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試し読み

吉沢亮が声優を務めるキャラクター“しんの”が遂に登場! 過去と現在をつなぐふしぎな恋がはじまる『小説 空の青さを知る人よ』試し読み④

10月11日(金)の映画公開に先駆け、小説版の試し読みを特別配信!

今日もお堂でベースの練習をするあおい。そこに突然、姉・あかねの元恋人である“しんの”が現れた!
けれど、しんのは何故か13年前の高校生の姿のままで……。
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 * * *

       3

「どういうこと、それ」

 あかねの運転するジムニーの助手席で、あからさまに溜め息をついてやった。窓枠に肘を突いて、じとりとあかねを見る。

 昨日の寄り合いで話し合われていた音楽の都フェスティバルとやらは、正道の提案通り大々的に進められることでまとまったらしい。開催日は十一月四日。文化の日の振替休日。連休の最終日に、大物演歌歌手の歌で街を盛り上げようということらしい。

「大体、あか姉って観光課じゃないじゃん。なんでみちんこを手伝うの」

 市役所の観光課に勤める正道が中心になって準備するのだが、どうしてか、市民生活課のあかねが正道のヘルプとして駆り出されることになったらしい。

「うーん、なんか……本人から頼まれちゃって。市民生活課の方からもOKが出ちゃったみたいでさ」

 ハンドルを握るあかねが苦笑いを浮かべる。「兄貴、ほしくないか」という正道の声が、耳の奥でくすぶった。何が兄貴だ、このバツイチ! と叫びたいのを、必死に堪える。

 わざわざあかねにヘルプを頼んだなんて、下心が見え見えだ。

「あか姉、みちんこに好かれてんの、わかってるよね?」

 正道は、そんなに器用じゃない。あかねへの恋愛感情を本人の前で上手に隠せるような男じゃない。

「んー、そりゃあねえ」

 車が山道を登っていく。後部座席であかねの鞄が、あおいのベースが、スーパーの袋が、がたっと揺れた。

「気を持たせるようなことはやめれ」

「幼馴染みだし、職場も一緒だし。付き合い上、なんとなくわかってても、口に出しちゃいけないこともあるの。それが大人のマナー」

 交差点を左折して、車はゆっくりと相生家の庭へと入っていく。あかねは困った顔で微笑んでいた。

 あかねは昔から、こういう顔をよくする。両親が死んでから、あおいと二人きりで暮らすようになってから、困った顔や悲しい顔の上に、薄く薄く微笑みを被ぶせるようになった。

