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試し読み

大注目の中華後宮ミステリ! キャラクター小説大賞受賞作『後宮の検屍女官』試し読み#1

4月23日に発売される『後宮の検屍女官』。
居眠りしてばかりの女官&イケメンだが腹黒(?)な宦官のコンビが、後宮を揺るがす騒動に【検屍】で挑む、斬新にして骨太な中華ミステリです。
独創的なアイデアと確かな筆力で、角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉〈読者賞〉ダブル受賞。選考委員・書店員も太鼓判の力作です。
発売に先駆け、特別に試し読みをお届けします!

『後宮の検屍女官』試し読み#1



「死体が、赤子を産んでいる……!」
 遠雷とどろく曇天のもと、ひとつのひつぎを囲んでいた男たちがきようがくの悲鳴をあげた。ほうほうのていで、職務をわすれて逃げ出すものまでいる。
 がらん、と棺のふたを抱えていた男がそれを落下させる音がきこえたが、だれも𠮟しつせきしない。それどころではなかった。
「なぜだ! 棺に納めたのは、たしかにきさきひとりだけであったのに!」
「そうだ、赤子は妃の腹の中、まだななつきで、生まれてくることなくまかられた……まちがいなどない!」
 暴かれた棺のなか、無残な姿をさらして眠るのは高貴なる女性の遺体。この帝国を治める皇帝が囲う、後宮のひとりであった女性だ。

 腐敗の進んだ妃の遺体、そのかんには、納棺のさいには存在しなかった赤子が生まれ落ちていた。



第一章 死王



「実にくだらない」
 すみつぼに蓋をし、いましがた書き上げた文書の乾きを確認しながら、そんえんめいはやわらかな笑顔で吐き捨てた。
「怪談に事欠かない後宮とはいえ、こうとうけいな事この上ない。だれです、そんな幼稚なつくり話を広めたのは」
 つくえの脇で縮こまるのは、延明の小間使いである童子だ。
「わかりません。でも孫尚書、夜い回る小さな影を見たという者がたくさんいるらしいんです……」
えきていはなにをしているのでしょう。流言飛語の犯人などさっさと調べあげて、始末してしまえばよい」
 延明はまだおびえた顔の童子ににこやかに告げ、筆をかせて立ちあがる。文書のしかるべき行先については他の官に任せ、尚書室を後にした。
 昼でも薄暗い尚書室とは対照的に、外はまぶしくよく晴れていた。春らしいやさしい風が、唯一肌を露出した頰をなでる。植えられた紅梅は青空のもと満開だった。
 かいろうの欄干からその一枝に手をのばしたとき、背後で人の気配とともに、ギシと床板が音をたてた。
「始末だなんて言いぐさ、あぁ怖い怖い。さすがは中宮尚書・孫延明、ようかいだといわれるだけのことはある」
 ふり返れば、立っていたのは予想通りの人物だった。つるりとしたはくせきの肌に大きな目。特徴的なのはそのひとみの色だ。まるでこの快晴の空を写しとったかのように、澄んだ青をしている。彼は北方より宮中に献上された異民族だった。
「狐狸妖怪ではなくせいです。勝手に人を妖怪に仕立てないでください、てんせい
 延明は狐精──美しい妖狐とたとえられるそのがんぼうで、やわらかに笑んでみせる。この、穏やかに見えつつどこかあやしげな『妖狐の微笑み』は延明の代名詞だ。
 点青は可笑おかしいとばかりに鼻を鳴らす。
「狐精も妖怪も大した違いはないだろ。むしろ狐精のほうがよっぽどたちが悪い。なにせ狐精は男に化けて女性と交わり、精気を吸うという。〝中宮娘娘こうごうさまのお気に入り〟に対するこの上ないだ」
「まあそうですね。とくに『男に化けて』というところが、なんとも我らかんがんを侮辱するのに適していて面白い」
 笑みを深めると、点青は「おー怖っ!」と楽しげに肩をすくめて見せる。
 延明が「我ら」と言った通り、点青も延明自身も、そして延明につき従う童子に至るまで、性をとり払われた浄身──宦官だった。
「ところで、何用なのです? ほんとうの〝中宮娘娘のお気に入り〟であるあなたが、そんなくだらない話をするためにこちらへ?」
「ああ、娘娘ニヤンニヤンがお呼びだと伝えにきた。怪談がらみで頼みがあるらしい。さっきおまえのところの童子も怖がってた、あの幽鬼の話さ」

