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試し読み

<『心霊探偵八雲11 魂の代償』文庫発売記念>「私はね。あなたが大嫌いなの」。『心霊探偵八雲12 魂の深淵』試し読み#8

『心霊探偵八雲11 魂の代償』文庫発売記念!!
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』全11回大ボリューム試し読み

最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』文庫発売日はいつ? 待ちきれないあなたへ!
『心霊探偵八雲11 魂の代償』で起きた事件はまだ終わっていない――。

累計700万部突破の怪物シリーズ「心霊探偵八雲」。『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)の発売を記念し、続きとなる『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の増量試し読み版を11日間連続にて配信! 
一足先に続きを味わい、12巻を楽しみにお待ちください。

「心霊探偵八雲」シリーズ最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』2022年5月角川文庫より発売予定

角川文庫にて、本編の完結である『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の刊行が、2022年5月に迫ります。
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』と『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』、2022年5月に文庫版として発売です!

『心霊探偵八雲12 魂の深淵』試し読み #8

     六

 消毒液の匂いが混じった病院独特の空気を吸い、七瀬美雪はほくそ笑んだ。
 歩みを進める度に、リノリウムの床がキュッと鳴る。
 その音が、気持ちを昂ぶらせる。ステップを踏んで、踊り出したいくらいだが、表情を引き締め平静を装う。
 ロッカールームで拝借したナース服とネームプレートを着け、看護師のふりをしている。目立つ行動は慎むべきだ。
 町の診療所などであれば、見覚えのない看護師がいれば、すぐにバレる。だが、人数が多く、入れ替わりの激しい大きな総合病院では、看護師全員の顔を覚えている者など皆無だ。
 現に、誰にも見咎められることなく、こうして堂々と病院内を歩くことができている。
 一週間前の事件のあと、七瀬美雪は一度身を隠した。
 警察の追跡を逃れる為というのもあるが、それだけではない。これから実行する計画の下準備があったからだ。
 そして、再び舞い戻ってきた。
 警察は必死に捜索を続けているが、七瀬美雪は捕まらない自信があった。
 組織に囚われ、型通りの捜査しかしない警察の動きは読み易い。むしろ、厄介なのはそうしたしがらみなく動き回る彼らの存在だが、それについても策を考えてある。
 計画を完遂するまで、誰にも邪魔はさせない。
 七瀬美雪は、飄々と歩みを進め、集中治療室の扉の前に立った。
 ドアはカード式のセキュリティーが設けられているが、解除する為のカードを手に入れているので問題はない。
 七瀬美雪は、カードをリーダーに翳してロックを解除すると、中に足を踏み入れた。
 二十四時間体制でモニタリングされている集中治療室には、他の看護師の姿も見受けられたが、平然としていれば怪しまれることはない。
 幾つもあるベッドの中から、目当ての女性を見つけ出すと、真っ直ぐ彼女の許に歩み寄っていく。
 腕には点滴のチューブが刺さっていて、人工呼吸器を付けていなければ、自ら呼吸をすることすらできない。
 あれほど健康的だった顔色は、死人のように青ざめている。
 ベッドには、生体情報モニターが設置されていて、心電図、呼吸、血圧、体温など多くのバイタルサインをチェックしている。
「意外としぶといのね」
 七瀬美雪は、ベッドに横たわっている晴香に向かって語りかけた。
 晴香は、目を閉じたまま、返事をすることすらなかった。昏睡状態にあるのだから、それも当然だ。七瀬美雪の声は、彼女の鼓膜には届いていない。
 だが──。
 肉体に届くことはなくても魂は別だ。晴香の魂には、七瀬美雪の声が聞こえているはずだ。
「私はね。あなたが大嫌いなの。何でか分かる?」
 問い掛けながら、七瀬美雪は晴香の頬をそっと撫でる。
 絹のように滑らかなその感触は、七瀬美雪の中にある嫉妬の念を増幅させた。
 そう。おそらく、七瀬美雪が晴香を嫌悪する最大の理由は、嫉妬なのだろう。異性に対する嫉妬ではなく、もっと深い人としての嫉妬──。
「あなたは、私にないものを持っているの。こんなに綺麗な肌で、こんなに愛くるしくて、誰に対しても優しい……本当にいい子」
 七瀬美雪の脳裏に、小学校時代の同級生の顔が浮かんだ。
「あなたを見ていると──殺したくなっちゃう」
 七瀬美雪は、指を頬からその首筋に這わせた。
 このまま、彼女の首を絞めることは容易い。だが、そうはしなかった。
「私が、望んでこうなったと思う?」
 七瀬美雪は、晴香の首から手を離し、細くしなやかな指をぎゅっと握り締めながら問いかける。
 晴香から返事はない。
 それは昏睡状態にあるからではない。仮に意識があったとしても、七瀬美雪の問いに答えることはできないだろう。
 晴香は、七瀬美雪の行動の理由を考えたことなどないはずだ。
 陽の当たる明るい世界で生きてきた晴香には、深淵を歩んできた七瀬美雪の感情など、微塵も理解できない。
 そもそも、理解しようなどと思ったことすらないだろう。
 自分の狭い世界の中で物事を考え、自分の価値観に合わないものを悪だと決めつける。そうやって無自覚のうちに、誰かを傷付けてきたのだ。
「私だって、あなたのように生きたかった。穏やかな気持ちで、明るい場所を歩けたら、どんなに幸せだったか……」
 それは、紛れもない本心だった。
 七瀬美雪は、ふうっと一つ息を吐いてから続ける。
「でもね、私にはそれができなかった。生まれた瞬間から、私はそういう生き方が許されなかったの。不公平でしょ。でもね、それが現実なの──」
 口にすると同時に、七瀬美雪の脳裏を、忌まわしい記憶が駆け抜けた。
 思い出される瞬間全てが、痛みを伴っていた。
 肉体的な痛みではない。引き裂かれるような心の痛みだ。
「全てを清算しようとしたの。でも、できなかった。私に刻み込まれた記憶は、決して消えることなく、私を蝕み続けたの。きっと、あなたには想像できないでしょうね。生まれたときから、愛されていたんですもの──」
 そう。晴香は、愛されていた。
 望まれてこの世に生を受け、生きることを肯定されてきた。ごく当たり前のことかもしれないが、七瀬美雪には、その当たり前がなかった。
 七瀬美雪は、望まれて生まれたわけではなかった。そして、存在することも望まれなかった。
 祖父である寛治と、母である冬美の間にできたのが七瀬美雪だ。単なる快楽の結果として、この世に生を受けた。
 父の勝明は、そのことを知っていた。
 最初から承知していたのか、或いは、途中で気付いたのかは分からないが、自分の子ではないことを自覚していた。
 自分の存在していることが、彼らにとっては歪みそのものだった。
 しかし──。
 七瀬美雪は、そんな風に生まれたいと望んだわけではない。
 だから、晴香のように、何も知らずに真っ直ぐに生きている人を見ると、無性にそれを壊してやりたくなる。
 全てを奪い、自分のように、苦痛に塗れた人生を歩ませたくなる。
 ふと、七瀬美雪の頭に、八雲の顔が浮かんだ。
 初めて彼を見たとき、自分と同類であることが分かった。彼の暗い目が、それを物語っていた。
 自分と同じように、望まれることなくこの世に生を受け、自らの意思とは関係なく、虐げられ、痛みを伴った人生を歩んできた。
 真に自分のことを理解してくれるのは、八雲しかいないと感じた。
 それなのに──。
 八雲は決して屈しなかった。
 まるで、七瀬美雪が到達した境地が、誤りであったと主張するように、彼は真っ直ぐに立ち続けた。
 その姿に、狂おしいほどの怒りを覚えた。
 ──なぜ、あなたは、それでも堕ちて来ないの?
 ずっと疑問に思い続けていた。だが、ようやく、その答えを見出した。彼には、光があったのだ。
 それが、晴香だった──。
 彼女が道標となり、八雲を繋ぎ止めていたのだ。
 それが、どうしても許せなかった。
「今日、私がここに来たのは、あなたに伝えておきたいことがあったからなの」
 七瀬美雪は、気持ちを切り替えてから語り出した。
「これから、私が何をしようとしているのか、それをあなたに教えてあげるわ。知っていながら何もできないのは、苦痛でしょうね。それを存分に味わうといいわ」
 七瀬美雪は、晴香の耳許に口を近付けると、囁くように自らの計画を語って聞かせた。
 一瞬だけ、晴香の頬の筋肉が痙攣したように見えた。
「あなたには、止められない。どのみち、死ぬから関係ないんだけどね」
 七瀬美雪は微笑みを浮かべると、人工呼吸器の電源のスイッチに手を伸ばした。
 そのまま、僅かに力を込め、スイッチを切った。
「さようなら──」
 静かに告げたあと、七瀬美雪はくるりと背中を向けて集中治療室を後にした──。

