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試し読み

痛い奴じゃなく、ヤバい奴だ。関わっちゃいけない奴だ。/住野よる『青くて痛くて脆い』試し読み④

傷つくことの痛みと青春の残酷さを描いた『青くて痛くて脆い』がついに映画化!
主演に吉沢亮×杉咲花を迎え、8月28日(金)から全国で公開されます。



大学1年の春、秋好寿乃と出会い、二人で秘密結社「モアイ」を作った田端楓。
しかしそれから3年、あのとき夢を語り合った秋好はもういなくて――
冒頭47ページを映画公開に先駆けてお届けしていきます!

>>第3回へ

―――◇◆――◇◆――◇◆――◇◆――◇◆―――

 ところが。
 次の週の月曜日、を待つ間もなかった。金曜日の四限、収容人数五十人ほどの教室で、姿勢よく座っていた秋好は教室前方から入室した僕を見つけるや手を振ってきて、こちらが一番後ろの窓際に座ると、わざわざ隣に移動してきた。
「おはよっ。田端くん。久しぶりっ」
「う、うん、これ取ってたんだね」
「ねっ、私も気づかなかったっ」
 どうせ秋好は友達と来ているのだろうと考え離れた席に座ったのだけれど、移動してきてよかったのだろうか。
 そんな真面目な僕の気遣いは、必要のないものだった。
 秋好が、塾のバイトが決まったという話をうれしそうにしているうちに、チャイムが鳴った。彼女が周りに知人をはべらせた様子はなかった。
 授業が始まると、秋好はおしゃべりをぴたりと止め、真面目に前を向いた。僕も真面目にではないけど、前を向いて授業に耳を傾けた。頭の中ではぼんやり、この秋好という人間との「また」が実現してしまったことについて考えていた。
 結果として、考えなくともよかった。授業が始まって一時間ほどして、僕は数ある理由の中のひときわ大きな一つであろう事実を知れることとなった。
 声が聞こえた。
「すみません、質問いいですか?」
 今回もまた、僕はその声の主を探す必要がなかった。マジか、とは思った。そいつはまた横にいたし、今度はその声を知っていたからだ。
 横を見ると、秋好があの時と同じように手を挙げていた。
 今度の講師は前回の時よりも秋好に優しかった。「お、いいですよ、学費払ってるんだから授業に参加しないとね。なんですか?」と彼女の発言を許した。
「ありがとうございます」
 礼を言った秋好が何を言うのか、予測がついたのだけど、その予測が当たってしまって、予測したことを後悔した。
 彼女はまた、質問と見せかけた意見表明を、子どものような理想論を、教室中に響く声で口にした。
 今度の僕は彼女を心の中で馬鹿にはしなかった。ただ、ぜんとした。食堂で、少しだけだけれど彼女のことを普通の人っぽいと思っていたからだった。
 しかし、僕の驚きは少々先走ったものだった。どこかから、信じたくない言葉が聞こえてきた。
「何回目だよ」と。
 その言葉を理解して、僕は、ひるんだ。
 僕は、秋好に対して抱いていた認識を改めなければならないと思った。
 痛い奴じゃなく、ヤバい奴だ。
 関わっちゃいけない奴だ。
 僕は真面目に授業を受けるふりをして、隣に座っているヤバい奴の顔を少しも見ないようにした。なるほど、だから誰も彼女に近寄らないのか、だから僕のことなんか覚えていて親しげに話しかけてきたのか。つまり他の奴らはヤバい奴に対する警戒心を僕よりきちんと働かせていたということだ。
 なんということだろう、今からでも間に合うだろうか。僕は秋好が前回の講義の時と同様に講師に苦笑され、陰口をたたかれているのを横目に、回避行動をどう取るべきか考えていた。
 そうしてひとまず単純に、僕は逃げることにした。授業が終わると同時に立ち上がり、授業中にすでに書いておいた感想アンケートを提出して、秋好の方なんて一度も見ずに退室した。これでひとまずは安心なはずだった。次に会ってしまうはずの月曜日の授業では開始ギリギリに行って離れて座ればいい、さっきの授業も同様だ。そんなことをしているうちに、秋好は僕のことを忘れてくれるだろう。この大学に、人が何人いると思っているんだ。
 僕じゃなきゃいけない理由なんてないはずだった。
 だからこの時、彼女が走って僕を追ってきた理由がまるで分からなかった。

(つづく)

»住野よる『青くて痛くて脆い』特設サイト


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