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試し読み

囚人達に告げられた、この監獄でのルールとは――異色のボカロP・煮ル果実の小説家デビュー作『ポム・プリゾニエール』試し読み#02

異色のボカロP・煮ル果実の小説家デビュー作『ポム・プリゾニエール』が、2024年1月22日(月)に発売! 物語性で人をひきつけ、考察コメントが絶えない人気曲「トラフィック・ジャム」「紗痲」「ナイトルール」の3曲を、自ら再解釈し小説を執筆しました。

★作品特設サイトはこちら:https://kadobun.jp/special/nilfruits/pomme-prisonniere/

刊行を記念し、小説「紗痲」の冒頭試し読みを掲載! 全3回の連載形式で毎日公開します。
逃れられない監獄で出会った2人の物語を、ぜひお楽しみください!



異色のボカロP・煮ル果実の小説家デビュー作
『ポム・プリゾニエール』収録「紗痲」試し読み#02

 質素な朝食が終わると、刑務作業に入る前に臨時の朝礼の知らせがあり、講堂へ集合するよう指示があった。番号順に一列に並び、長い廊下を歩いていく。            
 計三つの鉄製縦格子のゲートを通り、その長い廊下を越えると、寥廓りょうかくたる中央部屋が広がる。部屋の真ん中には巨大な監視管理部屋があり、刑務官の人数も多数割かれているようだ。近くの階段を下りるとそこからまた長い通路が延びている。監房につながる廊下と異なる点として、幾つかの扉があって、刑務作業部屋にシャワー室、講堂、図書室、美術室、プレイグラウンド等、諸々生活の為の施設が存分に設けられていた。通路奥の扉の先には問題のある囚人が入れられる特別監房がある様で、そちらは刑務官達が常に立って見張っている。
 指示通り講堂に入ると、目の前の舞台上の端には、数人の刑務官だけが微動だにせず立ち尽くしている。これが何ゆえの集合なのかは耳をそばだてていたロップイヤーには解ったが、周囲の不思議そうな様子とざわめきは次第に大きくなっていった。
 やがて、硬く大きな足音と共に主任刑務官のペルシコンが前方の舞台上に現れた。それと同時に、ピタッと先程までの騒々しさがうそのように止んで辺りを静寂が支配する。
 次いで眼帯が目立つ、また他の刑務官達とは一風違った制服をまとった長身の女性が、印象的な赤髪を携えて登場した。そして、特にマイクも無しに囚人達全員に届く、りんとした声を響かせる。

「諸君、おはよう。私は所長のルスキャンディナという。昨日は新人達の入所日だったというのに、急用が入り朝礼が出来ず申し訳なかった。以後、宜しく頼む」

 礼儀正しく誠実な雰囲気と、そして有無を言わせぬ程に強く、だが静かな威圧感が込められた言葉に皆聞き入った。
「皆も既知の事実だとは思うが、ここコルメネア女子刑務所は計6つの棟から成る刑務所だ。各々の棟で収監される者の選定は、罪状及び事前に収集した個人のパーソナリティや経歴によって区分される。つまりは棟ごとに役割、社会復帰プログラムの内容等が少し異なっている。加えて——」
 そこからはこの刑務所で暮らしていく上での心構えのようなものが並べ立てられた。自らの行いを悔い改め、模範的な態度で生活を送れだとか、更生だとか社会復帰だとか、当然の事かつ教科書通りの様な面白みの無い内容にロップイヤーは辟易へきえきし、物理的に耳を少し閉じた。
 この大きな耳は自身の人生に付きまとう忌むべき身体形質ではあるが、聞かなくて良い、反吐へどが出ると判断したものを拒絶し遮断出来るのは、自らの仄暗ほのぐらい性格と合っているなと常々思うのであった。話の中で唯一興味があったのは、文化的な生活への自然な接続、社会的意識の萌芽ほうがを期待し推奨されると述べられた図書室や音楽室等の芸術分野の話のみであり、自由時間が与えられるなら行ってみようとだけ考えていた。
 形式的な長話がようやく終わり、最後にルスキャンディナ所長が横に立つペルシコンに手を差し示した。
「生憎私自身が諸君らに干渉する事はほぼ無いが、全体の棟の規律及び統制はすべてこのペルシコン主任刑務官に一任している。彼女は4号棟の主任刑務官ではあるが、非常に優秀で人道的、尚且つ常に的確な判断を下す事が出来る随一の人材の為、全棟の総監督も務めてもらっている。皆は彼女の言い付けに従順に、模範的意識と思い遣りにあふれた行動を心掛けるように」
 一歩前に出るペルシコン。あの先程も間近で見た鋭い眼光が、何も言わず囚人全員を見下しめ回していく。先程の理不尽な体罰を想起し、あれが人道的? 的確な判断? と疑問を感じた者はおおよそ自分だけでは無いのだろうとロップイヤーは肌で感じる。恐らく常日頃から些細ささいな事で自分以外にもあのような行為を行い、心も空気も支配しているのだろう。そして一方出世だか高評価だかの為に、上司達には良い顔をしているという事か。
 所長からの絶対的な信頼に基づく権力と自負心、この刑務所は自分の庭であり、そしてお前たちはそこで飼われているだけの汚い家畜、と言わんばかりのたった一人の冷たい視線と存在が、講堂内に一気に暗い影を落とした。
「神はいつでも我々の全ての行いを見られている。それでは諸君、刑期を全うする事で隣人を慈しむ心を取り戻し、文化的で秩序ある暮らしを営んでいくように」

