昇のことはかまわず、船長に話の続きをうながした。
「釣り上げると死ぬっていう魚ですか?」船長は腕を組んだまま答えた。「たしかに、最近お客さんがよく話してましたね」
「なんの魚かご存じですか?」
「なんのって、ありゃあ、だいたい、都市伝説みたいなものでしょうが」
「都市伝説ですか」
「まあ、海の上の場合はなんて呼ぶのかなあ」
 船長によると、釣り上げたら死ぬ魚について初めて耳にしたのはごく最近、ここ半年以内のことらしい。なんでも常連の釣り客が冗談めかして話しているうちに、だんだんと広まっていったようだ。
「そういう話は、本気にして怖がっちゃうお客もいるからね。営業妨害なんて大げさなもんじゃないけど、いい気持ちはしなかったな」
「このあたりに昔から伝わっている話、というわけでもないんでしょうか」
「海で変なものを見たなんて人はいつの時代にもいるけどね。変な魚ってのはないね。このあたりは定置網もあるし、本当にいるならだれかが捕まえとるでしょう」
 もっともな話だが、実在するのに捕まらなかった海の生き物は多い。かつてのダイオウイカがそうだったように、謎の魚も人々の目からうまく隠れているだけかもしれない。
 船は釜津湾のちょうど真ん中あたりに差し掛かった。わたしは風とエンジンの音に負けないよう、大声で尋ねる。
「釜津に大安国寺っていうお寺がありますか?」
「あるよ。ここらの人ははつもうでに行くよ」
 船長は釜津港から少し離れたところにある、海に突き出てこんもりとした緑の山を指差した。あの山のあたりにある、ということらしい。
 それから船長の手ほどきで一時間くらい釣り糸を垂れてみたが、釣り上げると死ぬ魚も、そうでない魚もまったく釣れなかった。
 陸にたどり着くとようやく昇は元気を取り戻した。胃の中が空っぽになってしまったらしく、しきりにお腹をさすっている姿が気の毒ではある。けれども、さすがに食欲はないようで、わたしが土産物屋の前でさつま揚げを食べている間も彼は水ばかり飲んでいた。
「やれやれ、ひどい目に遭いましたよ」
「ご愁傷さま。次から、船に乗らなきゃいけない取材はひとりで行くことにする」
「丹野さんが船酔いに強いって本当だったんですね。酒も強いらしいじゃないですか。泡盛のボトルをひとりで空けたとか」
 それは誇張だ。もっとも飲んだときでさえ半分くらいしか飲んでなかった……と思う。
「だれから聞いたの?」
「こないだ、怪談ライブへ行ったら、間にそういう裏話みたいな雑談をしてて。丹野さんの話をする人、割と多いですよ」
「そうなんだ」わたしはさつま揚げの残りを口の中に放り込んだ。「ごめん。わたし、業界のゴシップとか好きじゃなくて、あまり追ってないの」
 港から大安国寺まではタクシーで五分ほどだという。その間、わたしはずっと目を閉じて、耳をふさいでいた。着いてみると、地元の人がみんな来るというだけあって、立派な山門がそびえていたが、ペンキ塗りたてのような赤い柱はさつという雰囲気ではなかった。金色の額に大きく寺の名前が書いてある。かなりのお布施を集めているようだ。
 本堂に手を合わせ、御朱印をもらいがてら、お坊さんに話を聞いてみることにした。この寺に珍しい魚の骨があるというのは本当か、と尋ねると、ええ、ございます、となんでもないような感じで言われた。
「どのようないわれの骨なのですか?」
時代の中頃、当時の住職が知人の漁師から譲り受けたものだと伝わっています。ほうらいから来た魚ということで、蓬萊魚と呼んだようです」
 聞いていた話と少し違った。
「こちらの和尚さんが退治したのではないんですね」
「そういう話もあります。あくまで伝説ですが」
 あいにく、それらは寺宝として納められており、一般には公開していないということだった。念のため、釣り上げると死ぬという魚についても尋ねてみたが、そういう噂話は聞いたことがないと言われた。
 御朱印帳を受け取って戻ってくると、昇はカメラを持った初老の男性に礼を言って別れるところだった。わたしに気づくと、彼はにこにこして言った。
「例の魚の骨は、本当にこの寺にあるらしいですよ」
「うん、こっちも聞いてきた。でも公開してないんだってさ」
「今の人の話だと、二十年くらい前にテレビ取材が入って、骨の正体を調べていったそうです」