 死王が生まれた。
 それが現在、だいこう帝国の宮城──なかでも皇帝の女たちを囲う後宮をにわかに騒がせている怪談である。
 いわく、先だって謀殺された後宮のひんが犯人をうらみ、死後に赤子の幽鬼を産み落とした。幽鬼は母の怨みを晴らすため、謀殺の首謀者をさがして夜な夜な後宮を這いずり回っているのだという。
 この赤子は男児であり、無事生まれていればいずれは王に冊封されたことから、だれともなく『死王』と呼びはじめたのだとか。
「だいたい、おかしいではありませんか。自身めらがもうりようの伏魔殿にくらす妖魔でありながら、たかだか幽鬼を恐れるなど」
 中宮、あるいは北宮とも呼ばれる皇后宮の正殿へと急ぎながら、延明は愚痴をこぼした。
「こらよせ。だれかに聞かれたら獄送りになるぞ。それに断っておくが、娘娘は怪談を恐れたりはしていない。大家ターチヤになんとかしてくれと泣きついたのは妃嬪たちのほうだ」
 皇后宮の正殿・しようぼう殿でんへと間もなくたどり着く。椒房殿と皇后の文書係りである中宮尚書の執務室は、そう離れていない。
 皇后きよは正殿の御座にて、延明を待っていた。きんらんじゆくんにゆったりとしたうわぎを重ね、高く結ったもとどりに金冠をのせた姿は威容に満ちている。四十に差しかかりながらも衰えを知らぬ美貌もまた、見る者を圧倒した。
 延明は深いゆうれいで顔をかくしながら、皇后の前へと進み出る。御座の前でりようひざをついて、ひたすらに身を低くした。
「ごあいさつ申し上げます、娘娘」
「免礼。面をあげよ」
 許されて顔をあげる。皇后のお気に入りである点青は、すでに皇后の脇へと侍っていた。
「昨夜、みかどがいらした」
 前置きやわずらわしいあいさつを省いてはじまった話の内容に、延明は「お、」と思った。
 許皇后は皇太子を産んで以来の二十二年間、ほぼくうけいをかこつ身だ。皇帝は義務は果たしたとばかりに側室である後宮たちをで、特に現在、後宮最高位であるばいしようちようあいしている。
 おかげで許皇后の地位は皇太子を擁しながらも不安定で、本来であれば妃嬪たちを従える立場でありながら、いまや後宮は梅婕妤にすっかり掌握されているのだが、それが、夜に皇后のもとをおとなったとは。
「なんでも、ここ数日に広まった幽鬼の目撃談のせいで、後宮の夜警がままならぬのだそうだ。不寝番すら泣いていやがる者がいるという。よって、こちらから人手を派遣し夜警の支援をするようにとの命であった」
 なんだ、と内心で延明は落胆した。ねやを訪ったのではなく、後宮で妃嬪をお楽しみになったあとの帰り道、それを命じるために立ち寄っただけのようだ。しかも内容からして、妃嬪の閨で泣きつかれた内容をそのまま持ってきたのではないだろうか。
 いったいそれをどんな思いで承ったのか。延明は許皇后をひっそりとうかがったが、彼女の美貌はいつもの鉄面皮で覆われ、その感情をうかがい知ることはできなかった。
「ではそのお役目を私に、ということでございますね」
さいは任せた。今夜から頼む。──なぜそちなのかはわかっているだろう?」
「もちろんでございます」
 延明は表向きの命、そして言外に求められた仕事、両方に対して承諾の礼をとった。

