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試し読み

柔道の話でありながら誰もが共感する、青春そのものがここにある。『七帝柔道記』超ボリューム試し読み【4/8】【3月18日続編発売】

尋常じゃない血と汗と涙で大反響を呼んだ青春小説の金字塔『七帝柔道記』。その11年ぶりとなる続編『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』が3月18日(月)に発売されます! これを記念して、『七帝柔道記』の超ボリューム試し読みを実施!
15人の団体戦、一本勝ちのみ、場外なし、参ったなし、締めは落ちるまで、関節技は折れるまで。旧七帝国大学のみで戦われる、寝技中心の異形の柔道「七帝柔道」。
その壮絶な世界に飛び込んだ主人公の青春を描いた本作は、柔道の話でありながら誰もが共感する普遍的な人間ドラマとして、各界で大絶賛されました。
とにかく面白過ぎて、読み始めたら徹夜必至! 至高の青春小説を是非お楽しみください!
< 続編『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』の試し読みはこちらから!




『七帝柔道記』超ボリューム試し読み【4/8】


   

 武道館の外に出ると、すでに真っ暗だった。
 冷たい風に乗って動物の臭いがした。武道館と道路を挟んだ向かい側が馬術場だったなと昼間見た光景を思いだした。和泉さんは両手をポケットに突っ込んで東の方へ歩いていく。私は二メートルほど後ろから怖々ついていった。ジャージだけなので風がすうすう入ってきて寒くてしかたない。ジャンパーを持ってくればよかったと思った。昼夜の寒暖差が思った以上に激しかった。
 しばらく行くと、和泉さんが「ここに入るけ」と振り返りもせずドアを引いた。〈イレブン〉という喫茶店だった。
 テーブル席に座るや、和泉さんがぎろりと私を見た。
「わしはクリぜんじゃ。あんた、なに食うん」
「クリぜんってなんですか?」
 私が聞くとカウンターの中からママが答えた。
「ぜんざいにクリームが載ってるんですよ。一番人気のメニューです」
「じゃあクリぜんでいいです」
「なにが『じゃあ』よ、なにが『いいです』よ。クリぜんがいいと言いんさい、はっきりと。自分で決めんさい、自分で。困ったやつじゃのう」
 和泉さんが険しい顔で私をにらみつけ、眼をそらさないままコップの水を一口で飲み干した。そして「ママ、水」とコップを差し上げた。その間ずっと和泉さんは私の眼を見たままだった。何か話さなければと焦った。
「……先輩、出身はどちらですか……?」
「わし? わしは広島じゃ」
 そう言うと和泉さんはカウンターの上のスポーツ紙を取って開き、今度は私の存在を完全に無視してそれを読みはじめた。上からそっと紙面をのぞいた。広島カープの記事を読んでいた。がもたず、私は杉田さんにもらった『北大柔道』をめくってはときどき和泉さんの顔色をうかがった。
 クリぜんが出てきた。思った以上のボリュームがあった。二人で黙ったまま食った。食い終えると和泉さんはさっさと立ち上がり汚い革の財布を出した。私が「僕も払います」と立ち上がると「ええよ」と言って勘定を済ませてしまった。
 店を出ると、和泉さんはまたポケットに両手を突っ込んで歩きだした。
「次行くで」
 振り返りもせず言った。
「え、どちらへ?」
寿じゃ、寿司」
「食べるんですか?」
「あたりまえじゃろ。はよんさい。のろのろしなさんなや」
 和泉さんが振り返って立ち止まった。そしてすぐに前に向き直り、また歩きはじめた。歩く速度がとにかく速い。ときどき小走りしては二メートルの間隔を保ってついていった。十八条の北大通りまで出ると、信号を渡って、札幌会館というホテルの裏手へ回った。そして〈すしまさもと〉という大きな暖簾のれんのある店の引き戸を開け、カウンターに座った。
「松のジャンボふたつ」
 和泉さんが言った。店員と時候のあいさつをしているのをみると常連なのだ。ここで初めて和泉さんが笑った顔を見た。店員の冗談には冗談で返しもしている。
 十分もすると注文した寿司が出てきた。びっくりした。ジャンボというからには大きな寿司だろうと思ったが、大きすぎる。握りの一つひとつがおにぎりのようだった。一人前はその握りが八個で、さらに長い鉄火巻きも三本ついていた。
「こんなに食えないす……」
「なに言うとるん。あんた受験勉強でせさらばえとるじゃろ。全部食いんさい」
 和泉さんが顔をしかめて私を見た。
 叱られると思い、私は必死に食った。しかし、三つが限界だった。自分の分を食い終えて待っていた和泉さんが腰を上げた。
「まあええじゃろ。少しずつ食えるようにしんさい」
 和泉さんが立ち上がった。私が財布を出すと「ええ言うちょるじゃろが。おんなじことを何度も言わせなや」と勘定を済ませてしまった。そして「次行くで」とさっさと外へ出ていった。
 まだ行くのか……。ますます気温が下がってきていた。私も両手をポケットに突っ込んで震えながら歩いた。仰ぐと、見たことがない数の星が群青の空いっぱいに瞬いていた。あらためて北海道に来たんだなと思った。

