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試し読み

【主演 永野芽郁&北村匠海】映画公開記念・原作小説試し読み『君は月夜に光り輝く』 第4回

◎第23回電撃小説大賞《大賞》受賞作!

本日、3/15(金)よりロードショー! 映画『君は月夜に光り輝く』
映画の公開を記念して、原作小説の冒頭約80ページを7日連続で大公開します!
 
命の輝きが消えるその瞬間。少女が託した最期の願いとは――。
(第1回から読む)






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    4

「これを、卓也くんにやってもらおうと思って」
 まみずはそう言って、ちょっと照れたように笑ってみせた。どこか子供みたいな笑顔だった。
「……はぁ?」
 話が、いまいち飲み込めなかった。
「卓也くんには、私のかわりに、私の死ぬまでにやりたいことを実行して欲しいの。そしてその体験の感想を、ここで私に聞かせてちょうだい」
「そんな無茶苦茶な……」
 僕は呆れて言った。頭の中にはまだ?マークが百個くらい浮かんでいた。
 それに何の意味があるんだろう。僕だったら、自分のしたいことを目の前の他人がかわりにしてたら、単純にムカつくけどな、と思った。でもまみずはどうやら、そうは考えてないらしい。
「だって、しょうがないじゃない。私、外に出たくても出られないんだから。他に、やりようがないんだから。いいアイデアだと思わない?」
 まみずは、まるで自分に言い聞かせるようにそう言った。彼女だって、本当は自分でしたいんだろう。最初はそう考えてたはずだ。でも、そうは出来ない事情があるというのも、それはそれで、わかる話ではあった。
「……まぁ、とりあえず言いたいことはわかったよ。まみずのやりたいことを僕がかわりにやればいいんだな。で、その話を聞かせる」
 僕はまだ少し混乱しながら、彼女の言葉を反芻するようにそう言った。
「そのとおりだよ」
 彼女は何が嬉しいのか、にこりと笑ってみせた。
「いきなり重いのはアレだもんね。最初は軽いのからいこっか。どれにしようかな」
 そう言ってまみずはノートを開いて真剣な眼差しでそれを眺めだした。それから、急にニヤけた顔になって僕に言った。
「じゃあ、早速お願いがあるんだけど……」
 正直、嫌な予感しかしていなかった。
「私、死ぬまでに遊園地に行ってみたかったの」
 話によると彼女は、遊園地には、かなり幼い頃、親と行ったことしかないらしい。もっと物心がついた今になって行く遊園地はどんなものか、興味があったのだという。
 死ぬまでにしたいことなんて言うから、もっと大げさなものだと思ってた。叶わなかった大きな将来の夢とか、そういうことだと身構えていたのだ。なのに、彼女の願望はあまりにも小市民的でささやかだった。それでまず最初にちょっと拍子抜けした。
「あれ? ……ってことは」
 それから、よく考えたら、それをやるのは自分なのだ、ということを思い出して僕はうろたえた。
「だからかわりに卓也くん、遊園地に行ってきて」
「いや。ちょっと待てよ! ……噓だろ?」
「本当だよ?」
 まみずは悪びれもせずにそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。

