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試し読み

SNS総フォロワー39万人の著者が紡ぐ、共感必至の連作小説集。メンヘラ大学生『君に選ばれたい人生だった』収録「煙」試し読み#2

若者から絶大な人気を集め、SNS総フォロワー39万人を誇るメンヘラ大学生さんの連作小説集『君に選ばれたい人生だった』が2023年9月26日に発売!多くの共感を呼ぶバンド「Saucy Dog」の楽曲を素に著者独自の解釈で物語を紡ぎました。
収録作は「あぁ、もう。」「煙」「シンデレラボーイ」「ナイトクロージング」「ノンフィクション」。緩やかにつながる5つ物語が、感動のラストへと導きます。
刊行を記念して、「煙」の冒頭試し読みを公開!
恋、夢、就活――。選ばれなかった人たちの共感必至の物語、ぜひお楽しみください!



SNS総フォロワー39万人の著者が紡ぐ、共感必至の連作小説集。メンヘラ大学生『君に選ばれたい人生だった』収録「煙」試し読み#2

『六月、はく高原で一泊二日のキャンプやります!』
 四限までの空きコマの時間を学食で潰していると、バドミントンサークルのグループラインがスマホを震わせた。それは群れを成そうと躍起になっていた頃に勢いで入ったサークルで、バドミントンという皮を被った飲みサーだけど、それなりに仲良くなった奴も何人かいて、たまに顔を出すようにしていた。
 時間を空けずに、サー長がスケジュールとその詳細をつらつらと羅列する。二ヶ月前から準備しなきゃいけないなんてサー長も大変だな、と他人事のように思いながら既読を付けると、『皆来ると思うけど、一応出欠取ります!』というメッセージに『行きます~!』『飲み死ぬほど楽しみだーー』とメンバーの出席の返信が続いた。流れが途切れた頃に『今回はごめん! パスします』とだけ返すと、すぐに友人から個人チャットで『お前キャンプ来ないのかよ』とメッセージがいくつか届いたけれど、返信する気になれない。