   4

 食べるものは食べたのだから酒を飲みに行くのだろうとは思ったが、怖くて聞けなかった。酒では高校時代に自宅謹慎を食らうなどあまりいい想い出がなかった。だが、私はもう二十歳である。法律的には何も問題はない。
 四条ほど南へ下った所で和泉さんが止まり、店の引き戸を引いた。角材を四方に立ててトタンで覆っただけのような粗末な建物だった。マンションの陰なので雪に埋まっていた。
 和泉さんが入っていくと「ゆいしん!」と中から女の声がした。
 私も後ろから続いて入るとカウンターの中で化粧気のない三十代半ばの女性が相好を崩していた。商売ではない笑顔だということはいちげんの私にもわかった。
「ここが〈みちくさ〉じゃ」
 和泉さんがカウンターに座った。客は他にいなかった。
 店内は細長い造りだった。広さは四畳半くらいだが、いびつに細長い四畳半である。奥に鷹山の部屋にあったような巨大な煙突付きストーブがあり、その中で大きな炎がゆらゆらと揺れていた。和泉さんがコートとジャージを脱いだので私もTシャツ一枚になった。
 何も頼んでいないのに瓶ビールとコップが出てきた。銘柄はサッポロだった。
 和泉さんが注いでくれた。
「飲みんさい。入部おめでとう」
 ほんとうに優しそうな顔になって言った。
 すぐに瓶ビールが空き、日本酒のあつかんしゆこうをいくつか頼んだ。
「ママさん、こいつ増田っていいます。今日うちに入部した一年目です。いま正本で寿司食ったばかりで食えん思いますけど、後で精のつくもの食わしちゃってください。受験勉強で瘦せさらばえとりますけえ」
「あら、一年目なの。見たことない顔だと思ったら」
 ママが言った。そして「唯信、毎日酒ばっかり飲み歩いてて大丈夫なの。あなた今度また留年したらほうこうでしょう」と笑った。
「なに言うとるんですか。まだ放校にゃならんですよ、教養部には最大四年間おれますけえ。それにわしぁ次は進学するつもりですけえ」
「勉強してるの?」
「してますよ。信じてくださいや」
 和泉さんが笑った。
「ほんとかしらねえ」
 ママも笑った。
「増田君、あんたコメットさん知っとるかいね」
 和泉さんが私を見た。
「はあ、テレビでやってたやつですか……」
「このママはおお久美子の叔母おばさんで」
 私がびっくりしていると、ママはうれしそうに「ほんとなのよ、誰も最初は信じてくれないけど」と言った。私も信じられない、最初どころか一生信じられないと思ったが黙っていた。
「ところであんた、タッパは?」
 和泉さんが聞いた。
「は……?」
「身長じゃ」
「一七六ですが……」
「何キロあるん」
「浪人中にずいぶん減ったので、七〇くらいだと思います」
「だめじゃ」
 和泉さんは酒肴の皿をすべて私の前へ持ってきた。
「ぎょうさん食って体大きゅうしんさい」
 和泉さんとママがじゃれ合いながら話しはじめた。和泉さんが親しみやすい人柄なのだとわかり、自分の酔いも回ってきたのでときどき話に突っ込んだ。クリぜんと寿司で腹が一杯だったので、魚の焼き物などを少しだけつまんではビールを飲んだ。
 和泉さんが言った。
「ところで増田君、あんた、高校は名古屋のガオカじゃったかいね。クソヤマの後輩なん?」
「クソヤマって誰ですか」
「鷹山じゃ。わしゃあ、あいつをクソヤマいうて呼んじょったんじゃ」
「彼は先輩じゃなくて同期ですよ」
「同輩じゃて? あんた二浪なん?」
「はい」
「トシと一緒じゃのう!」
 何がおかしいのか、和泉さんは腹を抱えて笑った。和泉さんの会話はすべてが唐突だった。
「トシって誰ですか?」
「松浦よ。わしの同期じゃ。今日うたじゃろ」
「さっきいたのうばけの人ですか」
「そうよ。あいつがクソトシじゃ。耳が一番きたのつぶれとるやつじゃ」
 だが、和泉さんの耳も松浦さんと同じくらいひどい潰れ方をしていた。『北大柔道』を開いてみた。松浦さんの下の名はひでゆきとなっていた。
「なんで松浦さんがトシなんですか」
「わからんかいの。年寄りのトシに決まっとるじゃないか」
 わかるわけがない。
「和泉さん、それからですね、旭丘はガオカとは略しません。アサヒです」
