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◎第23回電撃小説大賞《大賞》受賞作!
3/15(金)ロードショー、映画『君は月夜に光り輝く』。
映画の公開を記念して、原作小説の冒頭約80ページを7日連続で大公開します!
命の輝きが消えるその瞬間。少女が託した最期の願いとは――。
(第1回から読む)
3
「どうだったよ? 渡良瀬まみず」
翌日の放課後、学校帰りのコンビニ前で並んでアイスを食っていたら、急に香山が聞いてきた。謝礼代わりのつもりなのか、僕の分は彼の奢りだった。僕はアイスを口に運びながら、ぼんやり昨日のことを思い出した。
「まぁたしかに、美人だったけどな」
別にそんなこと聞かれてるわけじゃないんだろうなと思いつつ、僕は答えた。
「病気の方はどうなんだ?」
「さぁ?」
そういう言い方はどうなんだ、と自分自身思いながらそう言った。
「香山、知り合いなのか?」
「昔ちょっとな」
と言って香山は言葉を濁した。
「そういや彼女の両親って、離婚してるのか」
僕は少し気になったので香山に聞いてみた。
「ああ、多分な。昔は深見って苗字だったから」
永遠にアイス食べてるわけにもいかないので、それから駅に移動して電車に乗った。
座席が一つだけ空いていて、僕が座った。香山はつり革にぶらさがって、ダルそうに窓の外を眺めていた。
「もう一つ、頼みがあるんだ」
窓の外を、木々の緑や住宅街が、ぱらぱらと流れていった。
「彼女と、もう一回会ってくれないか」
「はあ?」
「いつ病気が良くなるか聞いてきてくれ」
何を言ってるんだこいつは、と思った。病室に行って欲しい、と頼まれた時点でわけがわからなかったのに、いよいよ意味不明だった。
「自分で聞けよ」
僕は少しうんざりしながら彼に言った。
そんな話をしているうちに、電車が香山の最寄り駅に着いた。
「それから、渡良瀬まみずには、オレのことは話さないようにしてくれ」
香山は最後にそう言って、あとはもう振り返らずに電車を降りて行ってしまった。
「おい、待てよ。何なんだよ、一体」
僕が彼の背中に向かってそう言った次の瞬間、プシュっと炭酸が抜けるのに似た音を立ててドアが閉まり、電車が発車した。
……相変わらず何を考えてるのか、よくわからない奴だった。
僕の駅まで、まだしばらく時間があった。なんか妙に眠かった。目を閉じて座席の背もたれに体重を預けたら、そのうち意識が消えていた。
次に気づいたときには、電車は終点に着いていた。流行ってなさそうな喫茶店の看板や、個人経営の書店が並ぶ駅前に、半端に剪定された街路樹が緑の彩りを加えている、それはいかにも地方都市の終着駅らしい牧歌的な光景だった。どこか見覚えのある景色だった。そしてすぐに思い出した。
そこは渡良瀬まみずの病院がある駅だった。
僕の家の最寄り駅からは、七駅も離れている。完全に乗り過ごしていた。「この電車は回送です」というアナウンスに押し出されるようにホームに出たとき、駅に売店があるのが見えた。店先に、ポッキーが並んでいるのが目に飛び込んできた。まみずが言っていたアーモンドクラッシュも、そこにあった。気づけば僕は、「それ一つください」と店員のおばちゃんに声をかけていた。手渡された商品を鞄の中に入れて、僕は改札出口に向かった。
まぁ、どうせここまで来たのだから、ポッキーくらい持って行ってもいいような気がしたのだ。
病室に行くと、渡良瀬まみずはいなかった。
ベッドはもぬけの殻だった。
「渡良瀬さんなら、検査に行かれてますよ」
慌てて声のした方を向くと、同じ病室の人の好さそうな年配の女性が僕に向かって言っていた。
いつ戻ってくるのかわからなかったけど、せっかく来たので、少し待ってみることにした。
ベッドサイドのテーブルにスノードームがあった。
手にとって、昨日の彼女の真似をして、振ってみた。
スノードームの中に雪が降った。そこに何かの秘密が隠れているような気がして、しばらくじっと眺めてみた。勿論、いくら見ても何もわからなかった。
試しにスノードームを滅茶苦茶に振り続けてみた。中には猛吹雪が吹き荒れた。調子に乗って何度も激しく振った。
次の瞬間、手が滑った。
スノードームが滑り落ちた。垂直に落下して、病室の床に激突した。
ガシャン!