 一週間後、僕は何故か県外の有名なテーマパークに来ていた。
 勿論一人で、だ。
 何が悲しくて、いい年した男が、一人で遊園地に来なければならないのか。
 遊園地というのは基本的に、家族や恋人と来るものと相場が決まっている。そうに決まっている。誰だって一人で来たりはしないだろう。
 しかもゴールデンウィークだ。見渡す限り、殺人的な量の人、人、人。彼らはやっぱり、カップルや家族連れ、友人たち、などといった集団だ。僕のように、一人で来てる奴なんて、当然他に見つけることはできない。
 遊園地に男が一人で来る。それは、正気の沙汰とは思えない。よほどの遊園地フリークか、頭がおかしくなってしまったかの二つに一つだ。でも、僕はそのどちらでもなかった。遊園地フリークではないし、自分のことはまだ正気だと信じたい。
 実際、僕は目立っていた。それはそりゃ、そうだろう。そこらの芸能人より、よっぽど注目を浴びているといって過言ではなかった。すれ違う人々が、時折、暗い顔した僕を覗き込んで去っていった。たまに、あからさまに僕を嘲笑する奴、指さして笑うヤンキーなんかもいた。僕は確実に、注目の的だった。
 僕は頭がおかしい人じゃないんだ!
 拡声器でそう叫んでやりたかった。一体遊園地のどこに行けば拡声器が買えるんだろう? 誰かに聞いたらわかるんだろうか? すみません、拡声器が欲しいんですけど、どこで買うことができるんでしょうか。待って! 僕は怪しい者じゃないんです。頭がおかしいんじゃないんです! 待ってください!
 …………。
 しかし、僕にも予定というものがあった。ただただ遊ぶために遊園地に来たわけじゃない。いや、遊ぶためなのだけど、僕にとってこれは単なる遊びではないのだ。
 まず最初の目的は、ジェットコースターだった。
 僕は陰鬱な気分でチケットを購入し、ジェットコースターの列に並んだ。ジェットコースターは一時間待ちだという。嗚呼、帰りたい。全くうんざりしてきた。
 ちなみに僕は、絶叫マシンが嫌いだ。子供のときに一度乗って以来、乗ったことがない。あれは、意味がわからない。むき出しのマシンに乗って、猛スピードで高いところを走り回る、それの何が楽しいのだろう? 僕にはさっぱりわからない。怖いとかそういうんじゃないんだけど、決してそんなんじゃないんだけど……とにかく僕は、なるべく乗りたくなかった。

    ***

 二度と乗らない。
 あれは人類史上最低最悪の乗り物だ、と思う。
 ジェットコースターを降りて、僕は言いしれぬ疲労感を抱えながらとぼとぼと歩いていた。胃が混乱していた。朝に食べたトーストを吐き出しそうだった。気持ちが悪い。テンションは最悪に落ちていた。
 それでも、まだ僕の用事は終わっていなかった。
 続いて、これもまみずに指定された店に向かう。遊園地内の、主にスイーツを出している喫茶店だ。およそ三十分並んで、中に入る。一事が万事こんな調子で、遊ぶより並ぶ方がメインみたいなものだ。列に並んでいる人間の九割五分はカップルだった。そういう、甘い雰囲気の店だった。
 露出が激しく、胸元を強調したデザインの制服を着た店員がたくさん店内を闊歩している。この制服自体がこの店の二大名物の一つと言われているらしく、マニアにはたまらないのだとか。僕はマニアではないので正直興味がなかった。その中の一人の店員が、こちらにメニューを持って近づいてきたが、僕はそのメニューを見ずに、吐き捨てるように注文した。
「僕らの恋する初恋パフェ、ください」
 店内が、ざわ、ざわ、とざわついた。お前らカイジかよとツッコミたくなるくらいざわついた。男が一人で、カップルだらけの店内で、初恋パフェ。このパフェこそが、この店のもう一つの名物だった。「何あれ」「やばい」「マジやばい」皆がひそひそと僕のことを話題にしているのがわかった。僕は天井を仰いで、目を閉じた。意識をなるべくシャットダウンする。
 これは一体何の罰ゲームなんだ。
 消えてなくなりたい消えてなくなりたい消えてなくなりたい。
 と同じフレーズを頭の中で反芻しているうちに、例の初恋パフェが運ばれてきた。
 巨大なパフェの上に苺ソースがたっぷりかかり、ウエハースがそれを盛り上げるように何本も挿入されていて、ハート型のチョコレートが中央に鎮座していた。見た感じ、二、三人分といった感じだ。
 これ、一人で食うのか……?
 パシャリ、と携帯カメラのシャッター音が鳴った。
 驚いて振り返ると、一体何なのか、後ろの席にいたカップルが僕の姿を激写していた。静かに睨みつけるが、たいした威嚇にもならない。
 クソだ。マジでクソだ。
 そう思いながらも、一応僕もそのパフェを写真におさめた。ちなみにこのパフェ、一五〇〇円もした。ぼったくりだよ、と思う。結局、勿体なかったので全部一人で食べた。その間、周囲のクスクス笑いがやむことは、決してなかった。

