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試し読み

【震撼の黙示録『木曜日の子ども』発売前試し読み⑥】きみたちは、世界の終わりを見たくはないか―?

1月31日(木)、重松清さんの新刊『木曜日の子ども』が発売となります。
本作の発売を記念して、1月21日(月)~30日(水)まで10日間連続での発売前特別試し読みを行います。
第1回から読む
>>第5回はこちら




【第6回】
結婚を機に引っ越すことになったニュータウンは、7年前、中学2年の男子による同級生の無差別毒殺、通称「木曜日の子ども」事件が起きた町だ。妻の連れ子の晴彦は、今、当時の犯人の少年と同じ14歳で――。



 旭ヶ丘に新居をかまえることに、香奈恵は決して乗り気ではなかった。契約を交わすぎりぎりまで「他にもっといい物件があったら、そっちにしようね」と言いつづけた。
 七年前の事件のことは、香奈恵もよく覚えていた。
 あなたよりずーっと大きなショックを受けたんだから、とも言っていた。
 七年前の夏は、香奈恵と晴彦が初めて二人きりで迎える夏でもあった。
 晴彦が小学校に入学するのを機に夫と離婚して、これからは自分が父親と母親の二役をこなすんだ、と張り切っていた矢先に、あの事件は起きたのだ。
 事件を知って、まず最初に思ったのは、晴彦が被害者だったらどうしよう、ということだった。
「まだ小学一年生だったんだけど、給食は毎日食べてるわけだし、こういう事件って模倣犯も多いじゃない。だから、ほんとうに怖かったの」
 犯人が中学生だとわかると、今度は、晴彦が加害者になったときのことを思った。
「ありえないよ、そんなのありえないってわかってるんだけど……でも、やっぱり、考えないわけにはいかないのよ」
 次に、犠牲になった生徒のお通夜やお葬式の光景がテレビで流れると、子どもを亡くした親の気持ちに自分を重ねた。
「つらいだろうなあ、悔しいだろうなあ、もう一生立ち直れないかもしれないなあ、って……もらい泣きしちゃった」
 さらに、犯人の少年の生い立ちやふだんの生活が報じられると、今度は、わが子が犯人になってしまった両親のことを思った。
「複雑だったよ、そのときの気持ちって。あんたたちがしっかりしてないから、こんなことになるんだ、とは思うんだけど、このひとたちは、いま日本中を敵に回しちゃってるんだなあ、っていう気もするし……」
 だからね、と香奈恵は話をまとめたのだ。
「あの事件は、あなたにとってはただの凶悪な少年犯罪かもしれないけど、わたしにとっては、もっと深いの。親としての根本的なところにまで届いてるの、ショックが」
 そして、私を軽く脅すように言ったのだ。
「これからあなたもそうなるのよ。事件や事故が起きるたびに、自分やわたしや晴彦をいろんな立場に置き換えて考えるようになるの。親子で、夫婦で……家族なんだから」

 空き地にはロープなどが張られているわけではなかったが、私も香奈恵も道路の際に立ったままだった。一方、晴彦は、たいしてためらいもなく空き地の中に入り、音楽を聴きながら、ぶらぶら歩いている。
「ねえ……」香奈恵が小声で言った。「ここに犯人の家があったってこと、さっき晴彦に話したんだよね?」
「ああ……」
「晴彦、どんな反応だった?」
「べつに……ふつうだったけどな。ふうん、って感じで、べつにびっくりしたり怖がったりしてる感じじゃなかったけど」
 私は安心させるつもりで言ったのに、香奈恵は逆に「そう……」と表情を曇らせて、晴彦にちらりと目をやった。
「どうかしたのか?」
「うん……男の子のことって、ほんと、よくわからないんだけど……反応がなさすぎるって思わなかった?」
「はあ?」
「旭ヶ丘に引っ越すことを決めてから、ずっと気になってるの。事件の話をしても、なんかあの子、反応が薄いのよね。だって、いまの自分と同い年の子が、たいした理由もなくて同級生を九人も殺しちゃったのよ。もっともっとたくさん、何十人も何百人も殺すつもりだったのよ。ふつうだったら、もっとショックを受けるとか、興奮しちゃうとか、反応が派手だと思うのよ。でも、あの子、全然平気っていうか、冷静っていうか……だから逆に、それが気になっちゃって……」
 言われるまで、まったく気づかなかった。親というのは、そういう細かいところまで見ているものなのかと──見なければいけないものなのかと思うと、ちょっと気おされてしまう。
「でも、事件のときは、まだ小学一年生だろ? リアルタイムではっきり覚えてないからじゃないのかなあ」
 香奈恵は「なるほどね」とうなずいたが、まだ完全には納得していない顔だった。
 私自身、確信を持って言ったわけではない。こんな感じなのかなあ、と思いついたことをそのまま口にしただけだったので、そこから先の言葉が見つからない。
 話が途切れた。沈黙の中、隣家の二階の窓が開き、洗濯物を提げたおばあさんがベランダに姿を見せた。
 おばあさんはすぐに私たちに気づき、川島くんの言っていたとおり警戒心をあらわにした視線で一瞥して、その目を晴彦にも向けた。
 悲鳴があがった。
 おばあさんは洗濯物を落とし、全身をわななかせながら晴彦を指差し、裏返った声で叫んだ。
「ユウちゃん……!」

第7回へつづく
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