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◎第23回電撃小説大賞《大賞》受賞作!
いよいよ明日、3/15(金)ロードショー 映画『君は月夜に光り輝く』。
映画の公開を記念して、原作小説の冒頭約80ページを7日連続で大公開します!
命の輝きが消えるその瞬間。少女が託した最期の願いとは――。
(第1回から読む)
<<第2回へ
翌日、学校に着いて鞄を開けると、中からアーモンドクラッシュのポッキーが出てきた。
これ、どうするんだよ、と思った。
あんなことがあって、渡しそびれてしまったのだ。
僕は迷って悩んでから結局、そのポッキーを渡すためだけに、学校帰り、もう一度病室に行くことにした。
行く道すがら、考えた。
こう毎日毎日立て続けに病室に行くのは、さすがに迷惑なんじゃないだろうかとか、大事にしてた物を壊した僕の顔なんて内心もう二度と見たくないんじゃないかとか、思った。
よく考えたら、やっぱり気まずかった。まだあのとき、怒ってくれた方がマシだった。ストレートにキレて、怒りをぶちまけてもらえた方が、気が楽だった。内臓が、ヤな感じでじわりと痛んだ。
なんでこんな思いをしてまで、僕は彼女と、関わろうとしているのか。
自分でも不思議だった。なんでなんだろう、と考えた。
それは多分…………きっと、彼女が、姉の鳴子に似ているせいだった。
別に、顔が似てるわけじゃない。性格もだいぶ違う。でも、うまく言えないけど、何かが似ていた。それは、雰囲気という言葉が一番近かった。あのときの鳴子に、渡良瀬まみずはどこかが似ていたのだ。
姉の死について、僕にはずっと、わからないことがあった。
彼女と一緒にいたら、それがわかるんじゃないか、って気がしたのだ。
病室の手前で立ち止まり、僕は一つ深呼吸をした。深く、低く、息を吸い込んで、吐いた。
それから、やっと決意を固めて、中に入った。
前に初めて来たときと同じように、渡良瀬まみずは、相部屋の一番奥のベッドにいた。見ると、彼女はノートに向かって書き物をしていた。真新しいB5のノートだった。それを、長細いローラーつきのベッドテーブルの上に広げて、何か一心に書いていた。声をかけづらい、真剣な横顔だった。一瞬、躊躇してしまう。すると、気配を察したのか、彼女の方から気づいて顔をあげた。
「来てたなら、声かけてくれたらいいのに」
彼女は不思議そうな顔で僕を見て言った。
「何書いてるんだ?」
彼女の様子は普通だった。昨日の別れ際のときのような、触れたら壊れそうな危うい感じはなくなっていた。でも、いや、だからなのかもしれないけど、その彼女の調子に、僕はどことなくよそよそしいものを感じたりもした。
「内緒」
彼女はノートを取り上げて、中身を隠すように、僕に背表紙だけを向けた。
「わかったよ」
まぁ、きっと日記か何かなんだろう。僕は深追いせず、持ってきたポッキーをテーブルの上にそっと置いた。
「わー、アーモンドクラッシュだ!」
まみずは目を輝かせながらポッキーを手に取り、「食べていい?」と僕に聞いてきた。僕がうなずくと、彼女は綺麗に包装を開けて、カリッと音をさせてポッキーをかじった。
「普通のとはひと味違うよね」
何がそんなに嬉しいのか、彼女は機嫌良さそうに笑った。
「ちょっとだけ教えてあげるね」
一瞬何を言ってるのかわからなくなったけど、すぐに、ノートのことだと気づいた。
「私ね、今、死ぬまでにしたいことのリストをまとめてるんだ」
それは……どこかで聞いたことのあるような話だと思った。死を前にして、自分の人生を振り返り、やり残したこと、心残りや願望を、最後に成し遂げる。よくある話だと思った。感動的な再会とか、会いたい有名人とか。
「こないだ検査のとき先生に聞いたんだよね。私の余命、一体どうなってるんですか? って。そしたら、難しい顔しながら『よくわからないんだけどあと半年はもちそうだ』とか言うの。ヤブ医者だよね。人の命なんだと思ってるのかな? それでね、せっかくだから、この残された貴重な時間を少しでも有意義に使おうって思ったわけなの」
そう一息に言ってから、次に彼女は、軽く顔をしかめてみせた。
「でもね。やっぱりダメみたい」
「どうして?」
「私、外に出られないんだよね。けっこう病状、悪くてさ。外出絶対厳禁。厳しく言われちゃってるの」
そのとき、ふと頭に浮かんだことがあった。
それは全然、褒められたような種類の考えではなかった。
ただ、僕は、知りたかったのだ。
そのノートに、何が書かれているのか。
何故か、すごく、気になった。
渡良瀬まみずが、死ぬまでにやりたいことが、何なのか。
「それ、僕に手伝わせてくれないか」
それでつい、僕はそんなことを口走っていた。
彼女は、ビックリしたように僕を見返した。
「なんで?」
「罪滅ぼしさせて欲しいんだ。スノードーム、割ったことの。取り返しのつかないことをしたと思ってる。でも、ごめん、って言葉で謝るだけじゃ、なんか足りない気がして。薄っぺらい、気がして。うまく言えないんだけど…………なんでもいい。出来ることならなんでもするから」
「本当かな」
少しの沈黙のあと、まみずはぽつりと口を開いた。
「本当に、なんでもしてくれるの?」
声の音色が半音上がった。試すような言い方だった。
「絶対。約束する」
勢いにまかせて、僕はそう言っていた。
じーっと僕の顔を見ていた彼女が、急に目を丸く見開いて、短く「あ」と言った。
「今、いいことひらめいちゃった」
その脳内はどうなっているのか、彼女の表情は目まぐるしく変化した。それまでの難しそうな面もちが一変して、急に曇り空が晴れたような顔になった。
「ねぇ、聞いてくれる?」
そのときふと、変な予感みたいなものがした。
これ以上彼女の話を聞いたら、もう引き返せないんじゃないかって気がした。
……それでも僕は、彼女の眼差しに引き込まれるように、ただ答えていた。
「僕は何すればいい?」
そんないきさつで、僕と、渡良瀬まみずの、奇妙な縁が始まったのだ。
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