「大人ってつまんない」

 助手席のドアを開けて、あおいは言った。そんなことを言うのは自分が子供だと大声で主張しているのと同じだってわかっているのに、口にせずにはいられなかった。

「そんなことよりさ」

 あおいがベースを取ろうと後部座席のドアに手をかけたところで、車を降りたあかねがこちらを見た。

「もう一回、考えてみれば?」

 柔らかい表情を浮かべたまま、あかねが小首を傾げて聞いてくる。

「は?」

 あえて、わからない振りをした。

 何を「もう一回」なのか、何を「考えてみれば」なのか、ちゃんとわかっていた。

「進学。別に、勉強しながらだってバンドは出来るんだし」

 後部座席からケースに入ったベースを引っ張り出して、ドアを閉めた。ばん! と大きな音を立ててやった。窓ガラスに、不機嫌な自分の顔が映り込んでいた。

 あおいの左目には、ホクロがある。目元でも目の上でもなく、眼球にホクロがあるのだ。白目の部分に黒い点がぽつんと浮かんでいる。

 そのホクロすら、イライラと歪んでいた。

「もう決まった話じゃんか。これ以上詮索しないって約束したよ」

 ベースを肩から提げて、早足で車から離れた。

 あかねが「うん」と頷いたのが、枯れ葉の匂いのする風に乗って聞こえた。

「約束、やぶんないでね」

 練習行ってくる。素っ気なくそう言って、あおいはお堂へ向かった。

 振り返ってあかねがまだこちらを見ていたら、どういう顔をすればいいかわからない。だから振り返らなかった。ただ前だけを見つめた。

 土埃が混じったような、ざらついた風が前方から吹いてきた。目にゴミが入ったような感覚がして、左目を擦った。一度じゃ気持ち悪さが消えなくて、二度、三度と擦った。

 しんのにも――金室慎之介にも、あおいと同じホクロがあった。左目にぽつんと、黒いホクロが浮かんでいた。

 昔、あおいにベースを教えている最中に、しんのはそのことに気づいた。自分とあおいに、同じホクロがあるって。

『あお、お前、よく見ると目ん玉の中にホクロあんのな』

 幼いあおいの顔を覗き込んで、自分の左目を指さした。

『俺と一緒!』

 しんのと自分にお揃いのホクロがあると知ったときの気持ちは、奇妙だった。

 胸の辺りがふっと軽くなって、じわじわと温かくなっていった。誰かとお揃いなのが嬉 しかったとか、そんな単純な気持ちじゃない。もっと複雑で、あおいにも正体が解明できなかった。

『目玉にホクロがあると大物になるんだってよ、俺ら目玉スターだな!』

 でも、結局一言で表すなら、嬉しかったのだ。いろんな気持ちがこもった、複雑な〈嬉しい〉だったのだ。

 嬉しくて、しんのの言葉を真似た。

『目玉スター!』

 自分の左目を指さして、声を弾ませた。側にいたあかねがぷっと吹き出して、『何そのネーミング、謎すぎるでしょ』と笑った。しんのは『何だよ! カッコイイだろ⁉』と声を荒らげた。

 カッコイイ! と、あおいは思った。

 目玉スター。

 あおいとしんのの目に浮かぶ、小さな小さなスターの証だ。

 お堂までの道のりは十数分程度だったのに、いつの間にか太陽は山の向こうに半分ほど姿を消していた。空がオレンジ色から、青みがかった紫色に侵食されていく。

 山に囲まれたこの街に、蓋がされるみたいだった。

 お堂の戸を乱暴に開けて、放り出すように靴を脱いだ。右の靴が遠くに飛んでいってしまったけれど、帰るときに拾えばいいやと思った。

 ベースケースからベースを取り出して、ケースはそのへんに放った。ストラップを肩に掛け、ベースと繫ぐ。イライラした手つきで、アンプにシールドを差し込む。

 アンプのボリュームも、目一杯上げてやった。

 誰もいないお堂の空気は、凜と冷たかった。爪先から冷気が染み込んでくる。右手の親指と人差し指を、あおいは擦り合わせた。

 大きく、息を吸った。

 右手を振り上げて、弦へ振り下ろす。指先を叩きつけるみたいに、ベースと一緒に全身から音を吐き出すみたいに、弾いた。

 さっきのあかねの声がした。激しいベース音の中でも、耳の奥でしっかり聞こえた。「もう一回、考えてみれば?」という声がする。正道の「兄貴、ほしくないか」も……あとはやっぱり、近所のおばさんの「感謝しなよ」も、先生の「就職っと……」も。

 水の底に沈んでいるみたいだった。水面を、空気を求めて、必死に水をかいている。もがいている。ベースを搔き鳴らして、抗っている。

 そう思ったら、本当に息が苦しくなった。大きく口を開けて息を吸った。

 そのときだった――。

「うるせえっっ!!」

 ベースの音を、怒鳴り声が切り裂いた。

 ビクリと肩を震わせて、あおいはゆっくりと声がした方を振り向いた。首がギシギシと音を立てそうだった。

「なんなんだよいきなり! しかもリズムもタイミングも気持ちわりぃ……」

 あおいがいつも使うアウトドアチェアに腰掛けていたのは、男の子だった。あおいが通う高校の詰め襟を着た、男の子。

 膝の上にギターを――ガムテープでぐるぐるに封印されていたはずのあかねスペシャルを、抱えている。

 とてもよく知る、男の子だった。

 彼は眉を寄せて、あおいの演奏に文句をつけてくる。爪先が苛立たしげにお堂の床を蹴る。黒光りする古びた木目を、とんとんとん、と鳴らす。

「なんで……」

 やっとのことで、喉から声を捻り出す。お堂の外はどんどん暗くなっていく。窓から差し込む光が、どんどん弱くなっていく。

 それでも、彼の姿が、顔が、目が、あおいにははっきりと見えていた。ほのかな夕日が、彼の輪郭を強く強く、浮かび上がらせる。

 艶やかな目をしている。綺麗に磨かれた石のような瞳だ。でも、左目にホクロがある。目元でも目の上でもなく、眼球に白目の部分に、ぽつんと黒い点が浮かんでいる。

 あおいと、一緒。

「誰?」

 椅子に座ったまま、彼があおいを見上げてくる。あおいはごくりと生唾を飲み込んだ。

 ――俺ら目玉スターだな!

