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試し読み

「いいねその態度と度胸、嫌いじゃないぜ」――異色のボカロP・煮ル果実の小説家デビュー作『ポム・プリゾニエール』試し読み#03

異色のボカロP・煮ル果実の小説家デビュー作『ポム・プリゾニエール』が、2024年1月22日(月)に発売! 物語性で人をひきつけ、考察コメントが絶えない人気曲「トラフィック・ジャム」「紗痲」「ナイトルール」の3曲を、自ら再解釈し小説を執筆しました。

★作品特設サイトはこちら:https://kadobun.jp/special/nilfruits/pomme-prisonniere/

刊行を記念し、小説「紗痲」の冒頭試し読みを掲載! 全3回の連載形式で毎日公開します。
逃れられない監獄で出会った2人の物語を、ぜひお楽しみください!



異色のボカロP・煮ル果実の小説家デビュー作
『ポム・プリゾニエール』収録「紗痲」試し読み#03

 金属製のトレイが落ちた事でけたたましく響く伸びのある音。飛び散る大量の液体、細かく刻まれ申し訳程度に入っていた具材。
 そして。
 かなり小さくはあるが、錆びた部品や虫の死骸、生ゴミのような明らかな異物も混ざっていた。食堂は相変わらずの喧騒ではあるが、彼女らの周りを囲む囚人達の視線はしっかりと集めていた。
 そして、トマトナの顔からは、いつもの笑顔が消えていた。ただただ、冷酷で鋭い目付きをロップイヤーへと向けていた。
「どういうつもりだ? 説明しろよ」
「……解った。でも、僕の前に話を聞いた方が良い人達がいるんじゃないかな」
「あ? それはどういう」
「……前方三列目。左端に座っている金髪ショートと黒髪ドレッドヘアの二人組。ずっとあなたと僕が、異物入りのスープを食うか食わないかで賭けをしてる」
 トマトナがまず床に零れたスープと異物を見て、その後に前方へと目を向けると、確かに言われた特徴と場所が一致する二人組の女達が、口元を隠しひそひそしながら時折こちらの様子をうかがっていた。そしてトマトナの蛇の様な視線に気付いたのか、突如驚いたような様子で即座に見ない振りを決め込んだ。
「おい、馬鹿言うな。こんな騒がしい場所で、連中の内緒話が聞こえるわけ無え……」
 そう疑ったトマトナの言葉は、喉奥へと突き返された。
 目に映るのは、髪を掻き分ける仕草の様に垂れ下がった大きな耳を上げていたロップイヤーだった。常人より明らかに大きく開いた耳の穴が見えて、それが何を意味するのかトマトナはようやく理解した。
 こいつは、本当に聞いたのだ。二人組の会話を。この垂れた耳は、普段は恐ろしい程に働く聴力を、穴を塞ぎ抑える〝弁〟のような役割をしているのだと。ロップイヤーは、溜息をひとつして。持ち上げていた耳を下ろし、仕事を終えたような雰囲気のまま告げる。
「……早く行った方がいい。恐らく、朝に僕たちの事を主任刑務官に密告したのもあの二人組だよ。何の目的かは知らないけど」
 そう言われてトマトナは少し悩んだ顔をした後に、ガタッと音を立てて勢いよく立ち上がり、すぐさま二人組の元へと向かった。それに気付いた彼女たちは逃げようとしたが、通路から別のワゴンが来ていて、退路を完全に塞がれていた為不可能だった。食事終了時間、扉付近の刑務官が持ち場を離れたと同時、怯えた表情の二人を取り囲むように、トマトナの合図で集まった他複数人の囚人達に連れられ何処かへと去っていった。