激しい音が鳴り響いた。
やってしまった、と目の前が真っ暗になった。
「あれ、卓也くんだ」
背後からまみずの声がして、僕は驚いて振り返った。
最悪のタイミングだった。
「あ」
少し遅れて、彼女が僕の足下のガラスの破片に気づいた。バラバラに砕け散った、スノードームの残骸。彼女の表情が曇るのが、はっきりとわかった。
「大丈夫? 卓也くん、ケガしてない?」
そう言いながら、どこか取り乱したように彼女は駆け寄ってきた。
「僕は大丈夫だけど…………ごめん。本当に」
それ以上なんて言ったらいいか、わからなかった。
彼女がガラスの破片に手を伸ばした。
「痛っ」
彼女が短い悲鳴をあげた。指を切ったらしい。数瞬後、赤い液体が皮膚を破って流れ出した。
「落ち着いて。今、バンドエイドもらってくるから。僕が片付けるから、ベッドにいて」
慌ててそう促すと、彼女は無言でベッドに這い上がって、壁にもたれて座った。
僕はナースステーションで看護師さんからバンドエイドをもらってきて、彼女に手渡した。それからあとはただ、黙々とガラスの破片を拾い集めた。
一通り片付け終わって、集めたガラスを病室の外のゴミ箱に捨てに行った。
病室に戻ると、彼女はスノードームの中身を掲げて無表情で眺めていた。もう、土台とミニチュアの家しか残っていない、雪の降らなくなったスノードームの中身を彼女は手にしていた。
「しょうがないよ。形ある物は、いつか壊れるし。……生きてて、死なない生きものがいないのと同じだよ」
そう言って、彼女は手に持っていたそれをベッドサイドのテーブルの上に置いた。
「壊れた方が、よかったのかもしれないよ」
それは、どこか心にフタしたような言い方に聞こえた。
「なんでそんなこと言うんだよ」
壊したのは自分なのに、僕はそう尋ねていた。
「大事なものなんてない方が、さっぱり死ねる気がするから」
そんな微妙なことを彼女は言った。
「ねぇ、卓也くん。私って、あとどれくらい生きそうに見える?」
そう言われても、わかるわけがない。正直に言えば、発光病の人間が長生きしたなんて話はあまり聞いたことがなかった。それでも、少なくとも見た目だけなら、彼女はそんな不治の難病にかかっている人間にはとても見えなかった。
「わかんないな」
考えることを放棄して、僕はそう答えた。
「私、余命ゼロなんだ」
彼女の声は、あくまでも平温だった。
「幽霊みたいなもんなんだ。去年の今ごろ余命一年だって言われてたのに、普通に一年たっちゃったの。……ほんとはもう、死んでるはずだったんだけどね。なのに、わりと元気でさ。なんなんだろうね?」
その言い方は、まるで他人事のようだった。
なんで会ったばかりの僕に、そんなこと言うんだよ、と思った。
「私って、いつ死ぬのかな?」
妙に明るい声で、彼女は言った。
そのとき、胸のどこかがざわついた。
なんでそんなに動揺したのか、自分でもよくわからなかった。この感情はなんだ、と思った。考えても、それが何なのか、自分でも理解できなかった。
家に帰ってからもまだ、僕は渡良瀬まみずのことを考えていた。居間の隅、仏壇の前に寝転んで、僕は考え続けていた。
わからなかった。彼女の考えていることが、内面が。考えても、見当もつかなかった。
まだ、十代なんだ。
普通の人間は、死ぬとなったら、絶望する。悲観する。悲しくてしょうがなくなる。それから、何をしても自分が死ぬんだという運命を受け入れて、無力感に苛まれる。ボケたみたいになる。八十過ぎて祖父が死んだときですらそうだった気がする。
でも、彼女の口ぶりはまるで、死ぬのが楽しみ、みたいな言い方に聞こえた。
なんでなんだろう、と思った。
それから、なんとなく気が向いたので線香に火をつけて、あの名前のわからない金属のお椀みたいなものをチーンと鳴らしてみた。
仏壇の前、遺影の中の姉は、セーラー服を着て笑っていた。
岡田鳴子。享年十五歳。
僕が中一のとき、車にひかれて死んだ姉。
そういえばいつの間にか、僕は鳴子と同じ高校一年になっていた。
鳴子は、死んだとき、どうだったんだろう?
最後に何を思ったんだろう?
そんなことを、ふと思った。
なぁ、鳴子。
渡良瀬まみずって人間に会ったんだ。繊細そうだけど、それでいて、まるで死ぬのが怖くないみたいだった。
だけどさ。でもさ。
鳴子は、どうだったんだ?
心の中で何を聞いても、写真の中の姉は一切返事をしなかった。当たり前の、話だけど。
寝る時間になって、自分の部屋のベッドに入っても、その日はなかなか寝つけなかった。何故か、渡良瀬まみずの顔が浮かんで、消えてくれなかった。
私って、いつ死ぬのかな?
ずっと、彼女の声が、脳みその中でリフレインしていた。好きな曲のフレーズや、変に耳に残って離れないCMソングみたいに、際限なくリピートしていた。
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