 この顔に、そう言われたのだ。

「しんの……?」

 目玉スターを持つしんのが、今、目の前にいる。

 あれから十三年たつというのに。もうあおいは高校二年生なのに。あかねや正道は、三十一歳になって市役所で働いているというのに。何もかも過ぎ去ったはずなのに、あの頃の彼が、目の前に
いる。

「ああ!」

 突然、目の前にいたしんのがあおいを指さしてきた。キリッとした表情になったと思ったら、得意げに笑みを浮かべる。

「それ、ウチの制服じゃん。もしかして俺のファン?」

 ドヤ顔で、右手を差し出してきた。

「握手しとく?」

 目の前で広げられたしんのの――どう見たってしんのの掌に、あおいはゆっくりとベースを肩から下ろした。そうそう、しんのは、こうだった。お調子者で、ちょっと馬鹿で、でも真っ直ぐな性格をしていた。あの頃は年の離れた彼のそういうところを、格好いいと思ったりもした。

 アンプの横にベースを立てかけて、あおいは一呼吸ついた。浅く息を吸って、止めて、お堂の出入り口に向かって走り出す。

「え?」

 戸惑うしんのの声を振り切って、お堂の外から戸を勢いよく閉めた。

 戸の取っ手に両手をやったまま、やっとのことで息を吸った。吸って、吐いて、吸って、吐いて……何度も何度も呼吸を重ねて、冷や汗を搔いていたことに気づいた。

 汗を拭って、ゆっくりと、戸を開ける。小さく小さく、覗き込めるくらいのスペースで。

「やっぱり、しんの……」

 そこにはしんのがいた。どれだけ瞬きをしても、目を擦ってみても、しんのだった。

 高校生の金室慎之介が、そこにはいた。あおいが駆け出して驚いたのだろうか、床に尻餅をついていた。

「だからそーだって。んで、お前は?」

 立ち上がったしんのが、一歩、こっちに近づいてくる。もう一歩、もう一歩と、こちらにやって来る。「あ」と声が漏れた。「あ、あ……」と繰り返しながら、あおいは後退った。

「あ、あか姉ええええええええっ!」

 力いっぱい戸を閉めた。お願い、開かないで開かないで、と念を込めた。地面に転がっていた靴を急いで履いて、走り出した。

 背後から声がする。「ちょ!」とか「おいっ!」としんのが声を上げる。両足をバタバタと動かして、ひたすら走った。「あか姉ー!」という叫び声が、暗くなった空に、木々に囲まれた薄暗い小道に飲み込まれていく。

「おいちょっと待っ……!!」

 しんのの声が不自然に途切れて、直後にびたん! という鈍い音がした。

 恐る恐る背後を確認したら、何故か彼はお堂の出入り口に貼り付くようにしてこちらを睨みつけていた。戸は開いているのに、まるで透明な壁に邪魔でもされているみたいに、じたばたしている。

「ここから出せええええー!」

 一際大きな怒鳴り声に、あおいは「うわあああっ!」と頭を抱えて走るスピードを上げた。あたしってこんなに速く走れたんだと自分で自分に驚きながら、家に向かって走った。

〈第5回へつづく〉

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映画情報


映画「空の青さを知る人よ」
2019 年 10 月 11 日(金)全国ロードショー
吉沢亮 吉岡里帆 若山詩音/ 松平健  
落合福嗣 大地葉 種﨑敦美   
主題歌:あいみょん(unBORDE / Warner Music Japan)
監督:長井龍雪
脚本:岡田麿里
キャラクターデザイン・総作画監督:田中将賀
soraaoproject.jp

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紹介した書籍

カドブンノベル

最新号 2019年11月号

10月10日 配信

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