つづく
(本試し読みは『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(四六判単行本)を底本にしました)

10/21発売!『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)



心霊探偵八雲11 魂の代償
著者 神永 学
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2021年10月21日

宿敵・七瀬美雪に晴香が拉致!?  大人気シリーズ、物語は最高潮へ!
八雲の宿敵・七瀬美雪の手により、晴香が拉致されてしまう。晴香の居場所を探す鍵は、四つの心霊現象のどこかに隠されているというのだが……タイムリミットが迫る中、八雲は重大な決断を迫られる。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000375/
amazonページはこちら

ついに完結!!『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(角川書店)



心霊探偵八雲12 魂の深淵
著者 神永 学 イラスト 加藤 アカツキ
定価: 1,540円(本体1,400円+税)
発売日:2020年06月25日

大人気「心霊探偵八雲」シリーズ、ついに完結!!
シリーズ累計700万部突破、16年間に渡って読者に愛されてきた「心霊探偵八雲」。そのフィナーレを飾る、待望の完結作がついに発売!!堂々たるラストを見逃すな!!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000191/
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「心霊探偵八雲」あらすじ、シリーズ全巻はこちら!
【神永学シリーズ特設サイト】



「心霊探偵八雲」シリーズ詳細https://promo.kadokawa.co.jp/kaminagamanabu/yakumo/


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