4月23日に発売される『後宮の検屍女官』。
居眠りしてばかりの女官&イケメンだが腹黒(?)な宦官のコンビが、後宮を揺るがす騒動に【検屍】で挑む、斬新にして骨太な中華ミステリです。
独創的なアイデアと確かな筆力で、角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉〈読者賞〉ダブル受賞。選考委員・書店員も太鼓判の力作です。
発売に先駆け、特別に試し読みをお届けします!
『後宮の検屍女官』試し読み#1
序
「死体が、赤子を産んでいる……!」
遠雷
がらん、と棺の
「なぜだ! 棺に納めたのは、たしかに
「そうだ、赤子は妃の腹の中、まだ
暴かれた棺のなか、無残な姿をさらして眠るのは高貴なる女性の遺体。この帝国を治める皇帝が囲う、後宮のひとりであった女性だ。
腐敗の進んだ妃の遺体、その
第一章 死王
「実にくだらない」
「怪談に事欠かない後宮とはいえ、
「わかりません。でも孫尚書、夜
「
延明はまだ
昼でも薄暗い尚書室とは対照的に、外はまぶしくよく晴れていた。春らしいやさしい風が、唯一肌を露出した頰をなでる。植えられた紅梅は青空のもと満開だった。
「始末だなんて言いぐさ、あぁ怖い怖い。さすがは中宮尚書・孫延明、
ふり返れば、立っていたのは予想通りの人物だった。つるりとした
「狐狸妖怪ではなく
延明は狐精──美しい妖狐とたとえられるその
点青は
「狐精も妖怪も大した違いはないだろ。むしろ狐精のほうがよっぽどたちが悪い。なにせ狐精は男に化けて女性と交わり、精気を吸うという。〝
「まあそうですね。とくに『男に化けて』というところが、なんとも我ら
笑みを深めると、点青は「おー怖っ!」と楽しげに肩をすくめて見せる。
延明が「我ら」と言った通り、点青も延明自身も、そして延明につき従う童子に至るまで、性をとり払われた浄身──宦官だった。
「ところで、何用なのです? ほんとうの〝中宮娘娘のお気に入り〟であるあなたが、そんなくだらない話をするためにこちらへ?」
「ああ、
死王が生まれた。
それが現在、
いわく、先だって謀殺された後宮の
この赤子は男児であり、無事生まれていればいずれは王に冊封されたことから、だれともなく『死王』と呼びはじめたのだとか。
「だいたい、おかしいではありませんか。自身めらが
中宮、あるいは北宮とも呼ばれる皇后宮の正殿へと急ぎながら、延明は愚痴をこぼした。
「こらよせ。だれかに聞かれたら獄送りになるぞ。それに断っておくが、娘娘は怪談を恐れたりはしていない。
皇后宮の正殿・
皇后
延明は深い
「ごあいさつ申し上げます、娘娘」
「免礼。面をあげよ」
許されて顔をあげる。皇后のお気に入りである点青は、すでに皇后の脇へと侍っていた。
「昨夜、
前置きやわずらわしい
許皇后は皇太子を産んで以来の二十二年間、ほぼ
おかげで許皇后の地位は皇太子を擁しながらも不安定で、本来であれば妃嬪たちを従える立場でありながら、いまや後宮は梅婕妤にすっかり掌握されているのだが、それが、夜に皇后のもとを
「なんでも、ここ数日に広まった幽鬼の目撃談のせいで、後宮の夜警がままならぬのだそうだ。不寝番すら泣いていやがる者がいるという。よって、こちらから人手を派遣し夜警の支援をするようにとの命であった」
なんだ、と内心で延明は落胆した。
いったいそれをどんな思いで承ったのか。延明は許皇后をひっそりと
「ではそのお役目を私に、ということでございますね」
「
「もちろんでございます」
延明は表向きの命、そして言外に求められた仕事、両方に対して承諾の礼をとった。
***
春の宵は白梅の香りに満ちている。
冷たい夜風がほのかに甘く
「なぜ、我らがこのようなことを……」
部下のひとりが手提げ灯ろうを掲げて歩きながら、ぽつりとこぼす。肩をすぼめてきょろきょろと落ちつきのない歩き方をするので
前かがみで
「よいですか、幽鬼など存在しません。しゃんとなさい」
「しかし延明さま……目撃したという下級宦官や
「見まちがいでしょう。おかしなうわさが立っているから、枯れた尾花の影でさえ幽鬼に見えるのです。そもそも
死王を産んだとされる妃嬪の名を李美人という。李が姓、美人は階級をあらわす。
彼女は妊娠
子を身ごもった妃嬪が謀殺されるなど珍しくもない話ではあるが、それ以上に珍しくないのが、妊娠や出産にともなう死である。李美人は以前から妊娠中毒による全身
「おかしなうわさに惑わされてはいけません、我らはこれから後宮女官とともに夜警に臨むのですよ。娘娘の期待に沿わなくてはなりません。わかっていますね?」
部下たちひとりひとりの顔を見て、念を押す。みな宦官だが、どれもよく整ったきれいな顔立ちをしていた。そういう者を厳選した。
「これは好機です。大家に泣きついたのはあの梅
さえざえとした月影のもと、延明は