「本当?」まさか怪魚の骨ではあるまい。「なんの骨だったの?」
「小型の鯨類の骨、ということだったそうです」
 わざわざ現地まで赴いたのは空振りだったのだろうか。そんなことを考えながら、わたしと昇は寺をあとにした。山門の前にあった観光案内板で、駅までの道のりを確かめる。歩いていくのは難しそうだった。仕方なく、来る途中で見たバス停へと向かう。タクシーよりはましだろう。
「釣り船のご主人によると、釣り上げると死ぬ魚の話が聞かれだしたのはごく最近らしいですね」
「うん。ということは、最近になってだれかが創作した話なのかも」
「さっきの蓬萊魚の骨は江戸時代からあるようですが」
「海辺の町なんて、どこでもそんな話のひとつやふたつあるんじゃない?」
 たぶん、最初はわたしの想像したとおり、珍しい大物を釣った人が喜びのあまり心臓発作を起こす、というような話だったんじゃないか。釣り人たちのジョークが、漁師町にありがちな怪魚伝説と結びつき、いかにもそれらしい怪談になった。それがわたしの結論だ。
「ちょっと拍子抜けですね」
 昇の口ぶりはあまり残念そうでもない。彼だって怪談を集める側の人間なのだから、わかっているはずだ。怪談は、取るに足らない話のほうが多い。身も凍る恐怖を引き起こし、社会現象になるような怪談なんてごくごく一部だ。人間は毎日のようにありもしないものを見る。人の脳はまるで精密機械ってわけじゃないから、壁の模様が顔に見えたり、だれもいないのにだれかいたような気がしたりする。
 何か偶然のめぐり合わせでもない限り、そんな話は胸のうちにしまい込んで終わりだ。でも時として、その奇妙なめぐり合わせを引き当てた話だけが伝えられ、世の中に残る。
 探していたバス停はコンビニの前にあった。地元では有名なチェーン店なのかもしれないが、聞いたことがない。かつては個人経営の酒屋だったようで、当時の看板の文字が外壁にうっすら残っていた。店の前には野菜やきのこなどが手書きの値札付きで並べられている。
 わたしたちがバスを待っていると、その店の中から中年の男性が連れ立って出てきた。見ただけでも釣りの帰りとわかるような風体で、今日の釣果かなにかを楽しそうに語り合っているようだ。
 駐車場へ向かう彼らの会話の断片が耳に入った。
「……それがさ、釣り上げると死ぬっていうんだけど……」
 はっとして顔を上げた。隣では昇も同じ仕草をしている。わたしたちは顔を見合わせた。このチャンスを逃す手はない。急いでその釣り人を追いかけた。

つづく

虚魚そらざかな』新名智



第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作
虚魚
著者 新名 智
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2021年10月22日

わたしは探している。<人を殺せる>怪談を。 横溝賞<大賞>受賞作。
“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲は、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんと暮らしている。幽霊や怪談、呪いや祟り、オカルトや超常現象。両親を事故で亡くした日から、三咲はそんなあやふやなものに頼って生きてきた。カナちゃんとふたりで本物の怪談を見つけ出し、その怪談で両親を事故死させた男を殺すことが、いまの三咲の目標だ。
ある日、「釣り上げた人が死んでしまう魚がいる」という噂を耳にした三咲は、その真偽を調べることにする。ある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることがわかり、ふたりはその発生源を求めて、怪異の川をたどっていく。“本物”の怪談に近づくうち、事情を抱えるふたりの関係にも変化がおとずれて――。
選考委員の絶賛を浴びた第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000335/
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