    ***

 春の宵は白梅の香りに満ちている。
 冷たい夜風がほのかに甘くはかない香りを運んでくるなか、延明は六名の部下を連れて後宮の門を目指した。
「なぜ、我らがこのようなことを……」
 部下のひとりが手提げ灯ろうを掲げて歩きながら、ぽつりとこぼす。肩をすぼめてきょろきょろと落ちつきのない歩き方をするので𠮟しつした。
 前かがみでまたといえば、尿意の調整が利かない宦官の特徴的な歩きかたではあるが、延明の部下にそういった情けない姿勢をする者はいない。ようは恐ろしいのだろう、この先にある、幽鬼がうという暗闇が。
「よいですか、幽鬼など存在しません。しゃんとなさい」
「しかし延明さま……目撃したという下級宦官やぼくがたくさんいるんですよ」
「見まちがいでしょう。おかしなうわさが立っているから、枯れた尾花の影でさえ幽鬼に見えるのです。そもそも美人がどうして謀殺されたことになっているのですか? あの方はよくある産前死でしょうに」
 死王を産んだとされる妃嬪の名を李美人という。李が姓、美人は階級をあらわす。
 彼女は妊娠ななつきを迎えた妊婦であったが、これに不審なところはなかったと医官によるけん結果が出ていた。すなわち、毒症状や外傷はなかった、と。
 子を身ごもった妃嬪が謀殺されるなど珍しくもない話ではあるが、それ以上に珍しくないのが、妊娠や出産にともなう死である。李美人は以前から妊娠中毒による全身しゆや、はげしいどうが確認されていた。つまり病死だ。
「おかしなうわさに惑わされてはいけません、我らはこれから後宮女官とともに夜警に臨むのですよ。娘娘の期待に沿わなくてはなりません。わかっていますね?」
 部下たちひとりひとりの顔を見て、念を押す。みな宦官だが、どれもよく整ったきれいな顔立ちをしていた。そういう者を厳選した。
「これは好機です。大家に泣きついたのはあの梅しようだというではありませんか。おかげでこうして堂々と後宮に乗りこむことができるのですから、なんとも皮肉で気味のいい話ではありませんか」
 さえざえとした月影のもと、延明はようえんに微笑んで見せた。
 暗闇に乗じて女官を誘惑し、後宮のじようを切り崩すための内通者とせよ。それが延明たちに与えられた真の任務である。