暗闇に乗じて女官を誘惑し、後宮の
後宮の門内に到着すると、すでに夜警を担当する下級女官たちが集っていた。だれもが青ざめた顔色をして、ささえ合うようにして身をよせている。彼女たちが逃げ出さぬようにと目を光らせているのは、ひょろりとした体格の後宮宦官だった。
「お待ちしておりました、孫中宮尚書。自分は後宮門番の
彼もよほど夜を恐れていた様子で、あからさまにほっとした顔で延明たちを迎え入れる。しかし延明は厳しい目で彼らを見やった。
「女官七名ですか。十四名のところ、八名はくるのだと聞いていたのですが」
「すみません、先ほど一名倒れてしまいまして……」
後宮は十四の主要殿舎をもとに、十四区に区分けされている。本来であれば二人を一組として七組をつくり、一組当たり二区をまわることになっているのだが、これでは延明の連れてきた部下を足しても一人足りない。怪談が出まわって以来、欠席者が多いとはきいていたが、まさか当夜に脱落者が出るほどとは思わなかった。
「しかたがありません。では、あなたも参加してください」
「えっ、自分がですか!?」
小少と名乗った門番に命じると、とたんに顔色を変えて上ずった声をあげた。
「他にだれがいる、と?」
部下たちはそれぞれ夜警女官を誘惑する手はずとなっているが、延明はこのあと梅婕妤のくらす一区へと向かい、手ごろな女官を誘いだして誘惑しなくてはならないのだ。梅婕妤は皇后にとって一番の敵対相手なので、ここをぬかるわけにはいかない。
「さあ、組分けと担当区の割りふりをしますよ。まず、か弱い女性だけでは不安でしょうから、女性一人に対して我らから一人をつけましょう。我らとて、佳人を守るくらいの力はありますので安心を」
甘い笑みを見せ、女官の反応を見る。女ばかりの後宮でくらす女官たちは、たいがいが
案の定、ほぼ全員の視線が『
「では次に、担当する区ですが、まずは一区とそこに隣接する三区から──」
と、手短かに決めようとしたところで、金切り声があがった。
「あ、あの、どうか……どうか婕妤さまのところだけはご勘弁くださいませ!」
「わたくしも、どんなに遠くてもかまいません、しかし一区だけは……!」
延明は面食らった。女官たちは怯えた顔で首を横にふっている。
「どうかお慈悲を……。死王の目撃情報は、一区がもっとも多いのです……!」
「ほかのどこでも文句は申しません、しかし、どうか婕妤さまのところだけは!」
なるほど、と延明はあきれ半分に彼女たちを眺めた。
うわさでは、死王は謀殺の首謀者をさがして後宮内をさまよっているのだという。そして、その首謀者だと勝手に目算をつけられているのが、一区の梅婕妤なわけだ。だからこそ皆、一区におびえている。
たしかに梅婕妤は亡くなった李美人をいじめていたことで有名だから、そう思われても無理もないかもしれない。実際、梅婕妤本人ですら「助けてほしい」と
ちなみにこの際、強がりを見せたのか、それとも
おかげで帝は言葉をそのままに受け止め、梅
──さて、どうしたものか。
延明としては、皇后の敵対勢力である梅婕妤がおびえているというだけで、小気味のよい事態だ。怪談に尾ひれがついて、彼女が恐怖のあまり大人しくなってくれれば大歓迎とすら思っている。むしろほんとうに死王などというものが存在して、梅婕妤を
しかし、帝が皇后に夜警の支援を命じた以上、そうも言ってはいられない。夜警でなにか不手際があれば、評価が落ちるのは皇后である。
夜警は
いまにも卒倒しそうな女官たちからだれを行かせたらよいものか──思案しつつ人員を見渡したところで、ふと、ひとりに目が留まった。
さきほど女色家だろうと判断した若い女官が、じっとうつむいている。
夜警への恐怖をこらえているのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
──まさか……寝てる……?
その女官は立ったまま目を閉じて、こっくりこっくりと小さく舟をこいでいた。
(つづく)
後宮の検屍女官
著者 小野はるか
定価: 660円(本体600円+税)
後宮にうずまく疑惑と謎を検屍術で解き明かす、中華後宮検屍ミステリ!
「死王が生まれた」大光帝国の後宮は大騒ぎになっていた。
謀殺されたと噂される妃嬪の棺の中で赤子の遺体が見つかったのだ。
皇后の命を受け、騒動の沈静化に乗り出した美貌の宦官・
幽鬼騒ぎにも動じずに居眠りしてばかりの侍女・
花のように愛らしい顔立ちでありながら、出世や野心とは無縁のぐうたら女官。
多くの女官を籠絡してきた延明にもなびきそうにない。
そんな桃花が唯一覚醒するのは、遺体を前にしたとき。彼女には、検屍術の心得があるのだ――。
後宮にうずまく数々の疑惑と謎を検屍術で解き明かす、中華後宮検屍ミステリ!
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