 葉月の留学が迫っていることを知ってから、俺はサークルの集まりにも友人からの飲みの誘いにも応じなくなっていた。誰かと飲む時間があるくらいならその時間を葉月のことに費やしたいと思っていたし、もし友人の誘いに応じたとしても心から楽しめる自信がなかったからだった。友人は、俺が断る度に「しょうがねえなー、また誘うわ」と肩を叩いてくれた。実際その後も何度か誘ってくれていたけれど、俺が即答で断り続けていたからか、声をかけてくれることも無くなっている。
 最近は、残された一分一秒をむさぼるように、葉月の家に入り浸る毎日を過ごす。
 けたたましいアラームの音で目を覚ますと、当たり前のように葉月の寝顔が横にあった。大学まで十分くらいの下り坂を一緒に歩く日もあれば、「今日はサボっちゃわない?」という悪魔のささやきに負けて、昼近くまで二度寝する日もあった。
 基本的に自炊は葉月の担当だった。二人して近所の西友で食材を吟味して、葉月がたくさんのレパートリーの中からご飯を作って、後で俺が皿を洗う。何を作っても葉月の料理は美味おいしかったけれど、特に隠し味(葉月はかたくなに教えてくれなかったけれど)の入ったオムライスは何皿だって食べられるくらい絶品だった。
 一週間前はちょうど二人揃って全休で、通学路沿いの河川敷に侵入して、近くの駄菓子屋で買ったシャボン玉を吹いた。はしゃいでコンクリートの段差で転んだ葉月がシャボン玉の液を盛大にスカートにこぼしたから、着替えだけ持ってその格好のまま近くの銭湯へ寄った。入浴後、牛乳瓶を片手に「混浴じゃなくて残念だったねえ」といたずらっぽく笑う彼女に、「じゃあ今度の冬は混浴行こうね?」とだけ返した。葉月は何も言わなかった。
 日が落ちてからは、きまって家の近所を散歩した。夜なんて概念に縛られることのない俺たちは、Tシャツと短パンというラフな格好で、近所の公園のほとんどを制覇した。ここはブランコがあるから八十点、ここは遊具はないけど街灯が明るいから治安は百点、ここはちょうど桜が綺麗に見えるから花見に向いてて百二十点、だなんて、独断と偏見で評価してまわった。
 楽しいという言葉で片付けるのがもったいないくらい、好きなバンドのラブソングが俺たちのことを歌っているんじゃないかと痛い勘違いをしてしまいそうなくらい、最高な日々が続いていた。今だってこの時間が永遠に続くんじゃないか、終わる訳がないじゃないかと錯覚しそうになる。それでも、葉月の部屋にある荷物が、彼女は本当に留学してしまうんだと遠回しに俺に伝えた。
 彼女の家の玄関には何でも入ってしまいそうな大きいキャリーケースがいつの間にか置いてあって、代わって今まで部屋にあったはずの本棚も、デートの度に履いていた白いハイヒールも、日に日に片付けられていた。彼女がいなくなるその日が着実に近付いているようで、部屋を訪ねる度に焦りばかりが募っている。
 不意に、スマホから軽快な音楽が流れた。液晶には【やまうち 有咲】という懐かしい後輩の名前が表示されていて、辺りを見回してから通話ボタンを押す。
「……もしもし?」
【もしもし、先輩ですか? お久しぶりです!】
「一年ぶりとかじゃん。どうしたの急に、なんかあった?」
【それが、先輩に報告したいことがあって】
 やけに声が跳ねている。元々こんな声だったような気もするけど。
「なに報告って。もつたいぶらずに教えてよ」
【久々なんだしいいじゃないですか。実は、あたし彼氏できました。先輩も知ってる人です。それだけ先輩に伝えておきたくて】
「おお、マジか! おめでたいな、それは」
【先輩にこそ伝えときたかったんですよ。それだけです、出てくれてありがとうございます。先輩もお元気で!】
「ありがと。そっちも幸せに」
 懐かしい声色が途絶えて、電話が切れたことを伝える音が耳元で繰り返される。有咲は、俺が高校を卒業するときに告白してくれた子だった。思い出すと一年も経っていないはずなのに、はるか遠い昔のようにも感じられるのが不思議だ。
 ただ勉強するだけなのに、カフェまで付いてきてくれるような子だった。犬みたいだったな、と思う。俺も別に彼女のことを意識しなかったと言えば噓になるけれど、遠距離恋愛だけはできる気がしなくて、結局彼女の好意にこたえることはしなかった。それは、一種の逃げだったのかもしれない。
 あれから季節がひとめぐりして、有咲にも彼氏ができて、そして今度は俺が葉月との遠距離恋愛を迫られている。遠距離だけは絶対に受け入れられなかった、俺が。不意に、有咲なら海外に行くなんて言い出さないだろうな、なんてしょうもない空想が浮かんで、頭を振って打ち消した。
 俺は葉月が留学する背中を眺めていることしかできないのだろうか。開放的な空間をうたう学食の窓からは日が差し込んで、向こう側にはこの世の全てを反射しそうなスカイブルーが広がっている。でも、もし留学してしまえば、向こうで彼女が見上げるのは夜空だ。全てを吸い込んでしまうような黒。
 俺と葉月は同じ景色を見ることすら許されなくなる。時差、距離、人間関係、何もかもが遠く、手の届かない存在になってしまう。
 色々と考えてきた。友達の中には、遠距離を乗り越えたらその後は安泰だから頑張れ、なんて慰めてくれる奴もいた。その気休めに身をゆだねようかとも思ったけど、無理だった。行かせたくない。葉月のいない毎日に意味なんて感じられない。俺はこれからも、朝目を覚ましたら彼女の寝顔を見ていたい。
 男のくせに女々しいだとかきようだとか、何を言われてもいい。
 俺は葉月に、留学を諦めさせたい。