「ガオカはガオカじゃ。ほんもそう言うとるで」
「本間さんて?」
「わしの同期じゃ」
「旭丘なんですか?」
「そうよ。札幌のガオカじゃ」
「ああ、札幌旭丘ですか。うちの高校のほうが歴史が古いですから、うちが本家ですよ。だから略称はアサヒです」
 私が言うと、また和泉さんの笑いのツボに入った。
「はっははははははっ。じゃあ本間の学校はにせガオカじゃの! これから偽ガオカの本間って呼ばなあかんの! 一緒に呼ぼうで、偽ガオカ君ちゅうて!」
 そして部誌を私から奪って名簿のところを開き、本間さんの出身校の欄を指さして「これからここにも偽ガオカと書いとかないかんの!」と笑い続けた。なんて無邪気な笑顔をみせる人なんだろうと思った。魅力的な笑顔だった。
 私も横から『北大柔道』をのぞきこんだ。本間さんは工学部原子工学科の所属になっていた。
「本間さん、原子なんですか」
「そうじゃったかいの」
 和泉さんはまったく興味がないようで、唐突に笑うのをやめて、また酒を口に運んだ。
「和泉さんも理1ですから工学部進むんですか?」
「数学科じゃの。理学部数学科」
「数学科ですか……僕、数学大嫌いなんです。入試も白紙で出しました」
 また和泉さんを笑わせてやろうと、私は数学嫌いの得意の話をした。もちろんわざと白紙で出したわけではなく、解き方がわからず一行も書けなかったのである。
「よう受かったのう」
 和泉さんが感心したようにこっちを見た。だが偽ガオカと言って笑ったときのように笑ったりはしなかった。笑いのツボが一般人とずれているように思えた。
「ところで鷹山に聞いたんですけど、七帝柔道には抜き役と分け役っていう役割分担があるってほんとですか?」
「ほんとうじゃ。チームのなかで抜きにいくのが抜き役じゃ。勝って、次に引き分けりゃ、それで一人リードになる」
「そういうエースはいま北大に何人くらいいるんですか?」
「抜き役はエースとは違うんで、あんた」
「でも、それってエースってことじゃないですか」
「違うんよ。抜き役っちゅう、ただの役目じゃ」
「でも抜き役って、強い人がなるんですよね」
「そうじゃの。強いんがなる。じゃが抜き役のほうが偉いとはわしらは考えんのじゃ。抜き役が勝つ一勝も分け役が分ける一引き分けも、まったく同じじゃ。抜き役と分け役に上下はないんじゃ。そういうものに上下をつける他の世界とは違うんじゃ。それが七帝柔道じゃ」
「そうなんですか……」
「こっちが作戦どおり分け役を相手の抜き役にぶつける。向こうからみればそこは抜いて当然のところじゃ。何がなんでも抜きにくる。反対にこっちは絶対に分けにゃならんところじゃけ。抜き役も分け役も一緒じゃ。目立つもんだけが偉いとはわしらは考えん。むしろ目立たんもんのなかに本当の貢献者がおるんで」
 和泉さんはそう言って酒を二口三口あおった。
「あんまりわかっとらんようじゃの。ま、そのうちわかるじゃろうて」
「絞め落とすっていうのも聞いたんですけど……」
「それもクソヤマが言ったんかい。つまらんことを」
 和泉さんが顔をしかめた。だが私には一番心配なことだった。
「ほんとなんですか……?」
「落とすこともあるし、落とさんこともある。いろいろじゃ。乱取り入ってみりゃわかってくることじゃろうて」
「試合は?」
「試合はあんた、みんな落ちるよ」
「参ったしてもですか……」
「試合で参ったするもんなんておらんで。落ちる前に逃げれるかもしれんじゃないか。可能性があるかぎり頑張らにゃ、チームに申しわけが立たんじゃろうが。絞めで参ったしたら、そりゃあんた、七帝じゃあ笑いもんで」
「…………」
「今年の部誌にも出とるじゃろ」
 和泉さんがまた『北大柔道』を開いてめくり、私に見せた。
 OBの寄稿だった。和泉さんが指でさした部分には《絞められて手を|叩たたくは高専柔道の恥なり》と書いてあった。さらに和泉さんは何ページかめくり、「ここも読んでみんさいや」と言った。そこには戦前の試合の記録が引用されていた。こう(現在の金沢大学)と五高(現在の熊本大学)の一九一八年の記録だった。

