傷つくことの痛みと青春の残酷さを描いた『青くて痛くて脆い』がついに映画化!
主演に吉沢亮×杉咲花を迎え、8月28日(金)から全国で公開されます。
大学1年の春、秋好寿乃と出会い、二人で秘密結社「モアイ」を作った田端楓。
しかしそれから3年、あのとき夢を語り合った秋好はもういなくて――
冒頭47ページを映画公開に先駆けてお届けしていきます!
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「腹ペコだったんだっ、授業中もお腹ぐーぐー鳴って。もしかして聞こえたりしてたっ?」
「あ、いや」
そんなのは気になりもしなかった。
「それなら良かった。普段から結構食べるからさ、田端くんより食べててもひかないでね」
「健康的、だね」
「一応高校でサッカーやってて、その名残。食べるの減らさなきゃとは思ってるんだけどねー」
一応というのは、つまり勝敗に重きを置くような強豪校ではなかったという意味なんじゃないかと勝手に解釈した。減らさなきゃというのは、大学でサッカーをやるつもりはないということじゃないかと判断した。
「田端くんは何か運動してた? あ、ごめんね、色々ずかずか訊いちゃって」
気遣いを、しようと心がけはする人のようだ。さっきの授業での出来事に
「全然、いいけど。運動は高校の時は特に何もしてなかった」
「文化系?」
「帰宅部だった」
「大学でもなんにも入んない予定?」
「かな、今のところは。あー、秋好さんは?」
「なんか入ろうかなと思ってるんだけど非公認サークルとかまで含めるとめちゃくちゃいっぱいあるから迷ってて、模擬国連とかちょっと興味あるけど」
「もぎこくれん?」
僕のオウム返しに、秋好は「そうそう、
秋好が聞かせてくれた話を簡単にまとめると模擬国連というのはどうやら、国際問題に興味のある人達が集まって色々な国の代表になりきり、まさに国連を模擬的にやってみようというサークル活動らしい。なるほど、僕の中で彼女の人となりが少しずつ固まっていく感覚があった。
「田端くんは、そういうのどう思う?」
「難しいTRPGみたいな感じ、なのかな」
模擬国連については非難する理由も肯定する理由もなかったので、思ったことの中でそのどちらにも属さないものを口にした。すると今度は秋好が「てぃーあーるぴーじー?」とオウム返しをしてきた。先ほどとほぼ同様の流れの中、説明しないわけにもいかず、僕は自分の考えなどをできるだけ挟み込まないよう単純にTRPG、テーブルトークロールプレイングゲームの説明をした。
「んで、ゲームの中でそれぞれの役を演じる、みたいな、感じ、だと思うんだけど」
「へえ! 面白そう! 私だったらやっぱりやってみたいの勇者だなっ」
秋好は剣を模したつもりなのか、カレーのついたスプーンを眼前に掲げた。そんな楽しそうに反応されるとは思わず、意外な気持ちになる。
「確かに模擬国連もそういう感じかもね。もし興味あったら一緒に見学とか行ってみる?」
「え、あ、いや、ごめん」
行ってしまって勧誘された時に断って、残念そうな顔をされるのも、されないまでも思われるのも、残念にすら思われないのも嫌だった。
とは言え、ここで秋好のなんとなく口にしたんだろう誘いを断るのも自分のテーマに軽く抵触することだったんだけど、彼女はそんな僕の内心なんてもちろん知らず、笑顔で「んーん、全然、こっちこそ色々いきなりですみません」と胸の前で両手を合わせた。彼女が自分自身の性格が持つ功罪を理解しているらしきことに、少しの好感を持った。ほんの少しだけど。
「いや、僕こそ、あの、嫌だったとかじゃないんだけど」
「ほんとっ? 良かったぁ。割とよくひかれる人なんだよね、私」
だろうなとは思ったけど、彼女の快活さからそんなことを気にするタイプには見えなかったから、彼女の見せた安心が意外だった。それに、彼女みたいなタイプは彼女を受け入れてくれるグループの身内ノリだけで盛り上がっているものなのではないのかなとも思った。
嫌だったとかじゃない、という僕の言葉がこの時の秋好を調子づかせたのかは分からないけど、彼女は僕にたくさんのことを訊いてきた。僕は答えられる範囲内で答え、代わりに彼女の情報を得た。
茨城県出身、現役入学、一人暮らし、塾のバイトに申し込んだ、少年漫画が好き、アジカンが好き。
情報だけ聞いていれば普通の人なのに、初めての印象が授業でのあの言動だったため、残念ながらすべてが痛い奴というフィルターを通して僕の中に入ってきた。偏った見方を修正すべきだとも思わなかった。必要がないと思ったからだ。
「じゃあ、またね」
次の授業の教室が遠いからと先に席を立った彼女に僕は手を挙げて、「うん、また」と返事をしたけれど、実のところ、その「また」なんてないと思っていた。僕が冷酷な人間だというわけじゃない。
秋好のような誰とでも話せるタイプの人は、すぐにもっといい話し相手を見つけて、間に合わせに使った相手のことなんて忘れてしまう。僕は何度かそういう場面であり合わせに使われたことがあるし、そのことを仕方ないと理解してもいた。
だから、秋好との「また」なんてもうないことだと思い、彼女をきちんと理解する必要なんてないように思っていた。