小栗虫太郎『夢殿殺人事件』(角川文庫)の巻末に収録された「解説」を特別公開!
小栗虫太郎『夢殿殺人事件』文庫巻末解説
解説
ちなみに横溝は「世にこれほど強力なピンチヒッターがまたとあろうか。私が健康であったとしても、『完全犯罪』ほど魅力ある傑作を書く自信はなかった」と、のちに述懐している。
そうしてデビューした同じ年に、虫太郎は早くも「後光殺人事件」を発表した。
刑事弁護士・法水麟太郎のシリーズは『黒死館殺人事件』『二十世紀鉄仮面』の長編二編と短編八編の総計十編が書かれており、この集にはそのうち短編六篇が収録されている。虫太郎は〈著者之序〉で「『黒死館殺人事件』の完成によって、それまで発表した幾つかの短編は、いずれも、路傍の雑草の如く、哀れ
虫太郎は戦後まもない昭和二十一(一九四六)年二月に
そのなかでも、虫太郎の独自性が最も遺憾なく発揮されているのが、初期の法水ものに代表される超論理ミステリであることは、おおかたの見解が一致するところだろうし、筆者がこよなく偏愛するのもまたこれらである。いやはや、とにかく、どれもこれも頭オカシイですって。
ここで少し歴史を振り返っておこう。ミステリというジャンルはゴシック小説と犯罪実話という二つの系譜を根っことして発生したことが多くの歴史家・研究家によって指摘されている。それ故にミステリは閉鎖空間への志向(密室劇性)と開放空間への志向(都市小説性)を本来的に併せ持っているといってよく、そのことはミステリという形式を意識的に確立してみせたエドガー・アラン・ポーから既に明確に見て取れる。
短編においてミステリの形式を完成させたのがコナン・ドイルだったが、その後、E・C・ベントリーらによって長編のスタイルも完成されていき、一九二〇年のアガサ・クリスティの『スタイルズ荘の怪事件』とF・W・クロフツの『
遅れて一九二六年に登場したのがS・S・ヴァン・ダインだった(我が国では横溝正史が一九二一年、
さて、日本でヴァン・ダインの登場にシビれ、特に甚大な影響を受けた作家が
「場違いの本がまぎれこんでいる」私は、その声の調子でヴァンスが躍る心をおさえているのを知った。「これらの本は、ほかの部門にはいるものだ。それに少しく乱雑にここに詰めこんである。埃 りもまるでついていない。……ね、マーカム。ここにも、君の懐疑的な法律魂にとっての暗合があるよ。この表題を読みあげるから、聞きたまえ。アレクザンダー・ウィンター・ブリスの『毒物゠その効果と検出』、グラスゴウ大学法医学教授ジョン・グレースターの『法医学、毒物学、公衆衛生教科書』、それに、フリードリッヒ・ブリュゲルマンの『Uber Hysteriche Dämmerzustände (ヒステリー性夢遊病について)』と、シュワルツワルドの『Uber Hystero -Paralyse und Somnam -bulismus (ヒステリー性麻痺と夢中遊行症)』もある。──ねえ、ひどく変だよ……」(井上勇訳)
こうした箇所にふれたときの虫太郎の内奥の資質や趣味
そもそもゴシック小説の
そしてさらに、この法水もの自体も、発表順に眺めてみると、『黒死館殺人事件』以後の「オフェリヤ殺し」あたりから徐々に伝奇ロマンへの傾斜が
はてさて、最後に法水もの以外の一編も推薦しておこう。「白蟻」という中編だ。読んでも読んでも何が書かれているのかよく分からず、ただひたすらに
作品紹介
書 名: 夢殿殺人事件
著 者:小栗虫太郎
発売日:2024年11月25日
「黒死館殺人事件」でおなじみの刑事弁護士・法水麟太郎が活躍!
北多摩の尼寺・寂光庵。夢殿とよばれる密室にて、推摩居士は殺されていた。夢殿の2階へ続く階段の壁に直立した血みどろの屍体は、体中の血を全て抜かれ、両上腕と両腰にはそれぞれ梵字形の傷が刻まれていた。そして、3階の孔雀明王の大画幅の前からは巨鳥の趾跡が……。庵主に依頼された刑事弁護士・法水麟太郎は、事件解決に乗り出す(「夢殿殺人事件」)。「黒死館殺人事件」でおなじみの名探偵が活躍する傑作短編集。解説・竹本健治
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