《つづいて四高は山口四郎、五高は新井源太郎の2番手段外同士となった。山口は|小ひようういじんながらも、果敢に引き込んで寝技に誘うも、応じないと見る間に、新井の左腕関節のぎやくにはいって、しばし審判の宣告を待った。ところが新井は頑強に頑張って「まいり」をいわない。四高応援隊からは「折ってしまえ」と盛んに激励する。山口は哀れと思ったが、審判の宣告のないまま、力を入れて腕を逆に返すと、みりみりと音がして腕はだらりと垂れる。しかし新井はついに「参り」を言わなかった》

 関節技でもこんなに頑張るのか……私はほんとうに大変なところに入ってしまったのだ……。
 私が黙っていると和泉さんがこちらを見た。
「うちは今、七帝で二年連続最下位なのはあんた知っとるかいね」
「はい」
「京都が五連覇しとるのは」
「杉田さんから聞きました。京大ってそんなに強いんですか?」
「強い。じゃけえ、どこも方策が立たんのじゃ」
「京大の五連覇の前は北大が二連覇してるんですよね」
「よう知っとるの」
「はい。それも杉田さんから聞きました。北大が勝てなくなった原因はどこにあるんですか」
「昔の北大は重量級が多かったけえの。インターハイ選手も何人もおりよってから、馬力で押しとったんじゃ。じゃがの、去年の主将が佐々木おさむさんちゅうて六五キロ級の選手じゃ。その前が浜田ひろまささんちゅうて六〇キロ級の選手じゃ。今のかなざわさんも七一キロ級じゃ。軽いけえの。わしも六〇キロ級じゃ」
「昔の北大の先輩たちはどれくらい強かったんですか?」
「浜田さんの前の主将はかわ西にしまささんちゅうインターハイ選手で、北大に来ても九五キロ級で北海道三連覇したんじゃ。その前にも高橋ひろあきさんやら重量級のインターハイ選手がぎょうさんおったけえ。重量級がずらり揃っとったんじゃ。みんな東京の強豪私大のポイントゲッター投げるくらい強かったんで、あんた」
「そんな強い選手が国立の北大にいたんですか……」
「ぎょうさんおったんで」
「でも今も大きい人いますよね」
「斉藤さんと岡田さんはまあまあ大きいがの、重量級とはいえんじゃろ。わしの同期のすえおかも体重増やしては風邪引いてせさらばえとるからのう。どうも北大の寝技は昔から荒いんよ。それが欠点じゃの。京都はみつじゃ。きゆうだいが去年、京都に迫ったんじゃがの……。抜き役の力は九州が上じゃった。田中ゆう立っても寝ても強い怪物がおってからの。七帝じゃあ特別に強い抜き役をちようきゆういうんじゃが、田中はほんまの超弩級じゃった。田中相手に京大は徹底的に引き分け戦法に出たんじゃ。普通はカメになるにしても一度組みうてからなるんじゃが、田中は特別強いけ、カメになる前に投げられたり抑えられたりするんじゃ。じゃけえ、京都は試合が始まってすぐにタックルにいってカメになることを繰り返したんじゃ。タックルガメいうて、相手のズボンに飛びついて、そのままカメんなるんじゃ」
 和泉さんは両手を自分の首の前でクロスして首を守る格好をした。
「京大のカメは堅いけ、取れんのよ。田中は二人抜いたんじゃが、三人目のタックルガメを取れんかったんじゃ。最後は業を煮やしてから、怪力でカメを持ち上げては畳に投げ落としたんじゃがの、それはなげわざとしては認められんかった。九大も京大も場外のOBを巻き込んで大騒ぎじゃ。たしかにあれじゃあ試合にならんけえの。試合後の審判会議がタックルガメについて紛糾したんじゃ」
「タックルガメって……そんな戦い方、ひどくないですか……」
「それは違うで、あんた。わしはあそこまで勝負にこだわる京都はすごい思うんじゃ。極端に言やあ、七帝は抜き役が一人おって、残り十四人が絶対の分け役なら勝てるんじゃ。京都はそうやって安定した柔道で連覇してきた。小型化した北大は京大型の柔道に切り替える必要がある。問題は二年目が少ないことじゃ。いいのがたくさんおったんじゃが、クソヤマも含めみんな辞めてしもうた」
「杉田さんだけ残ったんですよね」
「最近わしらが必死に勧誘して後藤と斉藤テツが入ってくれたけえ、あんたら一年目と一緒に鍛えていくつもりじゃ。杉田の腰が治りゃええがのう……」