 後宮の門内に到着すると、すでに夜警を担当する下級女官たちが集っていた。だれもが青ざめた顔色をして、ささえ合うようにして身をよせている。彼女たちが逃げ出さぬようにと目を光らせているのは、ひょろりとした体格の後宮宦官だった。
「お待ちしておりました、孫中宮尚書。自分は後宮門番のしようしようと申します」
 彼もよほど夜を恐れていた様子で、あからさまにほっとした顔で延明たちを迎え入れる。しかし延明は厳しい目で彼らを見やった。
「女官七名ですか。十四名のところ、八名はくるのだと聞いていたのですが」
「すみません、先ほど一名倒れてしまいまして……」
 後宮は十四の主要殿舎をもとに、十四区に区分けされている。本来であれば二人を一組として七組をつくり、一組当たり二区をまわることになっているのだが、これでは延明の連れてきた部下を足しても一人足りない。怪談が出まわって以来、欠席者が多いとはきいていたが、まさか当夜に脱落者が出るほどとは思わなかった。
「しかたがありません。では、あなたも参加してください」
「えっ、自分がですか!?」
 小少と名乗った門番に命じると、とたんに顔色を変えて上ずった声をあげた。
「他にだれがいる、と?」
 おびえきった彼の目はいかにも「あなただっているじゃないですか」とでも言いたげだったが、延明はこれを無言の笑顔で切り捨てた。
 部下たちはそれぞれ夜警女官を誘惑する手はずとなっているが、延明はこのあと梅婕妤のくらす一区へと向かい、手ごろな女官を誘いだして誘惑しなくてはならないのだ。梅婕妤は皇后にとって一番の敵対相手なので、ここをぬかるわけにはいかない。
「さあ、組分けと担当区の割りふりをしますよ。まず、か弱い女性だけでは不安でしょうから、女性一人に対して我らから一人をつけましょう。我らとて、佳人を守るくらいの力はありますので安心を」
 甘い笑みを見せ、女官の反応を見る。女ばかりの後宮でくらす女官たちは、たいがいがで恋をしたがっている。それは性を切りとられたかんがんであろうと対象になることもしばしばだった。
 案の定、ほぼ全員の視線が『ようの微笑み』にくぎけになったが、一名だけ反応の悪い女官がいた。これはわりと多く存在する女色家なのかもしれないと判断して、小少と組ませることとする。
「では次に、担当する区ですが、まずは一区とそこに隣接する三区から──」
 と、手短かに決めようとしたところで、金切り声があがった。
「あ、あの、どうか……どうか婕妤さまのところだけはご勘弁くださいませ!」
「わたくしも、どんなに遠くてもかまいません、しかし一区だけは……!」
 延明は面食らった。女官たちは怯えた顔で首を横にふっている。
「どうかお慈悲を……。死王の目撃情報は、一区がもっとも多いのです……!」
「ほかのどこでも文句は申しません、しかし、どうか婕妤さまのところだけは!」
 なるほど、と延明はあきれ半分に彼女たちを眺めた。
 うわさでは、死王は謀殺の首謀者をさがして後宮内をさまよっているのだという。そして、その首謀者だと勝手に目算をつけられているのが、一区の梅婕妤なわけだ。だからこそ皆、一区におびえている。
 たしかに梅婕妤は亡くなった李美人をいじめていたことで有名だから、そう思われても無理もないかもしれない。実際、梅婕妤本人ですら「助けてほしい」とみかどに泣きつくほどに死王を恐れている。
 ちなみにこの際、強がりを見せたのか、それともふくしゆうされる心あたりなどないと帝に対して示したかったのか、彼女は「死王の手から助けてほしい」「幽鬼をはらってほしい」とは言わなかった。もっともらしくとり澄まし、「女官たちが死王を恐れるあまり夜警がままならない。後宮のためにもこれを助けてほしい」などとのたまったのだという。
 おかげで帝は言葉をそのままに受け止め、梅しようの殿舎からの帰りに中宮へと立ち寄り、皇后に後宮の夜警支援を命じたというわけだ。幽鬼を祓う、あるいは鎮めるためのや道士の手配は一切していない。
 ──さて、どうしたものか。
 延明としては、皇后の敵対勢力である梅婕妤がおびえているというだけで、小気味のよい事態だ。怪談に尾ひれがついて、彼女が恐怖のあまり大人しくなってくれれば大歓迎とすら思っている。むしろほんとうに死王などというものが存在して、梅婕妤をめいへと連れ去ってくれるのならば、それに越したことはないくらいだ。
 しかし、帝が皇后に夜警の支援を命じた以上、そうも言ってはいられない。夜警でなにか不手際があれば、評価が落ちるのは皇后である。
 夜警はかんぺきに実施されなくてはならない。途中で女官が倒れたり、逃げ出したりするなどもってのほかだ。
 いまにも卒倒しそうな女官たちからだれを行かせたらよいものか──思案しつつ人員を見渡したところで、ふと、ひとりに目が留まった。
 さきほど女色家だろうと判断した若い女官が、じっとうつむいている。
 夜警への恐怖をこらえているのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
 ──まさか……寝てる……?
 その女官は立ったまま目を閉じて、こっくりこっくりと小さく舟をこいでいた。

(つづく)



後宮の検屍女官
著者 小野はるか
定価: 660円(本体600円+税)

後宮にうずまく疑惑と謎を検屍術で解き明かす、中華後宮検屍ミステリ!
「死王が生まれた」大光帝国の後宮は大騒ぎになっていた。
謀殺されたと噂される妃嬪の棺の中で赤子の遺体が見つかったのだ。
皇后の命を受け、騒動の沈静化に乗り出した美貌の宦官・延明えんめいの目にとまったのは、
幽鬼騒ぎにも動じずに居眠りしてばかりの侍女・桃花とうか
花のように愛らしい顔立ちでありながら、出世や野心とは無縁のぐうたら女官。
多くの女官を籠絡してきた延明にもなびきそうにない。
そんな桃花が唯一覚醒するのは、遺体を前にしたとき。彼女には、検屍術の心得があるのだ――。
後宮にうずまく数々の疑惑と謎を検屍術で解き明かす、中華後宮検屍ミステリ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322012000507/
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