 夜、減灯までの短い自由時間。監房室へと戻ってきた二人は、会話をした。
「昼は助かったぜ。あいつら、アタシ達に悪戯いたずらするよう命令を受けてたんだってよ。まあしっかり遊んでやったから、二度と舐めた真似はしないだろうけどな」
「……そう。それは良かった」
 他の人間の話を盗み聞きしたところ、どうやらここの刑務官達は賄賂を支払う事で、囚人同士の諸々のいさかいも見て見ぬ振りするらしい。具体的に何を行って情報を引き出したのかは聞きたくもないが、やはりトマトナは賄賂を簡単に手に出来る立場、そして手馴れた雰囲気や、使役出来る仲間達がいることからして、この4号棟の囚人達の中でもかなり上級の存在なのだろう。そうぼんやり思考しながら本を読むロップイヤーに、トマトナが問い掛ける。
「なあ、どうして朝の件があの二人組の仕業だと解った?」
「……朝、耳を引っ張られた時、視界の端にあの二人がにやけ面して笑っていたのを覚えていた。そこから疑念を持って、さっきの食堂での会話と様子で確信した」
「でもお前、あれは全部アタシの指図だと思ってたんだろ?」
「……あなたの指図だと思ったのは、昨晩の会話を独り言扱いされた事が、あなたにとって都合が良過ぎたから。でもそれならば、あなた自身のスープにも異物を入れたりなんかしない」
 特に言う事はなかったが、恐らく新人をからかってやろうという気持ちもあの二人組にはあったのだろうし、ペルシコンのストイックな性格を知っているならば連帯責任を持ち出してきてトマトナにも結果ダメージを与えられる、と解っていたからだろうともロップイヤーは考えていた。
 ふうん、と鼻を鳴らすトマトナはまた尋ねる。
「自分のにも入れた上で、お前のスープに更に異物を足したかっただけかもしれないだろ?」
「……回りくどいし、その後の刑務作業時間が増えて体力が要るのに、自分の食事を1品無駄にしてまでやる事とは考えにくい。それに完全に確信したのは、あなたが僕の皿にスープを注いだ時は、混入がバレたのか? って彼女たちが肝を冷やしてたみたいだったから」
「何だよお前、陰気かと思いきや結構喋れるヤツなんじゃないか。凄まじい〝聴〟能力も持っているしな」
 そう言って身を乗り出して垂れ下がった耳を触ろうとすると、ロップイヤーは流石に読書を中断し手をかざして拒んだ。冗談だって、と体勢と話を元に戻す。
「ま、これで解って貰えたと思うけどよ。正真正銘、混じりっけ無しの気持ちでアタシはお前と仲良くしたかっただけなのさ」
「……解ったけど、本当に仲良くするかは別の話」
「いいねその態度と度胸、嫌いじゃないぜ」
 ちなみにな、とトマトナは調子を変えた声色で話す。
「あの二人、さっきみたいな事は全部ゲロったが、指示を出した奴は結局不明だ。何故かっつーと、匿名で図書室で借りた本の中に指示が書かれた紙と報酬の金だけが入ってたらしい。成功の可否は問わず、実行だけで更に追加報酬もあるとな」
「……何の為に。それをして誰にメリットがあるの?」
「さあな。それはおいおい調べていくとして、だ。とりあえず今回の件についてご褒美をやるよ。何でも欲しいものをひとつプレゼントだ」
 急に何を寝ぼけた事を、と言うつもりで思わずトマトナの顔を見るが、嘘を言っているようには見えない。何か刑務所外の物を調達出来るツテがあるのだろうか。気のせいか少しばかり優しくなったような、いつものにやけ面を浮かべて蛇の様な女は言う。
「明日の昼食までには考えときな。ただし、大きすぎる物は駄目だ。〝入らない〟からな」

(続きは本書でお楽しみください)

作品紹介



ポム・プリゾニエール
著者 煮ル果実
発売日:2024年01月22日

異色のボカロP煮ル果実、小説家デビュー
物語性で人を惹きつけ、考察の渦に巻き込んだ人気曲を、自ら再解釈し小説を執筆。
大ヒット曲「トラフィック・ジャム」「紗痲」「ナイトルール」の3曲のテーマから創られた物語を一冊にまとめた、煮ル果実の世界観に迷い込める短編集。

◎「トラフィック・ジャム」
社会の歯車として味気ない生活を送っていた男の世界は、自身が起こした交通事故を境に一変する。襲ってくる人々の目に浮かんでいたのは、黄色と黒の警告色であった。

◎「紗痲」
女子刑務所に収容された少女は、同室の蛇女の課す試練を乗り越え、仲間として迎え入れられる。ある出来事を機に確かな主従の関係を結んだ二人は、ひとつの計画を企てる。

◎「ナイトルール」
18時から24時迄を繰り返す世界に閉じ込められた男は、彷徨い歩いた末に、一人の少女に出会う。彼女とならこの夜を生き抜ける、初めてそう感じた矢先、彼女は夜に取り込まれる。
※「ナイトルール」は、著者が過去にホームページにて公開した小説に、加筆修正を施し収録しています。

■出版社からのコメント
「生きていて良かった」
煮ル果実さんの小説を初めて読んだ時、率直にこう感じました。
流麗で詩的な文体と、社会に向けるシニカルな視線。それでも溢れ出る、人生への肯定感。
加えて、物語の展開が本当に面白く、本書が果たして初著書なのか、実はもう小説家なのではないかとずっと疑っていました。
それくらい豊かな文才で、音楽で表した激情を小説にも載せられる、稀有な存在です。
煮ル果実さんの記念すべきデビュー作、心してご覧下さい。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303001679/
amazonページはこちら


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