「杉田さんの腰はそんなに悪いんですか?」
「悪い。なんとか治してやりたいんじゃがの」
 和泉さんによると、杉田さんの代は鷹山らたちわざの強い選手や体の大きな選手が揃っていたらしい。しかし練習の苦しさに次々と退部していき、一年目の冬になる頃には杉田さん一人になってしまったのだという。
 そのときすでに杉田さんは腰のヘルニアを悪化させて練習ができなくなっていたが、それでも一人になった責任感で辞めることができなかったようだ。メスを入れると柔道の現役を続けることが困難だと医師に言われ、メスを入れずに治す治療院を探し、毎日練習が終わると地下鉄で終点のこまない駅まで行き、そこからさらにバスに乗ってはりとマッサージの治療を続けているという。アパートに戻るのはいつも十一時を回っているという。
 和泉さんは言った。
「一人だけ辞めんで残って、あれじゃあ杉田が報われんけえ、治ってほしいんじゃが。杉田が治りゃ雰囲気もようなるんじゃがの……。今年の一年目がぎょうさん入って、なんとか北大の戦力を整えていかにゃいかん。なんとかせにゃいかんのじゃ。去年は大敗したけえの」
「『北大柔道』をさっき練習見ながらぱらぱらと読んだんですけど、東大に六人残しだったんですね……」
「そうじゃ。六人残しなんて七帝じゃありえん数字なんじゃがの……。分け役の寝技技術が発達しとるけえ、七帝じゃあ、よほど強い選手でも一人抜いたら疲れてしもうてなかなかそれ以上は抜けんけえの。じゃけ七帝はチーム力の差があっても二人残しか三人残しじゃ。それが大敗じゃ……」
「なんでこんな負け方したんですか」
「よう読んでみんさい。投げられとるじゃろが。いま東大は七帝ルール捨てて講道館ルールに変えろいうて文句うて立技と寝技半々の練習に切り替えよる。立技を重視して徹底的にそれを強化しちょる。京大の寝技に勝てんけ、イラついとるんよ。立技の強いとうみちざきが入ってきて活気づいとる」
 戦績を開いてみた。よく見るとたしかにせんぽうの道崎に二人、三鋒の紫藤に二人投げられ、この時点でほぼ試合を決められていた。しかも去年は二人はまだ一年生だった──。
「紫藤と道崎はでかいんですか?」
「紫藤は一〇〇キロくらいかの。道崎は八〇ないじゃろ。二人とも高校時代からいい選手じゃったらしいの。立技の超弩級じゃ。そんなんが二人入ったけえ、東大はいけいけじゃ。トシまで道崎に投げられたけえの。投げられて負けるのは最悪の負け方じゃ。増田君、あんた井上靖の『北の海』読んだかいね」
「はい」
「あのなかに出てくるじゃろ。寝技には立技のようなぎようこうはないんじゃ。寝技が強いやつは必ず弱いやつに勝つ。引き分ける力のあるやつは必ず引き分ける。十五人の団体戦の七帝戦には、確実に計算のできる寝技なんじゃ。ポカは許されん。立技は強くても何かの拍子で飛ばされる」
「たしかに『北の海』にそう書いてありました。でも、具体的にどんな意味かわからなくて」
「投げられるかもしれんのに立っていって、はい投げられましたじゃ七帝はすまんのよ。全員の人生背負っとるんじゃけ」
 人生というのはおおではないかと思ったが、突っ込むのは失礼だと思い、黙っていた。柔道の話になってから、ママもちやすことなくカウンターの中で黙って聞いていた。
「わかっていてどうして立っていくんですか」
「寝技はつらいけえよ」
「……やっぱり寝技って辛いんですか?」
 心配になって聞いた。
「辛い。練習も辛いが試合も辛い。七帝の寝技はそういうもんじゃ。試合中、息が抜けん。とくに七帝は『待て』がかからんけえ、寝技になったら試合が終わるまでずっと寝たままじゃ」
「相手が寝技にくる前に投げればいいじゃないですか」
「立技では絶対に七帝は勝てん」
 和泉さんは断言した。そして「それを東大に教えにゃならん試合で北大は投げられて負けたんじゃ。惨めなもんじゃ」と言った。
「惨めですか……」
「惨めよ。勝負は勝たにゃいかん」
 和泉さんはためいきをついた。
