過去と現在をつなぐ、切なくてちょっと不思議な“二度目の初恋”物語。
「あの花」「ここさけ」の長井龍雪監督最新作、映画「空の青さを知る人よ」が一ヵ月後、10月11日(金)に公開されます!
映画の公開まで待ちきれないあなたのために、カドブンでは発売中の『小説 空の青さを知る人よ』(額賀澪・著/角川文庫)から、「あとがき」を特別公開します!
このあとがきを書いているのは、二〇一九年の六月です。ちょうど先日、映画『空の青さを知る人よ』のキャストが発表になりました。
小説版を執筆している最中、「あおいはどんな声で話すんだろう」「しんのよ、ぜひ恰好いい声で喋ってくれ」と思いを巡らせていたのですが、若山詩音さん、吉岡里帆さん、吉沢亮さん、松平健さんのお名前を拝見しながら、この仕事を引き受けてよかったなと心から思いました。
『小説 空の青さを知る人よ』をKADOKAWAの担当編集から依頼されたとき、実は引き受けるかどうか少し悩みました。確か二〇一九年の三月だったと思います。大量の〆切りを抱え込んでいる状態だったので、「これ以上仕事を増やして大丈夫か……?」と五分くらい悩んで、「やらせてください」とお返事しました。
そのとき編集者から渡された企画書に、岡田麿里さんの名前があったからです。
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』がテレビで放送されたのは、私が大学生の頃です。
小説家を夢見ていた大学生の私は、岡田さんの書く世界観にすっかり夢中になってしまいました。確かにアニメの世界なのに、登場人物の誰一人として、この世には存在していないはずなのに、現実を生きる私達に向かって実に生々しい刃が不意に飛んでくる。切られて悲鳴を上げている私達に「いやいや、傷つきながら生きていきなさいよ」と投げかけてくるのが、岡田さんの描く物語でした。
もし、小説版『空青』を断ったら、五年後も十年後も後悔するに違いない。そう思い、私はこの仕事を引き受けました。
何より、編集者が見せてくれた『空青』の企画書、田中将賀さんによるキャラクターデザイン、岡田さんの書いた脚本が、それはもう面白かったので。
私が普段、小説という形で描こう描こうと悪戦苦闘している、「上手に生きられない人達」が、「思ったように夢を見られない人達」が、確かにそこで生きていたのです。
小説版の執筆を引き受けた一ヶ月後、自宅に長井龍雪監督の描いた絵コンテが届きました。七百枚近くにおよぶ絵コンテの中で、あおい、あかね、しんの、慎之介が活き活きと動き回っていました。
その日は仕事を忘れて、膨大な枚数の絵コンテを読みふけりました。『あの花』に魅了された物書きにとって、どこにも発表されていない『空青』の絵コンテはまさに宝の山でした。
どうしてこのシーンは、この角度からあおいを描いているんだろう。
このシーンではどうして、慎之介の表情を見せないのだろう。
鉛筆で描かれた絵コンテには長井監督の演出意図がちりばめられていて、それを拾い集める作業から小説版の執筆はスタートしました。
同時に「私が小説家として『空青』にできることは何だろうか」という点に頭を悩ませながら、小説としての『空青』を書き始めました。
さまざまな登場人物の視点が交錯する映画版とは違い、小説版は〈相生あおい〉という大きな葛藤を抱えた女子高生にフォーカスし、〈金室慎之介〉という大人の視点を交えながら物語が進んでいきます。
これは、初めて脚本を読んだときからやりたいと思っていた構成でした。「小説」というメディアの面白さは、登場人物の感情や思考に深く深く入り込むことができる点にあると私自身が思っているからです。
そのため、小説版の執筆にあたり、独自の設定を付け加えたり、映画版とは異なるシーンを入れたりしています。この試みにGOサインを出してくださった関係各所に感謝です。
特に思い入れがあるのが、上京したてのしんのが一人暮らしをしているアパートで、夢を叶えてあかねを迎えに行くと誓うシーンです。映画版では特に設定されていなかったのですが、彼の暮らした部屋を西武池袋線沿線にし、窓から秩父へ向かうレッドアロー号が見える、というシチュエーションにしました。
東京で暮らす彼は、どういうときに故郷を思い出し、自分のやるべきことを再確認していたのだろう。そう考えたときに浮かんだのが、レッドアロー号でした。
実は私も学生時代、西武線沿線に暮らしていたことがあります。小説家を夢見て田舎を飛び出した私が初めて一人暮らしをしたのは、埼玉県所沢市でした。毎晩、アルバイトからの帰り道にレッドアロー号が私の横を走り抜けていくのです。
一人の帰り道は、考えることが多かった記憶があります。今日はあれが上手くいかなかった。もっとこうしたかった。そんな風に思っているうちに、悩みはもっと大きくなっていって、「果たして私はこのままで小説家になれるんだろうか」などと、考えてもしょうがないことを考えるようになります。
そんな私を、レッドアロー号は颯爽と追い越していきました。私は無意識に、グレーの車体を睨みつけてしまうのです。
絵コンテを片手にしんのを書いているうちに、ときどきそのレッドアロー号が浮かぶようになりました。もしかしたら彼も同じように、グレーの車体に走る真っ赤なラインを睨みつけ、自分の進むべき道を確かめたりしていたのかもしれない、と。
このシーンを書いた瞬間、高校生であるしんのと、三十一歳のミュージシャンである金室慎之介が確かに繋がり、物語の後半に向けて走り出していってくれました。
このあとがきを読んでくださっている皆さんは、すでに本編を読み終えた方でしょうか。それとも、これから読もうとしている方でしょうか。
読み終えた方。『小説 空の青さを知る人よ』はいかがでしたか?
これから読むという方。映画版とは少しだけ異なる世界で繰り広げられる『空青』を楽しんでいただけたら、小説版を担当した小説家として、とても幸せです。
最後に、学生時代から好きだった超平和バスターズ作品に携わる機会をくださったKADOKAWAの編集のK氏。本当にありがとうございました。
「『イシイカナコが笑うなら』を書いた額賀さんが書いた『空の青さを知る人よ』が読んでみたい」
初めて『空青』の企画書を見せてくれた日にそう言っていただけたおかげで、こうして小説版を手がけることができました。
井の中の蛙大海を知らず。されど空の青さを知る。
いい言葉です。空の青さを知る人は、一体何ができるだろう。どこへ行けるだろう。そんな風に、青い空をどこまでもどこまでも広げていってくれる言葉です。
この本を読んでくださった皆さんと、そんな青い空の下で、またお会いできたら嬉しいです。
額賀 澪
ご購入はこちら▷『小説 空の青さを知る人よ』(著・額賀澪 / 原作・超平和バスターズ)| KADOKAWA
「あの花」ノベライズも発売中▶『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(上)』(著・岡田麿里)| KADOKAWA
映画「空の青さを知る人よ」
2019 年 10 月 11 日(金)全国ロードショー
声の出演:吉沢亮 吉岡里帆 / 若山詩音 落合福嗣 大地葉 種崎敦美 / 松平健
主題歌:あいみょん(unBORDE / Warner Music Japan)
監督:長井龍雪
脚本:岡田麿里
キャラクターデザイン・総作画監督:田中将賀
配給:東宝
https://soraaoproject.jp/