「卓也くん、サイコーだよ! おなか痛い」
 渡良瀬まみずは、初恋パフェの写真と僕の遊園地でのエピソードを聞いて、笑いこけていた。相部屋だというのに、周囲に迷惑なんじゃないかと思うほどの爆笑だった。
「それでそれで? 初恋パフェのあとは?」
「お化け屋敷行って幽霊に驚かれて、メリーゴーランドで子供に驚かれて、観覧車でカップルに気味悪がられて帰ってきたよ」
 うんざりしながら彼女に言う。
「どんな気持ちだった? 楽しかった?」
「最低最悪の気分だったな。遊園地に核ミサイルが降ってくればいいと思ったよ」
 そう言うと、まみずは何がツボに入ったのか、再びケラケラと笑いこけた。こんな風にあけすけに笑う奴だったのか、と少し意外に感じたりした。
「そっかそっか、ありがとう。やっぱり遊園地は、一人で行くもんじゃないね」
「あのなぁ……」
 そんなの、行かなくてもわかりきってるだろ、と僕が言うより先に、まみずが口を開いた。
「じゃあ、次のお願いなんだけど」
 そう言ってまみずは病室のテレビをつけた。相部屋でも各ベッドに一台ずつテレビはあるのだが、まみずがテレビを見ている姿を僕は今まで目にしたことはなかった。
 まみずはしばらくチャンネルを回してから、午後のニュース番組を表示させた。
「これ、これだよ」
 何か興奮したように、彼女がテレビ画面を指さした。それは新型スマートフォン発売のニュースだった。毎年、発売当日は入手困難で行列が出来ると言われているやつだった。週末の夜が発売日らしい。
「私、徹夜の行列って、してみたかったの」
 ……僕は無視して帰ることにした。
「待って! 待ってよ、卓也くん」
「絶対嫌だからな!」
「見てよこれ」
 そう言ってまみずは、ベッドサイドのチェストの引き出しから、携帯電話を取り出した。それはやけに古ぼけて、白がくすんでアイボリーになりかけているガラケーだった。
「私、今どきガラケーなんだよ。しかもこれ、もう入院前から数えて、四年近く使ってるの。かわいそうだと思わない?」
 たしかに今どき、そんなレトロで前時代的な携帯を使っている奴も珍しいといえば珍しい。
「死ぬ前にスマホ、使ってみたいんだよね」
「……でもあれ、けっこう高いぞ。金、あるのかよ」
「じゃじゃん」
 と言って彼女は次にまた引き出しから通帳を取り出した。
「何それ」
「お年玉貯金」
 そんなの貯めてる奴本当にいるんだな、と思った。
「おじいちゃんおばあちゃんとか親戚の人が毎年くれるんだけど、こんなとこにいたら刑務所の中の人以上に使いようがないからさ。ずっと貯まってるんだよね」
 まみずから手渡された通帳を見ると、たしかにけっこうな額が記帳されていた。
「これ使ってよ。暗証番号教えるからさ」
 そう言って彼女は、キャッシュカードも一緒に僕に手渡してきた。
「ちょっと待て」
 いよいよなんだか重たく感じて、僕は言った。
「そんなの簡単に他人に教えていいもんじゃないだろ」
「なんで?」
 まみずはきょとんとした顔になって小首を傾げた。
「だから、それは悪用されたりするから」
「卓也くんは悪用するの?」
「あのなぁ……」
 会話にならないが、彼女は多分わざとやってるんだろうという気がした。
「大丈夫だよ、卓也くんは」
 とまみずはそんな無根拠なことを言って、僕に通帳を押しつけた。