「去年は、わしも名大との敗者復活戦で抑え込まれて負けたけえの……わしのせいで北大は負けたんじゃ……。わしゃのう、試合後の飲み会で先輩の胸でむせび泣いてからのう。先輩はしっかり受け止めてくれた。北大は男らしい先輩ばっかりで、ほんまに」
 そして「勝ちたいのう……」と言いながら酒を飲み干した。
 私が注ぐと、それも一息で飲み干してしまった。とつくが空になったのでママに渡した。ママは黙って受け取り、かんをつけだした。
「今年の一年目が何人入ってくれるかに今後の北大がかかっとる。今日あんたが入ってくれたんもほんとうにうれしいんじゃ。ほんとうにありがとう……」
 和泉さんがこちらを向いて握手を求め、静かな眼で私を見た。恐縮してその手を握り返しながら、私はその眼をいつかどこかで見たような気がした。すぐに気づいた。三年前の名大杯で会ったときの名大生たちの眼だ──。
「あんたタッパがあるけえ、練習して食って八五キロまで増やしんさい。本物の抜き役になるにゃあ八五は必要じゃけ」
「はい、食べます」
 私は本当に毎日腹一杯食べようと思った。
「二年目が少ないけえ、今年の七帝はあんたら一年目に、もしかしたら出てもらわにゃいかん」
「僕は二浪ですから……」
「五年目の佐々木さんとやまぎしさんが出てくれるんじゃが、それでもこまが足りんのじゃ」
「でも……一年目で通用しますか?」
「そのための方法を教えるけ」
「向こうの抜き役に当たったらどうするんですか……」
「何としてでも分けるんよ、あんた。自分一人の試合じゃないけえの。全員の人生背負っとるんじゃけ。人間はのう、自分のために頑張れんことでも人のためなら頑張れるんで」
 北大柔道部と七帝戦の話は延々と続いた。酔いがまわってきて、なにやら夢のなかで話を聞いているような気がした。
 店を出たのは午前三時頃だった。
 外はさらに冷え込んでいた。
 和泉さんの下宿が私のアパートへの道筋だというので途中まで一緒に歩いた。ほろ酔いの和泉さんは機嫌よく、来たときと同じように私の前を両手をポケットに入れたまま歩いていく。私はその二メートルほど後ろをぶらぶら歩いた。
 和泉さんが白い息を吐きながらひとりごとを言っていた。耳を澄ますと歌だった。最後に「星影さやかに光れる北を、人の世の清き国ぞとあこがれぬ」と感傷的な歌詞が聞こえてきた。聞いたことがない歌だった。いい歌詞だな、誰の歌なんだろう。
 和泉さんの下宿前に着いた。
「今日は疲れたじゃろう。ゆっくり寝んさい」
 和泉さんが言って、また握手してくれた。分厚くて温かい手だった。
 そこから私は一人で札幌の夜道を歩いた。ときどき建物の軒下へ行って残雪を踏んでみたりした。
 アパートに戻ったのは午前三時半過ぎだった。
 飲み過ぎて頭が痛いので、横にならず部屋の壁にもたれかかっていると、四時半ころに外が明るくなってきて驚いた。北海道は北の果てであるだけではなく、東の果てでもあるのだ。
 窓を開けると、氷のような冷気がいしかり平野を覆い尽くしていた。
 遠くに雪をかぶった山並みが見える。
 あの山脈の向こうにもこの石狩平野と同じような大きな平野が広がり、その向こうにもまた山脈があり、その向こうにもまた大きな平野が延々と広がっているはずだ。これから暮らす北海道の、とてつもない広さを思った。
 日本国土の四分の一は北海道である。この面積は、九州と四国のすべての県、関東圏の東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県を合わせてもまったく届かない。そこに大阪府と京都府を足してもまだ届かない。北の果て、北海道はそれほど広い、巨大なる大地だ。ここにヒグマやエゾシカ、キタキツネたちが今もリアルタイムで歩いているのだ。
 かつてほんの百年前、内地から渡ってきた人々は、この巨大な大地を切りひらいて農場や牧場とし、豊富な資源を持つ海へぎだすために、農業や水産業、土木技術などの研究者や指導者となる青年たちを育てる学校を作った。それが札幌農学校、後の北海道帝国大学、現在の北海道大学である。

