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試し読み

「猫なで声」って誰の声? 試し読み『さらに悩ましい国語辞典』第4回

知っていると一目置かれる、誰かに話したくなる日本語のウンチクを、神永曉さらに悩ましい国語辞典』から厳選してお届け!

ねこなでごえ【猫撫で声】 〔名〕

 「猫なで声」って誰の声?
 まずは表題に注目していただきたい。「『猫なで声』ってどんな声?」の間違いではないかとお思いになったかたもいらっしゃるのではないだろうか。だが、「誰の声?」としたのにはそれなりの理由があるのである。
 お手元に国語辞典があったら「猫なで声」を引いていただきたい。そしてもし複数の辞書をお持ちだったら、できれば引き比べをしていただきたい。解説の内容が以下の三つのパターンに分かれているはずである。
① ネコが人になでられる時に出すような、こびを含んだこわ
② ネコを自分になつかせようと、甘く、柔らかく言いかける語調。
③ ①②の両方を紹介しているもの。
 多数決で決めるようなことではないのだが、国語辞典ではおそらく①の意味が主流であろう。しかし、②の意味で使っているというかたも大勢いらっしゃるのではないだろうか。
『日本国語大辞典』を引くと、「猫なで声」の最も古い例は『にんでんがんもくしよう(史料へんさん所本)』のものである。『人天眼目抄』は、『人天眼目』という禅宗五派の綱要を記した書の注釈書で、1471~73(文明3~5)年に曹洞宗の僧・せんそうさいが行った講述の記録である。以下のような例だ。
「をそろげにいかる時もあり、又ねこなでごえになる時もあり」
 これだけだと少しわかりにくいのだが、原典に当たるとこの前に「子をそだてるやうだぞ」とあるので、この例はなでる側が呼びかける声を意味していると思われる。
 だが、もちろんなでられる側が発する声の例もある。江戸時代の寛永の末頃(1644年頃)に書かれた、仮名草子というジャンルの小説『祇園物語』には、
「猫なで声をし、人にうやまわれんとするものあり」
とある。人に敬われたいと思って、こびを含んだ声を発するということである。
 つまり、「猫なで声」はかなり古くから意味が揺れていたのである。それを考えると、国語辞典としては両方の意味を紹介しておいた方が無難なのかもしれない。


写真

神永曉『さらに悩ましい国語辞典』
定価: 1,232円(本体1,120円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


続いて、本来の「恋」の意味を知っていますか?

こい【恋】 〔名〕

 」と書くと古代の人の思いがわかる
 一語で複数の意味をもつ語を多義語と言うのだが、辞書によってその意味を載せる順番が違うことをご存じだろうか。現代語中心の小型の国語辞典の場合は、よく使われる意味から記載されることが多いのだが、『日本国語大辞典(日国)』ような、古語から現代語まで網羅的に載せている辞典の場合は、まず原義について触れ、そのあとにそこから派生した意味を載せるという流れになっている。従って、最初に示されている意味は必ずしもなじみのある意味ではないこともある。
 たとえば「恋」ということばでは、通常の国語辞典は恋愛の感情という意味を最初に掲げている。
 ところが『日国』では、以下の意味がまず記載されているのである。
「人、土地、植物、季節などを思い慕うこと。めでいつくしむこと」
 つまり「恋」という語は、古くは単に恋愛感情を意味していたわけではなく、求め慕う対象にかなり幅があったことがわかる。さらに『日国』では『万葉集』の次の歌が引用されている。
「明日香河川淀去らず立つ霧の思ひ過ぐべき孤悲(コヒ)にあらなくに〈山部赤人〉」(巻3・325)
 明日香川のよどんでいるところを離れずに立つ霧のように、すぐに消えてしまうようなわたしの恋(=思慕の情)ではないのに、といった意味であろう。この「孤悲(恋)」の意味はこの歌だけだとわかりにくいのだが、この前にある長歌から恋愛感情の意味ではなく、古い都を求め慕う心情であることがわかる。
 そして特に注目していただきたいのは、この「孤悲」という表記である。『日国』ではこの表記について、「求める対象と共にいないことの悲しさや一人でいることの寂しさがある」と解説している。
 古代人の「恋」という語のとらえ方がわかってとても面白いと思う。何やら宣伝めいてしまうが、辞書の中には、こうしたことばの歴史を学べるものもあるのである。

神永曉『さらに悩ましい国語辞典』 詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000028/


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