    〇

 講義を受けるためのだだっ広い教室はいつも最前列と最後列から埋まる。単位を落としたことのなさそうな学生たちがまず前を占めて、隠れて内職をしたい学生は後ろの列、空いてるならその隅を狙う。こういう話をすると何のために大学に通ってるんだって言う人が一定数いるけど、その通りだと思うし、別に言い返す気もない。何のために通ってるかなんて俺たちが一番分かってないし、強いて言うなら人生最後のモラトリアムを延ばしたいから、くらいだ。
 だから、どんな講義でもパッと見真ん中の席の埋まりは良くない。教授によるけれど、時折「前に詰めなさい」と指示されるのはそのせいだと思う。
 友達が取ってくれた最後列の席で俺は前の方をぼうっと眺める。やたらと大きいプロジェクターと、マイクを手に歩きまわる教授。葉月とはこの講義は被っていないけれど、もし被っていたとしたら彼女は一人で一番前の列の席に座るんだろう。彼女はそういうことができる人で、俺にはそれができない。
 教授の声はマイクを通してよく聞こえるけれど、中身は驚くほど頭に入ってこない。今日の教授の法学基礎概論は講義が緩いことで有名で、現に隣に座る友人はペンケースで壁を作りスマホの画面を横にしてウイイレに没頭している。
 葉月に留学を諦めさせたい。
 そう言いながら、俺は心のどこかでそんなの無理だろうなと諦めかけていた。全力で留学を阻止しようとすれば間違いなく振られるだろうし、下手したら一生葉月に恨まれることになる。本末転倒だ。
 彼女自身から留学をやめたくなるように仕向ける方法。
 最近は、暇さえあればそんなことばかり考えていて、俺は葉月の背中を努力して追いかけようとするのではなく、自分の下へ引き寄せる方法ばかりを模索していた。自分でも最低だと思うけど仕方ない、もう彼女のいない生活なんて考えられなかった。
 時計の長針が一周半しても答えは出ない。教授が教壇から降りて大部屋がざわつき出したところで、ようやく講義が終わっていたことに気付く。
 隣に座っていた友人に俺たちも教室出るか、と目配せすると、
「お前、今日珍しくちゃんと講義受けてたな」と、目を丸くさせて言った。

「なー、ほたる祭りってやつ興味ない??」
 講義を同時に終えた葉月と学部棟の前で合流して、一言目に聞く。長い時間考え続けて俺が思い付いたのは、「二人でいる時間を心の底から楽しませて、留学に行きたくないと思わせる」という、なんとも頼りない方法だった。
 蛍が羽化するタイミングに合わせて行われるその行事は、サークルの友人に言わせれば「カップルで行かないのはマジで損」とのことで、信じられないくらい幻想的な景色が見られるという。祭りの存在を耳にしたとき、俺は、誰よりも今の俺たちが見るべきものだと思った。遠い街なんかに行くよりも、この街に一緒に残った方がずっと魅力的だと納得してもらえるチャンスだと思えた。
「行こっか。最後の思い出作りたいしね」
 川沿いのアスファルトを踏みしめながら、なんでもないふうに葉月は答える。山に囲まれたこの街はこうばいのある坂が多いけれど、彼女はものともせずに坂道を軽快に上っていく。
 最後の思い出。何気なく言ったんだろう葉月の言葉が容赦なく心臓の核の部分に突き刺さる。そうか、これからは彼女と何をしても「最後の」ってまくらことばが付くんだ。
 もしかしたら、こうやって大学から家まで並んで帰る機会さえもう両手で数えられるほどしかないのかもしれない。気付かないうちに過ぎ去ってしまった「最後」も既にあるのかもしれない。そう思うと、沼に足を取られてしまったみたいに身体が重たくなった。彼女はそんな俺に構うことなく、まるでその先に最高の未来が待っているかのように足取り軽く進んでいく。
 けっして振り返ることのない葉月の背中を眺めていると、鼻の奥からつんと湧き上がるものがあった。梅雨特有のほこりっぽい匂いのせいなのか、もう二度とその背中を見られないことを身体が感じ取ったからなのか。俺にはもう分からなかった。

(続きは本書でお楽しみください)

作品紹介



君に選ばれたい人生だった
著者 メンヘラ大学生
発売日:2023年09月26日

Saucy Dogの楽曲から生まれた、共感必至の連作短編集!
多くの共感を呼ぶバンドの楽曲を素に、SNSで人気のメンヘラ大学生が、独自の解釈で物語を紡ぎました。

◆収録短篇
「あぁ、もう。」
「煙」
「シンデレラボーイ」
「ナイトクロージング」
「ノンフィクション」

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001854/
amazonページはこちら


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