 深夜、家を出ようとしたら、母親に呼び止められた。
「あんた、こんな時間にどこ行くのよ? 誰かと会うの?」
 母親は不審そうな顔して僕を見てきた。説明が面倒臭かった。時間は零時近かった。終電に乗って出かけようとしていたのだ。
「ちょっと外で遊んでくるから」
「そう言ってあの日、鳴子も出かけたのよ」
 母親が不必要に深刻な顔で僕を見つめていた。
「卓也、あんた死なないでしょうね?」
 母親はそんな素っ頓狂なことを僕に言った。といっても、母親がそんなことを口にするのは、今に始まったことでもない。
「死ぬわけないだろ」
 僕はうんざりしながら答えた。
「ねぇ、卓也。あんたまで変な死に方したら、私……」
 一瞬、我慢が出来なくなった。
「鳴子のアレは、ただの交通事故だろ」
「だって……」
 母親がまだ何か言おうとしたが、僕はそれ以上何も聞きたくなかった。
「大丈夫だから」
 僕は少し面倒臭くなって、そこで会話を切り上げ、外に出た。
 電車に乗って、まみずに頼まれたスマートフォンの行列に向かう。
 深夜の行列は、春でもけっこう寒かった。世の中暇人が多いのか、けっこうな人数が繁華街の路上にたむろして列を作っていた。僕はガタガタ震えながら、朝がやってくるのを一人で待った。暇だったので、鳴子が死んでからの母親の言動について、なんとなく思い返したりした。

 鳴子が死んでから、母親は何故か、僕まで死ぬんじゃないかとずっと変な心配をしているのだ。
「今日は台風が来ているから、学校を休みなさい」
 理由を聞くと、風に吹き飛ばされた看板が頭に直撃して死んだらどうするのか、雨でスリップした車が突っ込んできたらどうするのか、とマジで答えるのだ。
 全く、勘弁してくれよ、と思う。
「夏に刺し身を食べて、食中毒で死んだらどうするの」「風呂の中で寝たら溺死する」「柔道なんかして首の骨を折ったらどうするの」「黒い服なんか着てたら蜂に刺されて死んじゃうじゃない」
 とにかくこんな感じで、僕の母親はといえば、日常の瑣末さまつなことから死の予兆を感じ取ることに熱心だった。
 母親は一時期、怪しげな霊媒師の元に通いつめていたこともあった。それに僕まで付き合わされたりした。というのは、鳴子が交通事故で死ぬ半年ほど前、鳴子が当時付き合っていた彼氏が、全く同じように交通事故で死んでいたからだ。それで母親は、悪霊が取り憑いているんじゃないか、と真剣に思ったらしい。そんな経験もないのに、水子の霊が憑いていると言われて、それをしばらく信じていたくらいだ。
 要するに、僕の母親は少し心を病んでいるのだ。
 それで昔、カウンセリングに通わされたこともあった。鳴子が死んだ後、それは僕だって、それなりに落ち込んでいた。その様子を見て、母親は心配になったらしい。心が病んで死んだらどうするんだ、というわけだ。
 死にたいと思ったことがありますか?
 よく眠れていますか?
 食欲はありますか?
 今、何か困っていることはありませんか?
 その全てに「大丈夫です」と僕は答えた。そのときだけは、意識的に明るく振る舞うことを心がけた。
 大丈夫です。
 僕は正常です。
 何の問題もありません。
 そのかいあって無事に無罪放免となったけど……それでも、母親はまだ僕のことを疑っているようだった。
 この子はいつか死んでしまうんじゃないだろうか。
 と、母親はずっと思っているのだ。
 たしかにそりゃ、鳴子が死んで、僕の性格は多少前より控えめになったかもしれない。死んだ直後なんか、あまり家族とも口をきかなかった覚えがある。
 でもそれは、むしろ当たり前なんじゃないか?という気がした。
 姉が死んでから前よりよく笑うようになったとしたら、むしろそっちの方が狂ってるじゃないか。
 僕としてはむしろ、母親の方にこそ、カウンセリングに行って欲しいと思ったりしていた。



>>第5回へつづく
>>佐野徹夜『君は月夜に光り輝く』特設サイト



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