 最後に締めの言葉があり、この刑務所でのヒエラルキーとルールが全員に程度の差はあれ知れ渡った所で、講堂から解放。各自刑務作業へと移った。
 ペルシコンは別の業務をしているのかこの場にいないが、敷いたルールは徹底されており、作業中私語を扱うものは皆無で、排泄に行くのにも挙手して許可を得る必要があった。
 何の意味があるのか、どう社会の役に立つのか結び付かず解らない単純作業をこなしていく。ロップイヤーからすれば、こうした工具での作業ほど楽なものは無いし永久に続けられそうなほど得意分野だった。また席にはランダムで座らされるため隣には同室の五月蠅うるさい蛇女も居ない。かなり集中出来た。
 入所前に送っていた、過ちを犯せば死と隣り合わせの生活と仕事より、はるかに平穏で素晴らしく退屈なものだと考えていた。
 黙々と作業をこなした後は、昼食となる。沢山の人間で溢れかえった近くの食堂に入り、空いている場所へ腰掛ける。古びたパイプ椅子の足の滑り止めが摩耗して欠けているようでぐらつくが、今更別の場所へ移動するのも面倒なのでその場にステイした。
 受刑者の数人が通路に沿って巨大なワゴンを手押しして、その上に載った多くの食事を盛り付けたステンレスプレートを、座っている者達に順々に配膳していく。この係を任されるようになるのは、どれほど模範的な生活と態度を送ったと評価される者達なのだろうとふと考えた。
 ワゴン上には粉ミルク缶、哺乳瓶等もありこの場所との余りのそぐわなさに少し驚いたが、獄中出産し引き取り手のない赤子や幼児と共に暮らす囚人専用のものだと気付いた。
 適当な場所に座ってワゴンがやって来るのを待っていると、トマトナが出す必要がない大きめの声を噴き出して、隣に乱暴に座り込んだ。びたパイプ椅子が小さく悲鳴を上げる。
 見たところ、トマトナは食事のプレートを既に持ってきていた。つまりわざわざ席を移動してロップイヤーの隣に座りに来たということだ。面倒だな、と言わんばかりに癖となった溜息を吐く。
「さてメシの時間だぜ、ウサギちゃん。今日のメニューはなんだろうな。ちっこいんだから一杯食えよ」
 ふとした疑問を口にする。
「……あなたはどうして僕に構うの?」
 しかし、それに対する応答は無く。
「おい来たぜ、早く受け取れよ」
 そう言われ視線を通路側に向けると、配膳係の囚人から直接プレートを差し出されていた。それを無言で受け取り、テーブルに置いた瞬間、べちゃという音と共にソース付きの大きめの肉団子の半身を載せられた。
「ほら、分けてやるよ。たんと食いな」
 けらけら笑うトマトナ。少食のロップイヤーが無言でにらみ付けるも、
「何だその眼は。まだ足りねえみたいだな?」
 無理矢理、自身のスープの皿に勢い良くスープを注ぎ込まれる。ロップイヤーの反抗心など意に介さないといった様子で、無神経に乱雑に自身の食事を口に幾度も運んでいく。そして偉く上機嫌な様子で、咀嚼そしゃくしながら喋り掛けてくる。
「あっという間に半日過ぎたろ? 初日とは思えない堂々っぷりだな、お前」
 雰囲気が辛気臭くて馴染んでるとは言えないがな、と付け加え、パンにかじり付く。そしてその断面を先端に眼前へ突き付けてくる。
「どうした? 早く食えよ」
 にやけ面でそう問うてくるトマトナ。
 見え透いた、明らかで解りきった、そんな挑発である事は間違いない。
 ……仕方無い、と。
 ロップイヤーは一度だけ、癖となった重い溜息をき。

 そしてなみなみと注がれて零れそうなスープ皿を手に取り——わざと床に落とした。

(つづく)

作品紹介



ポム・プリゾニエール
著者 煮ル果実
発売日:2024年01月22日

異色のボカロP煮ル果実、小説家デビュー
物語性で人を惹きつけ、考察の渦に巻き込んだ人気曲を、自ら再解釈し小説を執筆。
大ヒット曲「トラフィック・ジャム」「紗痲」「ナイトルール」の3曲のテーマから創られた物語を一冊にまとめた、煮ル果実の世界観に迷い込める短編集。

◎「トラフィック・ジャム」
社会の歯車として味気ない生活を送っていた男の世界は、自身が起こした交通事故を境に一変する。襲ってくる人々の目に浮かんでいたのは、黄色と黒の警告色であった。

◎「紗痲」
女子刑務所に収容された少女は、同室の蛇女の課す試練を乗り越え、仲間として迎え入れられる。ある出来事を機に確かな主従の関係を結んだ二人は、ひとつの計画を企てる。

◎「ナイトルール」
18時から24時迄を繰り返す世界に閉じ込められた男は、彷徨い歩いた末に、一人の少女に出会う。彼女とならこの夜を生き抜ける、初めてそう感じた矢先、彼女は夜に取り込まれる。
※「ナイトルール」は、著者が過去にホームページにて公開した小説に、加筆修正を施し収録しています。

■出版社からのコメント
「生きていて良かった」
煮ル果実さんの小説を初めて読んだ時、率直にこう感じました。
流麗で詩的な文体と、社会に向けるシニカルな視線。それでも溢れ出る、人生への肯定感。
加えて、物語の展開が本当に面白く、本書が果たして初著書なのか、実はもう小説家なのではないかとずっと疑っていました。
それくらい豊かな文才で、音楽で表した激情を小説にも載せられる、稀有な存在です。
煮ル果実さんの記念すべきデビュー作、心してご覧下さい。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303001679/
amazonページはこちら


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