> #5へ続く

作品紹介



七帝柔道記
著者 増田 俊也
発売日:2017年02月25日

青春小説の金字塔!
○「尋常ではないスポーツバカたちの異界。大笑いしながらよんでいたのに、いつの間にか泣かされてました」(森絵都/作家)
○「熱いものがこみ上げてきて止まらなくなる。私たちの知らなかった青春がここにある」(北上次郎/文芸評論家/日刊ゲンダイ2013年3月22日付)

このミス大賞出身の小説家、増田俊也が大宅賞と新潮ドキュメント賞W受賞作「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」に続いて出したこの自伝的青春小説は、
各界から絶賛され、第4回山田風太郎賞候補にもノミネートされた。

主人公は、七帝柔道という寝技だけの特異な柔道が旧帝大にあることを知り、それに憧れて2浪して遠く北海道大学柔道部に入部する。
そこにあったのは、15人の団体戦、一本勝ちのみ、場外なし、参ったなし、という壮絶な世界だった。
しかし、かつて超弩級をそろえ、圧倒的な強さを誇った北大柔道部は七帝戦で連続最下位を続けるどん底の状態だった。
そこから脱出するために「練習量が必ず結果に出る」という言葉を信じて極限の練習量をこなす。
東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学、ライバルの他の6校も、それぞれ全国各地で厳しい練習をこなし七帝戦優勝を目指している。
そこで北大は浮上することができるのか――。

偏差値だけで生きてきた頭でっかちの7大学の青年たちが、それが通じない世界に飛び込み、
今までのプライドをずたずたに破壊され、「強さ」「腕力」という新たなる世界で己の限界に挑んでいく。
個性あふれる先輩や同期たちに囲まれ、日本一広い北海道大学キャンパスで、吹雪の吹きすさぶなか、
練習だけではなく、獣医学部に進むのか文学部に進むのかなどと悩みながら、大学祭や恋愛、部の伝統行事などで、
悩み、苦しみ、笑い、悲しみ、また泣き、笑う。唯一の支えは、共に闘う仲間たちだった。そしてラストは――。

性別や年齢を超えてあらゆる人間が共有し共感できる青春そのものが、北の果て札幌を舞台に描かれる。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/321601000167/
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